第五章 魔天戦争
天使は誕生時点で神具への適性が示される。
願いの器:捧げる寿命と願いを告げると、代償が釣り合っている場合のみ器が輝き願いが叶えられる。寿命と願いの相互価値は器所持者の生前の価値観に左右され、すべての天使がこの神具を所持している。器所持者によって形状が大きく異なる。
天女の羽衣:触れている物体を強制軟化。あらゆる衝撃を無効化する。包まれている間は治癒効果が付与され、外傷を瞬時に消し去る。複数個所に同時に顕現させることはできない。
夢奏の虹弓:ハープのような形状をしているが、弦の数は七本。通常の楽器のように演奏できるが、七本の弦を弾くとそれぞれの色に応じた特殊な光矢が射出される。赤色の弦は炎の矢。青は氷。黄色は雷。緑は突風。紫は毒撃。水色は回転しながら聖水をまき散らし、白の矢は触れたものを消し去る光を放つ。すべての矢は着弾すると消失する。
無限の飽笛:吹いている間、直前の行動をコピーする。例えば、直前に夢奏の虹弓で矢を引いていると笛を吹いている間光の粒子が自身のコピーを顕現し、無限に矢を穿ち続ける。顕現された物質は行動が終わると消失する。
枯れ園の雪:神具自体は袋に入れられ、中から取り出すことで顕現する。雪のように空を漂い、触れたものの水分を奪う。干からびた箇所は、二度と戻ることはない。
審判の槍:この槍で殺したものを人として転生させるか、魂を完全に消失させるか審判することができる。人として転生させた場合、殺されたものは次の輪廻転生では必ず前世の記憶が破棄された無垢な人間となる。消失させた場合、輪廻転生の輪から外され転生できず、すべての世界から完全に消滅する。
上記に加え斬恐の刃の計七つの神具の適性を持つ天使体16番は、三つの神具を扱う先代天使長天使体8番を基礎性能で大きく上回る。
さらに、天使の基本能力となる飛行、再生、物質の素通りも類を見ないほど早い。生まれながらにしてすべての神具を即座に使いこなすその様は、歴代天使の中で最高傑作と神自らが評し、魔王討伐の任務を16番に課す。
黒い煙がもうもうと立ち昇る中、二つの人影が天に浮かぶ。
魔王は闇の魔力を自らの刃に込める。
「七式降臨」
天使体16番は魔王が魔力を込めるや否や、即座に所有するすべての神具を顕現させる。
殺迫した空気が一瞬流れる。
―先陣を切ったのは魔王の方だった。
「堺壊」
その言葉と同時に、闇が爆ぜた。
魔王の背後に、七つの異なる位相の影が重なり合う。刃、牙、翼、鎖、呪符、咆哮、そして“死”。それぞれが独立した魔法陣を描きながら、空間そのものを侵食していく。
天使は、魔具が動くよりも早く、所有するすべての神具を完全顕現させた。
空間が、歪む。
魔王の技が、同時に襲いかかる。
最初に到達したのは“刃”。闇の斬撃が空を裂き、天使体16番の首を狙う。
―ジュッ
しかし、斬撃は触れた瞬間羽衣に包まれ、音もなく溶けた。
衝撃は存在せず、斬撃という概念そのものが軟化し、消失する。
「――ッ」
魔王が舌打ちするより早く、天使は動く。
夢奏の虹弓、その白の弦が弾かれた。
放たれた光は音も熱もなく、ただ“消去”として空間を走る。六式のうち、“牙”と“鎖”が触れた瞬間、存在を失った。
「早いな」
魔王は嗤い、闇を再構築する。
残る四式が一斉に位相をずらし、時間差で襲来する。
翼
呪符
咆哮
死
それらは同時ではなく、行動を制限させるため呼応して放たれた。
だが、天使体16番は笛を吹く。
無限の飽笛。
直前の行動――虹弓を引く動作がコピーされる。
