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第四章 星屑祭

思えばずっと疑問だった。

「天使の存在は知っている。その姿が見えた者は七日を待たずに死亡する。」

何故、ボクの姿をリンツやライブ、ヒヒーンや他の魔物たちは認識できるのか。

「私の寿命を三日やる。だから、天使が私を殺すのを三日後まで待ってくれ。」

星夜祭は三日後にあるのに、何故延命の期日を三日としたのか。

「…三日後に星夜祭がある。七年周期でこの地に飛来するという光の流星。その日は丁度、この魔国が建国八千年を迎える記念すべき一日なのだ。」

「七年に一回だけで、とってもキレイで、すごいんです!」

この地に星が流れ落ちるなど聞いたことがない。

七年に一回。それは天界での決まり事。


「大攻撃、ですか?」

ハチさんはボクに語る。

「そうだ。七年毎に、神様は魔王が住まう地に光の柱を無数に降らす。これが現状、最も魔王を倒すのに効果的だそうだ。」

ハチさんは説明を続ける。

「その攻撃には莫大なエネルギーを消費する。神様も本当はもう十分お年を召されている。それだけ威力のある攻撃、あまり連発することはできない。だからー」

ハチさんはボクに警告する。

「間違っても、その日は魔王城に近づくんじゃないぞ。」


「ヤキョウ!!」

屋上に飛び出す。

「…イロ。」

ヤキョウは屋上に一人佇んでいた。

しかし、様子がいつもと違う。表情、身体、声色。あらゆる全てからいつもの余裕は消え失せていた。

「…………隠して、いたんだな。」

ヤキョウは観念したように両手をあげてみせる。

「…別に、隠すようなことじゃなかったんだがね。ご覧、イロ。今日が星夜祭だ。」

夜空からは無数の光が降り注いでいる。―すべて、この魔王城に向けて。

光がこちらに降ってこないのは、強力な結界が魔王城全域を覆っているからだ。

「―そんなに心配することはない。今日に向けて、あらゆる準備はしてきたさ。」

ヤキョウは下を指さす。

「結界を貼っているのは私だけじゃない。私に何かあったときのために、カルケルや彼女の部下がサポートに入れるようにしてある。私が死んでも、一時間くらいは持たせて見せるさ。」

