往生2
ずっとずっと昔、まだ我が幼い子供だった頃に、
初めて親から聞いた御伽話が、暗闇の王の話だった。
我の…いや、我等一族の目はとても優れている。遠くも見えるし、何より、多少の暗闇でさえ、容易く見通せる、優秀な目であった。
…にも、関わらず、我が尊敬する父は言った。
良いか、アーデよ…
「我等一族は、宵闇の神の眷属で有るからな、
この様な闇夜でさえ、何の問題なく見える…
しかし…その話の中の、闇の王が纏う漆黒の暗闇の中では、
如何に我等の目が良かろうとも、何も見えない、見る事が出来ないのだ、
何故なら、宵闇と深淵…それは、似て非なるもので有るからな…」と。
当時は理解できなかった。
闇は闇…だろう?
例え見えずとも、我等には優れた鼻も有る、優れた耳も有る…それこそどうとでもなるだろう…
そう考えていた。
遥か太古の昔に一度、多くの神族と人間…そして我等の祖先たる神獣の類も、まとめて滅ぼされたという。
滅ぼされた者達は皆、自身の欲に溺れ、自身の為に、他の多くの命を弄んだ。
そんな連中は全て、神族も人も、獣人の違いも無く、
等しく、死を与えられたとう言う。
だが、我等一族の祖先は、その闇の王に、生きる事を許されたそうだ。
何故なら、そういった愚かな行いを、祖先らは一切しなかったからだと…
そして、我等の祖たる王は、恩義を受けた闇の王に対し、
一族永遠の忠誠と、同じく永遠の感謝の証として、その眠りし大地の守護を誓ったという。
だが、大昔のそんな話など、御伽など…我はとうに、すっかりと忘れていた。
ある時、
その前の年に続き、今年も殆ど雨が降らず、我等の土地は遂に、水も食料も底をついた。
我等一族は、土地を捨てて他所に移動するか、何処かに、助けを求めるかで揉めに揉めた。
かつてより、何処とも強く交流せず、独自に生きて来た我等には、助けてくれる同胞など無かった。
結局、動けるものは傭兵として、アーマの軍に拾われ、
女や子供、ケガや病気等で動けないものは、当然、軍には入れず、それぞれが散らばり、食い扶持を探し求めた。
偶然、幼い我と母はヨミ神殿の司祭と、その司祭が雇っていた石工に拾われた。ヨミの神を知ったのも、実はその時が初めてだったが、母は上手く誤魔化し、熱心な信者として迎えられた。
教会で働きながら、石工の男の仕事も手伝った。
男の名はレホー、石工で有ると同時に、ヨミ神の遺跡や遺物を調査する仕事をしていた。
長らく働き、それなりの仕事を出来る様に成って、将来の不安も感じなくなった頃、
レホーから、我に特別な、違う仕事を依頼したいと、そう言われた。
内容は、より高度の遺物調査で、我らの持つ目、耳、鼻を使い、今も見つからないそれらを探すのだという。
そこには、レホーを初めて、見知った司祭や関係者も同行するし、危険もそれ程無いと… 更には給金も余分に貰えると聞き、断る理由は無かった。
色々な場所に行き、色々な物を見つけたりした。
ある時、ある洞窟の前で、レホーが我に言った。
「そこの穴に入る前に、これを飲みなさい、万が一の時、毒から身を護ってくれます」
皆にも配られていたので、何の疑いなく飲んだが…
まさかな…
アレが魔蟲の卵だったなんて…
思いもしなかった…
その少し後で、我の身体に異変があった…
まるで、虫が全身を這い回るように…
身体の中の隅々迄、何かが延びてゆく様な…
とにかく気色の悪い感覚だった…
その辺りで、我は自我を失った。
ほんの微かに、
ぼんやりと、見える状況を理解出来る位で、
身体の自由は一切無く、
見知らぬ男…背格好から、恐らく神族であろう男の、云うがままに行動を強制された。
それからの我は、
まさに、奴の操り人形だった。
大勢を殺した。
殆ど毎日のように、誰かに向けて、剣を振っていた…
あの日…
最後に受けた命令は…
それは一見、人にしか見えぬが、宵闇の遺物であり、
やがて我等に危害を及ぼすであろう危険な存在で有る。
お前の目なら、その遺物が判る筈だ、追いかけ、その手で始末せよ。だった…な…
ああ…痛い…
ダメだ…
…もう…指一本さえ…動かせない。
恐らく、男が投げた鉄の杭が、
…我の中の魔蟲の急所を…射抜いたのだ…ろうか…
死の…間際…になって、自我が…
記憶の一部が、蘇った様だ…
動くことも出来ぬ…よもやこんな状態になって、
ようやく…我の意思が戻るとは…
何が、宵闇の遺物か…
違う、あれは…そんなぬるいものじゃ…
宵闇なんかじゃ…絶対無い…
あれは…違う…もっと、
宵闇などでとは、断じて…桁が違う…
もっと…違…う…
もっと深く…もっと怖い…怖い…のだ…
ああ、そうか…
かつて、我に父が話してくれた…あの…
漆黒の…
暗闇…の…王…
なのか…そうか…
失態…何と言うことか…
最悪だ…
我は…一族の…太古の恩を…
仇で…返すとは…
…
…ココで…終る…訳に…は…いか…ん…
ダメだ…意識が…
…
む、無念だ…