光の粒子が天使の周囲に無数に顕現し、同時に七色の弦が鳴る。
増幅された白き光は、残る四式さえも飲み込んでしまう。
サッ
天使は笛を吹くのをやめ、片手をあげる。
光はそれを合図に、地上へと降り注ぐ。
雨のように降り注ぐ光は地表へ向かって直線的に伸び、触れた闇を次々に消していく。下界の祭りの賑わいは、一瞬にして削り取られたかのように静寂を露わにした。
「…………!!」
「どうした?」
天使は不敵に笑い、魔王に弓を向ける。
「魔王ともあろう方が、下々の民の命を気にするのか?」
天使は全ての弦を放ち、七色の矢が魔王目掛けて虹を掛ける。
「黒球」
矢があたる直前、魔王の前に黒い球体が立ち塞がる。とりどりの矢は球に触れたかと思うと威力を落とし、消滅する。
「いらん心配だな。天使イロ。大参謀カルケルが避難させている。」
天使はくっくと笑う。
「これでもか?」
天使は懐から袋を取り出し、中から掴んだそれを上に投げる。
魔王の視線が上に向かったのを見逃さず、天使は弓を引き絞る。
ドドドと音が鳴り、魔王のマントに亀裂が入る。
「…………」
雪が降り始める。
魔王が再生を行うより早く、天使は矛を構える。
「無駄だとー」
――ザンッ
今度は、その刃は魔王に深々と刺さる。
黒い球はみるみるしぼみ、消失する。
魔王はその衝撃によろよろと後退する。
「忘れるな。お前がよけるごとに、攻撃は下に向かう。―まあ、魔族に下々を思いやる心があるとは思わないがな。」
天使は弓を空へと放つ。
放たれた矢は空中で拡散し、下へと降り注ぐ。
「…やってみろ。続けれるものなら。」
魔王は再生の体制に入る。
天使は笛から音色を鳴らす。
魔王が天使に願いを告げてから三日が経過するまで残り二時間を切っていた。
あちこちで悲鳴があがる。
先刻まで、祭りの賑わいだった騒がしさは、いつの間にか恐怖の騒音に変わっている。
恐怖の光が、空から無数に降り注ぐ。
「父さん!!」
僕は全速力で家へと帰る。
―誰か、子供が家に残っているんです!助けてくれませんか!―
―何で、なんでこんなことになっているんだ!ただ祭りに行っていただけなのに!ー
恐怖は街を喰らいつくす。
無我夢中で走っていると、家についた。
しかし、それはもう家の形を留めてなく、潰れた板材となっていた。
父は身体が弱く、半年ほど前から寝たきりになってしまっていた。母も父の看病でずっとつきっきりになっていた。父の病気の薬代が高く、我が家はずっと貧乏な暮らしを強いられていた。
それでも僕は、毎日が幸せだった。家に帰ったら家族がいる。どれだけ辛い目にあっても、家族といれば忘れられた。全部、当たり前の明日へと続いているはずだった。それが、壊れた。
「……あ」
言葉にならない声が、喉から漏れた。
恐怖の光が、再び空から降り注ぐ。白い筋が夜を裂き、街のあちこちで何かが消える音がした。爆発でも、崩壊でもない。無くなる音、だった。
僕は、瓦礫に駆け寄った。
「大丈夫だよ……今、出すから……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、
崩れた板材を両手で掴み、必死にどかす。
指に刺が刺さる。血が出る。
でも、そんなことはどうでもよかった。
「父さん!!」
瓦礫の隙間から、見覚えのある布が見えた。父が寝ていた寝台の端だ。
「待ってて……すぐ……!」
声が裏返る。呼吸が荒くなる。
重たい梁を、肩で押し上げる。きしむ音。腕が震える。
持ち上がらない。
「今、助けるから……!」