下を見ると、カルケルが「やっほー」と手を振っている。

そう、ボクのことが“見えて”いる。

「そういうことを言っているんじゃない!ボクのことが視認できているということは、彼女たちも…………」

「……イロ。」

ヤキョウはボクの声を静止する。

「運命なんて、変えて見せるさ。この一日、必ず耐えきって見せる。私はこれでも、魔王なんでね。」

「君は星夜祭を楽しむ約束を誰かとしたんじゃないのかな?少年は君を待っている。早く行くといい。」

「でもー」

「イロ!!」

ヤキョウが声を荒げた。

「…………すまない。一人にしてくれないか?」

絞り出すような枯れ声に、従うほかなかった。

「民達は何も知らない。星夜祭、楽しむといい。」

ヤキョウはボクの去り際、そう言った。

違うんだ。

ボクは、黙っていたことを怒っているんじゃない。

ボクは、嘘をついていたことを怒っているんじゃない。

ボクは、本当は君と一緒にー

…………

初めてヤキョウと出会ってから、丸二日が経過しようとしていた。


街に降りると、広場は熱を帯びていた。甘い果物の匂い、油で揚げた何かの香ばしさ、遠くで鳴る太鼓の音。笑い声が重なり合い、夜なのに昼のように騒がしい。

「おいどんのフルーツキャンディーはいかがだえ~!?一口ほおばれば、たまらずほほがおちるでっしゃぁ~!」

ランドの声がひときわ高く響く。色とりどりの飴玉が、星明かりを反射してきらきらと光っていた。

―一つ買ってみようかな。

ボクは列に並び、キャンディを受け取ろうとする。

コン

キャンディを受け取る前に何かに触れ、すぐに手を引っ込める。

「あわわわわ、すみません!お手は汚れてないですか?」

触れた先を見ると、―トジッチがいた。

「あ!イロさん!こんばんは!」

「…こんばんは、トジッチ。」

「わあ!僕の名前、覚えててくれたんですね!ありがとうございます!!」

トジッチはたどたどしくキャンディを受け取る。包み紙を剥がす音が、やけに大きく聞こえた。

「じゃあ、失礼しますね!」

トジッチはそう言って去ろうとする。

「待って!」

ボクは無意識に彼を引き留める。

「…君が嫌じゃなかったら、ボクと一緒に祭りを回ってくれないか?」

トジッチは一瞬きょとんとしていたが、

「はい!喜んで!!」

すぐに満面の笑みになって、手を繋ぐ。

「イロさんは、美味しい、お祭り、美味しい、楽しんで、美味しい、いますか?美味しい?」

キャンディを口いっぱいに頬張ったまま、トジッチは一息でそう言った。噛むたびに包み紙がかさりと鳴り、言葉が追いつかない。

「……ああ、そうだね。」

ボクは曖昧に頷く。視線は、彼の手元ではなく、夜空に向いていた。

こんなにも人懐っこくて、無邪気で。何の疑いもなく、天使の隣を歩いているこの子が―

その事実だけで、胸の奥がきりりと痛む。

「―イロさん、何か悩みでもあるんですか?」

トジッチはもごもごと聞いてくる。だが、ボクが口を開く前に

「まあ、どんな悩みがあっても、お星さまが解決してくれますよ!なにせ、今日は特別で、一日中夜空で星が輝いているんですから!」

その一言が余計に心を重くする。

一日中空が暗いのは、結界が貼ってあるからだろう。

この子もボクが見えている以上は、死の運命からは逃れられない。

一日持つことはなくヤキョウが限界を迎え、結界が崩壊することを意味している。

「お父さんが早く元気になりますようにお父さんが早く元気になりますようにお父さんが早く元気になりますように………」

ふと、トジッチのやっていることが疑問に映る。

「…何を…やっているの?」

「あ!すみません!」

トジッチは合わせていた両手を引っ込める。

「東洋の方のまじないで、流星が消えるまでに三回、願いを言うと神様がそのお願いを叶えてくれるって………あ!天使さんの前で神様だなんて、失礼ですよね!すみません!」

トジッチはペコッと舌を出し、謝る。

神様…………

そうか!

神様に願えば、攻撃をやめてくれるかもしれない!

「そうか!」

「ふぇ?」

トジッチはまたもやきょとんとする。

ボクは翼を広げて飛び立つ準備をする。

「―何かお役に立てたのなら何よりです!イロさん、頑張ってくださいね!!」

トジッチは気持ちを察したのか、両手を振り始める。

「こちらこそ、ありがとう!トジッチ!!」

ボクは片手で振り返し、空へと飛翔する。

魔物とはもう、争わなくてもいい。

ハチさんだって、もう認めてくれる!