叫びながら、何度も叩き、引っ張り、えぐる。瓦礫の下から、冷たい空気が流れ出てくる
「―あぶねぇ!!」
―ダンッ
キャンディ屋さんの店主さんが、僕を抱きかかえ飛び出す。
直後、家だった場所に白い光が落ち、家を消す。
「――っ!」
強く地面に叩きつけられ、息が詰まった。
次の瞬間、視界が白に塗り潰される。
音はなかった。爆音も、衝撃もない。
ただ、消失。
さっきまで家だった場所が、
瓦礫も、梁も、寝台も、
そこにあったはずのすべてが、
跡形もなく消えていた。
「……ぁ」
喉から、意味のない音が漏れる。
「見るんだねぇ!」
店主さんが、僕の頭を強く胸に押し付けた。
甘い砂糖の匂いが、鼻を刺す。
「もう……もう遅い……」
震える声だった。
大人の声なのに、泣いているのが分かった。
ぽたり、と何かが垂れてきて顔を上げる。店主さんは右肩を負傷していた。
「―店主さん!」
「…………おいどんは大丈夫だ。それよりおめ、怪我ねぇか?」
そう言って、店主さんは無理に笑おうとした。けれど、右肩から流れ落ちる血が、その言葉を嘘にしていた。
「血が……!」
僕が叫ぶと、店主さんは肩を一瞥し、ふっと息を吐く。
「かすり傷だ。こんくらいで騒ぐんじゃねぇ」
だが、足元がふらついたのを、僕は見逃さなかった。
周囲では、あちこちで悲鳴が上がっている。
助けを呼ぶ声、名前を叫ぶ声、
そして――途中で途切れる声。
光が、また空から落ちる。
「来るぞ……!」
店主さんは僕を抱え直し、瓦礫から離れようとする。
だが、その瞬間、視界の端で誰かが転ぶのが見えた。
「子どもが――!」
誰かの叫び。
振り返ると、遠くで年の近そうな女の子が倒れた母親のそばで泣き叫んでいる。
「動くな!」
店主さんの声が飛ぶ。
だが、女の子は聞こえていない。
光が、すでに上空で収束し始めていた。
「……くそ」
店主さんは歯を食いしばる。
一瞬、僕と女の子を見比べ、それから、僕を地面に下ろした。
「おめ、名前は?」
「え……?」
僕は思わず問い返す。
「いいからとっとと答えろ!」
「ひっ…トジッチ、トジッチです!」
その迫力に声が漏れる。
「…いいが?トジッチ。おいどんはあん子を助けさ行く。おめはとっとと遠くさ逃げろ。」
次の瞬間、店主さんは走り出す。
「待って!」
「―どっどど行げ!男だろ!!」
店主さんは振り返らずに叫ぶ。僕は気圧され、足が勝手に走り出す。
店主さんは女の子を抱き上げた。
その直後――
赤い光が、地面を貫いた。
光は、店主さんを覆いこみ、逃げ場を選ばない大炎となる。
「――――っ!!」
店主さんの姿が、光にのまれる。
世界が、また一つ、静かになる。
炎の奥、そこに残っていたのは抱きしめ合うように倒れた、二つの影。
動かない。
僕は、声を出せなかった。
祭りでキャンディをくれた人。
名前を呼んでくれた人。
僕を、最後まで守ろうとした人。
「……なんで……」
答えは、降ってこなかった。
ただ、空からは、
光に加え、雪が降ろうとしていた。
戦闘は佳境に入る。
魔王は先に天使から受けた傷を未だ治せずにいた。
魔王は息を整えながら、自らの左肩へと視線を落とす。
闇を集め、再構築を試みる。
だが――繋がらない。
白の光に削られた部分は、魔力が触れることすら拒んでいる。
再生ではない。存在の否定だ。
「――遅い」
天使の声と同時に、斬恐の刃が振るわれる。
魔王は反射的に身を捻る。刃は胴を浅く裂き、恐怖の残滓だけを刻み込んだ。
一瞬、心臓が跳ね上がる。
「……っ」
魔王は歯を食いしばり、闇を爆発的に放出する。黒い奔流が空間を歪ませ、天使へと向かう。
だが、羽衣がそれを受け止める。衝撃は軟化し、治癒の光が即座に傷を塞ぐ。
完全無欠。
「……やはり、神の傑作か。」
魔王は苦笑する。
一方天使は眉一つ動かさない。
審判の槍を構え、静かに告げる。
「魔王。これ以上の抵抗は無意味だ。」
槍先が、真っ直ぐに魔王を捉える。
「その傷は、もう戻らない。次で終わりだ。」
その言葉は、宣告だった。
魔王は一歩、前へ出る。
血も、闇も、重力も無視して。
「終わり、か。」
そして、笑った。
「―違うな。ここからが本番だ。」
魔王の足元に、巨大な魔法陣が展開する。闇が咆哮し、空が、悲鳴を上げた。
「――!」
天使は槍を握りしめ、魔王に突撃する。
「境壊」
大気がひび割れ、七つの魔具が天使を襲う。
天使は羽衣を翻し、全てを叩き伏せる。
「無駄だとー」
「招致!邪神龍!!」
魔王が叫ぶと同時、魔法陣を食い破り黒龍がはい出る。
黒龍が大気を裂きながら現れると、天使の翼を吹き飛ばす強烈な衝撃波が襲う。空気は焦げ、雷鳴のような轟音が戦場を支配する。
天使は弓を弾き絞るが、黒龍の尾が振り下ろされるたび気中に深い裂け目が生じ、天使の攻撃は届かない。
「無限の攻撃は何もお前の専売特許ではない。境破壊放」
魔王の声に呼応するように、空間に大きな裂け目が入り、無数の魔具が這いい出る。
天使は槍を握りしめ、猛スピードで反撃する。羽ばたきごとに空気が裂け、後方に稲妻のような残光を残す。だが、黒龍の巨大な影が視界を覆い、闇の魔力の渦が空間ごと天使を押し潰そうとする。
天使は槍を振るい、魔具の一つを叩き落す。だが次の瞬間、黒龍が急降下し、その尾で天使の翼を吹き飛ばす。天使は宙を流され、旋回する風の渦に捕まってしまった。
龍は尾を打ち付け、雲層を裂き、天使を追い込む。翼を羽ばたかせ、必死に姿勢を保つ天使だが、黒龍の周囲に漂う闇の圧力に抗えず、徐々に高度を失う。
魔王の指先から伸びる漆黒の魔力が空気を切り裂き、天使を包囲する。魔具の触手は空中で蛇のように動き、天使の軌道を制御する。天使は回避しようと旋回し、光の槍を振るうが、黒龍の咆哮と魔具の攻撃が常に先回りし、隙を一切与えない。風が天使の羽を打ちつけ、雲が裂けて空中に破片が舞う。戦闘は瞬間ごとに高度が変化し、地上の景色は霞のように遠ざかる。
空気の裂け目から吹き出す衝撃波に、天使の羽がたわみ、雲の破片が雨のように降り注ぐ。旋回する黒龍の影が天使を覆い、視界の端から迫る闇の渦が、宙に漂う全ての光を吸い込む。天使は羽ばたき、空気を切り裂きながら必死に回避する。だが黒龍は旋回し、風の流れごと天使を追う。翼に巻き付く闇の魔力が重くのしかかり、天使の身体は次第に思うように動かせなくなる。
黒龍は闇のブレスを大きく吸い込み、天使に焦点を合わせる。
―バッ
天使は袋から雪を取り出し、黒龍に吹きかける。
「…………?」
雪を受けた黒龍は、一瞬その場に固まったが即座に鈍い悲鳴とともに身体が枯れ果てる。
その隙をつき、天使は斬恐の刃を振り下ろす。
―ザンッ
鈍い音をたて、黒龍の首が地上へと落下する。
「―巨大な身体は力はあるが、的がでかい。こちらの攻撃が嘘みたいにあたるから楽だ。」
龍の陰から魔王が飛び出す。
強大な魔力を携えて。
「―同感だ。でかい的があると、どうしても目を奪われる。」
魔王は闇のオーラその全てを拳に握りしめる。
「―黒帝、バラモス!!」
魔王は天使を大きく殴り飛ばす。
天使は羽衣を出す間もなく、
――ッドゴォン!!!