そんな期待を詰め込んで、天界へと帰還する。



俺は一人、魔王城の廊下を歩く。

花火のドーンという音が聞こえる。外で上がっているのだろう。壁越しでも分かるほどの振動が、足元を微かに揺らした。

城の中は静かだ。祭りの日とは思えないくらいに。

「……すげえ音だな。」

独り言が、やけに大きく聞こえる。

城の奥。人通りの少ない、日当たりの悪い回廊の先。

足を進めながら、無意識に拳を握る。

あいつは、昔からそうだった。

無茶ばっかりして、痛い目見て、それでも、笑って。

ドン、とまた一発。

花火の音が、少し近く感じた。

「……見てるかな。」

誰に向けた言葉か、自分でも分からない。

扉の前に立つ。簡素な木の扉だ。飾り気もない。

「……ヒヒーン。」

ノックする前に、名前が漏れた。返事はない。でも、中にいるのは分かっている。

俺は一度、深く息を吸ってから、扉を叩いた。

「入るぞ。」

軋む音を立てて扉が開く。

部屋の中は薄暗く、薬草の匂いがした。寝台の上で、ヒヒーンは天井を見つめている。

「……ライブ様。吾輩のことなどお気に召さらず、お祭りを楽しむといいうま。」

弱弱しく声を出すその身体は、もう完全には治ることのないことを物語っていた。

「……バカ言うな。」

俺はそう吐き捨てるように言って、椅子を引き寄せた。きし、と音を立てて腰を下ろす。

「外なんか、どうでもいい。」

ヒヒーンは一瞬、きょとんとした顔をしてから、困ったように笑う。

「はは……相変わらず、不器用うまね。」

「うるせぇ。」

薬草の匂いが鼻につく。苦くて、青臭い匂い。

こんなところで、丸一日もー

「……痛むか。」

「…うま。」

ヒヒーンは天井から目を逸らさずに答える。

「こうして寝ていれば、どうってことはないうま。」

「嘘つけ。」

即座に遮る。

「震えてんだよ。」

ヒヒーンは何も言わなかった。ただ、ゆっくりとまばたきを一つする。

遠くで、ドーンと花火が鳴る。その音に合わせて、部屋の空気が微かに揺れる。

「……なあ、ヒヒーン。」

俺は、視線を床に落としたまま言った。木目の擦り切れた板が、やけに目に入る。

「お前さ……」

言葉が、途中で止まる。

続きを言えば、何かが壊れてしまいそうだった。

ヒヒーンの喉が、小さく鳴る。

「……お傍に立つのが、吾輩の役目うまで。」

それだけで、十分だった。

「……役目、役目って。」

俺は鼻で笑う。

「それしか言えねぇのかよ。」

「それで、生きてきたうまで。」

ヒヒーンは静かに言う。

遠くで、また花火が上がる。今度は少し近い。壁の向こうで、誰かが歓声を上げているのが聞こえた。

「……外、うるせぇな。」

「ええ。」

ヒヒーンは、かすかに笑う。

「賑やかで、いい祭りうま。」

痛い、沈黙がしばらく流れる。

先に沈黙を破ったのは、花火だった。

ドーン

腹の底に響く音が、部屋の空気を震わせる。一瞬だけ、壁の向こうの光が差し込み、天井に揺れる影を落とした。

ヒヒーンは、まばたきもせず、その影を見つめている。

「…………俺さ、やっぱりアイツ、許せねえよ。俺たちのヒヒーンを、こんなにしやがって。」

ハチ、と名乗った天使が脳裏をちらつく。

ヒヒーンは、すぐには反応しなかった。ただ、影が消えた天井を見つめたまま、浅く息をする。

「……うま。」

「分かってる!」

俺は、吐き出すように続ける。

「アイツが俺たちを狙ったとき、明らかに尋常じゃなかった!あれは、身内を俺たちに殺されたかしないとあんな目はしてねぇ!」

言葉が荒れるのを止められない。喉の奥が、ひりつく。

「憎しみだけで槍を振るう目だ。正義だとか使命だとか、そういう綺麗なもんじゃねぇ。そんなやつが、お前の代理!?リンツがどんな目にあっているか………!」

ヒヒーンの胸が、小さく上下する。

「……ライブ様。」

その声は、風に触れただけで消えてしまいそうだった。

「吾輩はもう、あの天使を憎んではおらぬうま。」

俺は思わず顔を上げる。

「……は?」

ヒヒーンは、かすかに口角を上げた。

「痛みは、確かにある。悔しさも、あるうま。でも―」