一気に地上まで叩き落された。
大地に叩きつけられた衝撃で空気は裂け、周囲の雲が粉々に舞い上がる。
―まずい、体制をー
天使がそう思う間もなく、魔王は切っ先を向け突っ込んでくる。
天使は床の下へと逃げ込んだ。
「!」
魔王は突撃体制をやめ、地上に降り立つ。
天使は息を潜め、心臓の鼓動を抑える。
しかし魔王の動きは鋭敏で、一瞬たりとも隙を許さない。床下の暗がりさえも、魔王の冷徹な感覚には透けて見えるかのようだ。
闇のオーラがゆっくりと天使の隠れ場所を包み込む。空中での迫力は収まったものの、追跡の緊張感は、むしろ鋭くなっていた。
一瞬の間。
魔王は天使に急襲をしかける。
しかしー
「!!」
天使が子供にその槍の穂先を突き付けているのを見て、動きが止まる。
最強天使はその隙を逃さない。
即座に弓を構え、七本の弦を一気に振り絞った。
――ドス
魔王の身体に風穴があく。
直後、緑の矢によって衝撃と共に魔王の身体は宙を舞い、奥へと吹き飛ばされる。空中の塵や雲片が巻き上がり、彼の周囲に渦を描く。
「あはは…」
天使の唇に、勝ち誇る笑みが浮かぶ。
「―じゃあもう、こいつはいらない。」
天使は迷うことなく魔物、トジッチにその槍をー
「グロウリーフ!!」
天使が槍を突き刺す直前、どこからかツタがのび少年は引きずられていく。
「…………」
天使はツタがのびた方向を見据える。
「随分派手に荒らしてくれたわね、イロちゃん。わたくしのこと、覚えているかしら?」
大参謀、カルケルがその骨をカタカタと鳴らす。
天使は無言で槍をスケルトンに向ける。
「…あの時の答え、まだ教えてもらっていなかったわね。」
カルケルも杖を構え、魔法陣が足元を照らす。
「―もう答えは出ているみたいね。…②正義。……とっても素敵なものね。」
ケタケタと笑うその笑みは、感情がこもっていなかった。
魔王城から離れた丘で、吾輩は城の方を見る。
天から降り注ぐ光は、無慈悲に魔王城の結界を突き刺し石壁を焦がす。光は容赦なく、結界の力を蝕んでいく。もう、長くはもたないだろう。
「………ヒヒーン、もう、ここまで来たんだから、どこか二人で、見つからないところに逃げよ?」
その声は、疲労と恐怖を孕みながらも必死に明るさを保とうとしている。
「…ライブ様…」
満身創痍の、全身が酷く痛む。
ここまで来るまでに、すでに傷は開き、限界を迎えていた。
視界に映る城の輪郭は、かつての威厳を失い、光に押されてぼやけて見える。吾輩は深く息を吸い、痛みを押さえ込むようにする。
―もう、この身体に残された時間は多くない。ならー
吾輩は地面を蹴り、進もうとする。
「―ヒヒーン!」
ライブ様は呼び止める。
「―何で、いつもそうなんだよ!俺たちのために、そんな怪我まで負って!!頼むから、自分を少しはいたわってくれよ!!」
「…………」
ライブ様の言葉は、核心をついている。
間違っているのは吾輩。
本当に従者であろうとするなら、残りの命を賭してお守りするのが役目だろう。
だがー
「お心遣い、ありがとうございますうま。でも、吾輩の主君は、本当はリンツ様だ。お一人であの城の中に残っていられる可能性がある以上、戻らなければならない。」
「―それでも!」
ライブ様は本心を言った。―なら吾輩も、本心で返すのが筋うまか。
「―吾輩はとうに魔王様にこの身を捧げた戦士。王国が危機に見舞われている以上、一人でも多くの人を救わなければならない。」
リンツ様はもういない。
それは、ハチの気配が消失したことが物語っている。
-王子様が怯えないようにといってつけさせられた語尾も、この名前ももう、いらないだろう。
大きく地面を蹴り上げる。
「―ヒヒ!!!」
ライブ様に名前を呼ばれ、足がとまる。
吾輩はくるりと振り返り、
「ヒヒ?誰の事うま?吾輩の名前は、ヒヒーンうま!」
一言だけ残し、その地を後にする。
傷だらけの体を押さえつつ、吾輩は魔王城へと駆け戻る。
背中に感じる痛みも、胸の重みも、今は民を守る使命の前には霞む。城の中には、まだ助けを求める人々がいる。一人でも多く救わなければならない。
丘の上から城を見下ろすと、光が結界を突き刺し、城はすでに危機的な状態にある。
だが、足は止まらない。風を切り、雪や瓦礫を蹴散らし、天界の圧倒的力を振り切るように、城へと突き進む。
今も、城の中では苦しんでいる人がいる。一人でも、助け出す。
――バリン
不穏な破協和音とともに、バリアが崩壊する。
砕けた結界の中から、光が溢れ出る。
吾輩はその光がこちらに飛んでくるのを瞬時に察知し、翻す。
―右後ろ足だけが、一瞬だけ反応が遅れた。
ドドドッ!
白い光が吾輩を包む。
致命傷はさけれたが、全身に重傷を負う。
―第二波が来る。
頭ではそう理解していても、もう樋爪一枚動かせない。
吾輩は丘を見上げる。
一人の少年が泣いているのが、見えた気がした。
腹に空いた風穴は、治りそうにない。
どうにかして、心臓はさけられたが、もう身体を再生する力は残っていない。
私は朦朧とした意識を奮い立たせる。
直後―
バリン
頭上で、結界が崩壊する。
ザッ
目の前に天使が現れ、右手に持つそれを、こちらに投げつける。
「大参謀も、もういない。あとは、お前だけだ。」
ひび割れた骸骨だった。
私はゆっくりと腰を上げる。
「……イロ。君が見たかった景色は、見れたかい?」
問いかけてみる。
「…………お前が先に、人間達を殺し、ハチさんを裏切ったんだろう。」
魔物は死体は残らず、死後は灰になる。
リンツの遺灰は消えてなくなったのだろう。
天から光が街に降り注ぐ。
―最後の攻撃だ。
私は右手に全魔力を集中する。
察したのか、イロも矛を構える。
一瞬、静寂が二人の間に流れる。
「―黒帝…!!」
私は一瞬にして間合いを詰める。
イロは羽衣を右側に構える。
―シュン
ワープ。
一瞬にしてイロの背後に回り込む。
そして、右手に込めた魔力は愛刀にすべて移動する。
――ザンッ
私はイロの左眼にその刃を、深々と突き刺した。
手ごたえはあった。
直後の、ことだった。
――ブオンッ!!