一拍、呼吸を置く。

「吾輩は、生きているうま。」

その言葉が、妙に重く胸に落ちる。

「生きて、ライブ様とこうして話している。祭りの音も聞こえる。それだけで、吾輩には十分うま。」

ドーン

また、花火が上がる。今度は少し、長く尾を引く音だった。

「ヒヒーン……」

「もちろん、ライブ様の許せないという気持ちも、大切なものですうま。怒りは、生きている証。誰かを想っているからこそ、湧いてくる感情うま。」

ヒヒーンは、ゆっくりと言葉を選ぶように続けた。その声は弱々しいのに、不思議と芯があった。

ドーン

花火の音が、言葉の隙間を埋める。

「でも……」

ヒヒーンは、ほんの少しだけ視線を逸らす。

「それに、全部を縛られてしまうと、前が見えなくなるうま。」

俺は、歯を噛みしめた。

「……じゃあ、どうしろって言うんだよ!」

吐き捨てるように言うと、ヒヒーンは小さく笑った。

「吾輩にも、正解は分からぬうま。ただ―」

一度、息を整える。

「リンツ様とライブ様、お二方が生きて、笑って、祭りを歩く未来を、吾輩は見たい。」

胸の奥を、ぎゅっと掴まれたような感覚。

「それは……」

声が詰まる。

「お前が言うなよ。」

「言わせてほしいうま。」

ヒヒーンは、こちらを真っ直ぐに見た。

「吾輩は、もうあまり遠くまで行けないうま。だからこそ、言えることもあるうま。」

ドーン

花火の光が、一瞬、部屋を白く染める。その中で、ヒヒーンの表情は穏やかだった。

「怒りを捨てろ、とは言わぬうま。ただ……怒りだけが、ライブ様を動かす理由にならないでほしいうま。それでは、ライブ様が嫌いなあの天使と同じになってしまう。」

俺は、ゆっくりと拳を握り、そして緩めた。

「……卑怯だぞ。」

「そうかもしれぬうま。」

ヒヒーンは、静かに目を閉じる。

「でも、それが吾輩の願いうま。」

花火の音が、しばらく途切れた。その静寂が、やけに重く、そして優しかった。

ドオオオン………………

ひときわ大きい花火の音が静寂をとめる。

「さあ、もう行ってくださいうま。こんなかび臭いところにいたら、ライブ様の気持ちがまた沈んでしまううま。」

「…うるさいぞ。ヒヒーン。」

―しかし、花火の光は輝き続ける。

勢いを衰えることはなく。

こちらに、

光は、

飛来して

くる。

「―ライブ様ッ!!」

日常が、完全に崩壊する。



「本当にありがとうございます。ここまで手伝ってくれて。」

リンツが感謝を述べる。

「…………ああ。」

ぶっきらぼうに返す。

影が揺れ、床が微かに震える。二人の足音だけが静寂を切り裂く。

約束通り、俺は投獄されている人間達をリンツとともに解放させていた。

地上の誰にも見つからないタイミング、というのが中々シビアで、互いに見張りあいながら半日以上を費やしてしまっていた。

しかし、その甲斐あってか脱出用の水路までの安全を確保し、囚人たちを開放するところまでこぎつけることができた。

「―いよいよだな。」

俺はカギを片手に震えるリンツに声をかける。

「はい。」

リンツは震える声で、返事をする。

俺は壊れた翼でリンツを包む。

「大丈夫だ。お前はここまで、準備してきたんだろう?今さら、怖がることなど何もない。」

薄い布のように頼りない翼だが、それでも体温を伝えるには十分だろう。

リンツは小さく息を整え、顔を少し上げる。目には恐怖と不安がまだ残っていたが、その奥に決意の光も見えた。

「……ええ、ありがとうございます。」

リンツの声はまだ震えているが、少しだけ強さを帯びた。

「それに」

俺は強くリンツを抱きしめ、続ける。

「仮に何かあっても、大丈夫だ。どれだけ民から非難されようと、王子の座を引きずり降ろされようと、俺がついている。」

「…………」

リンツは無言だった。しかし、その頬は赤く染まっている。

背中に伝わるリンツの小さな震えを感じながら、俺はそっと力を緩める。

外の水路から流れる冷たい風が、薄く湿った石の匂いと混ざり、鼻をくすぐる。

「……ありがとう。」

やっと、リンツの声が小さく漏れた。短い、しかし確かな感謝の言葉だった。

リンツの頬の赤みが、ゆっくりと引いていく。代わりに浮かんだのは、覚悟の色だった。

「……行きましょう。」

その一言は、王子のものだった。震えはまだ残っている。だが、逃げないと決めた者の声だった。

俺は頷き、手にした鍵束を持ち上げる。金属同士が触れ合う、かすかな音。それだけで、胸の奥がざわつく。ここから先は、取り返しがつかない。

「開けろ。」

「―はい!」

牢獄の前に立つ。鉄格子の向こうには、闇と沈黙。

鍵穴に鍵を差し込む。

硬い。

指先に力が入りすぎている。

もし今、誰かに見られたら。

もし今、鍵が折れてしまったら。

頭を振る。

考えるな。やると決めただろう。

カチリ。

鈍い音が、やけに大きく響いた気がした。

リンツが小さく肩を震わせるのが分かる。

「……ここからは、戻れねぇ。」

「はい。」

即答だった。

カチ、カチ、と次の鍵。

一本、また一本。

牢を縛っていた“当たり前”が、音を立てて外れていく。

最後の鍵を回した、その瞬間、中から、かすれた声がした。

「……開く、のか?」

息を詰めたような、疑いと希望が混じった声。

俺は一瞬だけ目を閉じ、それから鉄格子に手をかける。

「ああ。お前たちは、自由だ。」

ギィ……

重たい音を立てて、扉が動く。

その隙間から、痩せた指が、恐る恐る伸びてきた。

リンツが一歩、前に出る。

「……もう、大丈夫です。」

震える声。

それでも、逃げなかった声。

「外に出る準備をしてください。今は、まだ静かに。」

その言葉に、牢の奥で息を呑む気配が広がる。

俺たちは囚人とともに、水路を歩き始める。


薄暗い水路を抜け、囚人たちと共に外界へ向かう。水路の壁に沿って、皆の足音だけが響く。空気は湿って重く、ひんやりとした水の匂いが鼻を突く。

「……まだ、誰も追ってきてない、な。」

小声で呟く。

その声に囚人たちはちらりと互いを見やる。恐怖がまだ彼らを縛っていた。

「………案外、出てさえしまえば、簡単なんですね。」

「油断するな。この先何があるか分からない。」

この先は特に暗い。周囲が見渡せない状況では、俺の光だけが頼りだ。

「本当、ありがとうごぜえやす。……オレたちを助けていただいて…………」

「感謝は今は必要ない。ここを抜けてから、この王子にしてやってくれ。」

この状況は、リンツがつくったようなものだ。

魔物でも、この子にならー

そんなことが頭をよぎった瞬間だった。

「…父さんの、仇――!!!」

囚人の一人、少年兵がナイフを取り出し、リンツに突っ込む。

予想外の出来事に、俺は一瞬対応が遅れる。

一瞬の遅れは、羽が機能しない今だと、命取りになる。

俺は、リンツをー

――ドスッ

直後、リンツは前に押し飛ばされていた。

俺の身体から光が失われる。

「…ハチ、さん……?」

リンツは突然の出来事に何が起こったのか理解していない様子だった。

やってしまった。

魔物相手に。

俺は傷の状態を見る。

やはり、ここは闇が多すぎる。再生、できない。

ナイフがズルリと引き抜かれる。それと同時に、身体が倒れる。

「ハチさん!!」

リンツが俺に駆け寄る。

「来るな!!」

リンツは身体をびくっと震わせる。

「お前の死に場所は、ここじゃねえ!今すぐ逃げろ!!」

分かっている。

ここは地下道。逃げ道など、ない。

おそらく、俺もリンツも助からない。

それでも。

「な、何で天使さんが庇うんだよ。オレ、魔物を駆除しようとしただけなのに………」

俺を刺した少年兵はわなわなと震える。

「…どんな理由があろうと、子供には罪はない。魔物だからといって、だれかれ構わず殺していいわけじゃない。」

恩人に言われた言葉を、そのまま引用する。

…どうやら、核は破壊されていないらしい。

まだ、戦える。

「分かった!お前も魔物なんだろ!魔物は悪!父さんの仇!!」

狂ったように自己暗示している少年兵はナイフを振り回す。

「―どうだかな。魔物にもいい奴は、いる。」

俺は羽衣を取り出す。

―いけるか?

この人数、しかも、全員が戦闘員だ。

相手を損傷させずに、無力化する。

それしか、生き残る道はない。

いつの間にか隣にリンツが並ぶ。

「…馬鹿野郎。お前が生き延びなきゃ、意味ないだろ。」

「―ハチさんは知らないかもしれませんが、僕は王子ですよ?そこそこ戦えますし、カルケル直伝の高速魔法も持っています。」

俺たちは自身が信じる武器を構える。

それが本当の正しい道につながると信じて。

「行くぞ、リンツ!!」

「―はい!!」

暗闇に、二人の声が反芻した。




一瞬。

ほんの一瞬の、油断だった。

結界の維持に全身の魔力が消費され、疲労も限界となってきたところで突如、光の飛来する数が減った。

そこで気が緩んでしまった。

直後、五倍以上の密度の光の柱が、我が城目掛けて飛来した。

結界の強度を高め、持ち越そうとした。がー

バリィン

結界が崩壊してしまった。

急いで二枚目の結界を貼り、何とか被害は抑えた。

しかし、急激な魔力消費によって、気を失った。


目を覚ました。

「魔王様!お目覚めになられまし!?」

手筈通り、カルケルたちが結界を維持していた。

「―私は、どれぐらい眠っていた?」

「―およそ、十二分ですわ!」

十二分。

その程度のズレなら、何とかなるはずだった。

違和感に、気付いた。

「息子の気配がないー」

私は一目散に息子の残魔素を頼りに飛び出した。

大丈夫だ。カルケルがいれば、一時間はもつ。

残魔素を頼りに探すと、地下牢への入り口に辿りついた。

嫌な予感がするーと思う間もなく地下道を駆けまわる。

ザッ

着いた。

そして私の目に飛び込んできたのは、

大勢で武器を振り下ろす人間と

その中央で息もなく横になる、息子の姿。

傍らには、消えかかった光の粒子が舞っていた。


気が付けば、辺りは赤く染まっていた。

壁や床はひび割れ、天井は崩壊。見るも無残な死体のみが散乱していた。

―防衛に、戻らなければ。

何も考えない頭が出した結論に、ぼんやりと身体が動く。

「…ヤキョウ?」

聞き覚えのある少年の声に、見たくもない現実に引き戻された。



「―神様!このように、魔王は悪意などありません!どうか、魔王城の攻撃を中断してください!」

ボクは神様への必死の説得を試みていた。

神様はずっと黙ってうなずいているだけだったが、ボクがずっと食らいついていたせいか、ようやく重い腰を上げた。

魔物の本性を見るといい。下界にいけば、お前が信じるものすべてが妖だったことが分かる。

たった一言だった。

それでも引き下がろうとすると、

早く魔王の首を持ってこい。拒むなら、我の技で消し炭にしてやろうぞ。

全く聞く耳を持とうとしなかったので、天界から落ちるように逃げ出した。

ボクはしぶしぶ帰ろうとしたが、突如何か大切なものが消え失せた気配がした。

もの凄く嫌な予感がして魔王城に飛らいつく。

大丈夫だ。

ボクの信じるものは、そんなに簡単に壊れはしない。

淡い期待を胸に、城へとたどり着く。

―ヤキョウの気配が、あそこから立ち上っている。

ドス黒い闇が、空を覆っている。

大丈夫だ。

ボクが大事にすべきものは、そんなに簡単に裏切らない。

闇が湧き出る場所につく。

もはや、全身から汗が噴き出ていた。

そして、

それを

見た


紅く染まった池に、

嫌だ。

その中央に佇む、

見たくない。

親友の姿があった。

 こんなの、信じない。

「お前が今日感じたものは、全て演技、虚実、戯言。…魔王がお前から殺されないようにするための作戦なんだ。」

違う。

魔物の本性を見るといい。下界にいけば、お前が信じるものすべてが妖だったことが分かる。

 違う!

「忘れるな、イロ。やつらは人を喰らう。」

親友のそばには人間の血肉が散乱している。


何かの間違いだ。

ハチさんは、間違っている。

微かな希望を胸に、視線を上げた。

―天使長ハチの願いの器、日記帳が池に浮かんでいた。


「…ヤキョウ?」

ボクからのお願いだ。

「―イロ。」

君の口から、間違いだったと言ってほしい。

「私はー」

全ては嘘だったなんて、思いたくない。

「…疲れていたようだ。これから、結界の防衛に戻る。道を開けてくれ。」


目の前の魔王を通すわけにはいかない。

ボクは天使。神様の命を受け、魔王を殺すヤクワリを命じられた。

「…イロ?」

「ボクは天使。お前の命を奪う者。」

魔王は驚いた様子で、引き下がる。

次の言葉を待たず、矛の切っ先を巨悪へ向け、口上を述べる。

「お前の命運は尽きた。今こそ報いの時。」

魔王は少しの間、黙った後、不敵な笑みを浮かべ始める。

「やってみろ。天使風情が」

魔王はどこかから両刃を取り出す。

「…私は魔王、ヤマターケル=ヤンヴァルド卿だ!!」


開戦の火蓋はとうに切られている。

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