死角からせまる矛に、私は成すすべもなく、両断された。
6.結末
ボクは、魔王、ヤマターケル=ヤンヴァルド卿を切り裂いた。
そしてー
―ザンッ
その勢いのままに、再生源となる核、心臓を切り裂く。
魔王はもがくことも出来ず、地に伏せる。
「…狙っていたのかい?」
「大きな的をちらつかせれば、嫌でもそこに視線が向かう。見えない箇所は、死角となる。」
ボクは向上を返す。
「―やられたな。」
魔王は降参だと言うかのように、手を上に向けた。
「見ての通り、私の負けだ。間もなく三日が経過する。好きにするといい。」
「言われなくてもー」
ボクは審判の槍を魔王へと向ける。
「…これは、神具、審判の槍。この槍で殺したものは、二度と転生することはできない。―お前には関係のない話か。」
「…そうだね。私達魔物は、そもそも魂を持たない。」
切っ先を喉元に突きつける。
「―さあ、殺すがいいさ。君の信じる正義には、魔物の存在が許せないみたいだ。」
…………
……………………
「…どうしたんだい。君の目の前にいるのは魔王だ。今この瞬間にも再生をはじめ、君を殺すかもしれないよ。」
「…どうして。」
言葉が、漏れる。
「…どうしてさっき、攻撃を外した。」
―最後の一撃、ボクは瞬間移動に対応しきれなかった。そのせいで左顔面を消されたが、本来脳天を貫くことなど容易にできたはずだ。
「…………」
魔王は沈黙する。
「さっきだけじゃ、ない。」
止めていた想いが、溢れ出す。
「トジッチを盾にしたときだってそうだ!お前の力なら、床ごとボクをえぐり取ることができた!なのにそうしなかった!!何故だ!!」
「」
魔王は口を開く。だが、言葉が止まらない。
「戦いが始まったときも!本来お前の力ならボクなんて足元にも及ばない!!城にいる間も!ずっと隙だらけだったはずなのに!!」
三日後に自分を殺そうとしている者を生かす意味なんてない。
「何でお前は!」
言葉が詰まる。
「―初めてあったとき、ボクを殺そうとしなかったんだ…………」
最初にあったとき。
ボクを殺せば
そもそも余命なんて発生せず
生きることができたのに
「―それは、」
目の前、視界がぼやける。
「イロ?――まさか―泣いているのか?」
胸が、痛い。
目の前にいる、この男は。
最も憎いはずなのに。
ボクは、僕は、
―殺したく、ない。
とめどなく溢れる雫の、止め方を僕は知らなかった。
「…イロ。」
ヤキョウの上げていた手が、ゆっくりと下がる。再生を失った身体は、もう力を帯びていない。それでも、その声だけは不思議なほど静かで、澄んでいた。
「私は、結局何がしたかったんだろうね。」
ヤキョウはぽつぽつと語りだす。
「父として、我が子を守れず。
王として、国を守れず。
―友としての、全てを守れず。
君に、業を背負わせようとして。」
震える声に、覇気が消える。
「…ヤキョウ!!」
「ははは…自分すら守れなかった、みたいだ。」
残された時間が僅かだと悟る。
―光の柱が、僕たちを包む。
―最後にもう一つ、お願いしてもいいかい?-
頷く。
―私に、魔物のいない平和な世界を、見せてほしいんだ。―
ヤキョウは語る。
―どうか、私と約束、してくれるかな?-
固く手を握る。
必ず、約束を果たす。
―ありがとう。―
ヤキョウの手が落ちる。
―作って、くれ。――争いのない、平和な、世界を。―
ヤキョウの声が止まる。
審判の槍を取り出す。
審判の槍:この槍で殺したものを人として転生させるか、魂を完全に消失させるか審判することができる。人として転生させた場合、殺されたものは次の輪廻転生では必ず前世の記憶が破棄された無垢な人間となる。
僕は、親友の喉に、槍を、突き刺した。
そしてー
グチョ
僕はそれを、再生が完了していない、左眼にはめ込む。
「―見せてみせるよ。君の願い。」
光の柱を抜ける。
城には無数の光が、魔王の死後もなお注がれ続けている。
僕は槍を手に握り締める。
―一人も、見逃しはしない。―
魔王国家建立八千年を迎えるその日は、一日中笛の音色が流れていた。




