事情1
我は神である。
夜と海を司る、神の一柱である。
例外が無い訳では無いが、
基本、我ら神族は不滅だ。寿命も無い。完全な不死である。
故に、剣で斬られようが、大火で焼かれようが、
いつか何処かで、抜け落ちた髪の毛一本、いや、細胞の一欠片でも有れば、
やがて、そこから復活を果たす。
そこには本人の意思は関係なく、
必ず、復活してしまう。
本来ならばそれで良い。何度倒れても、再び立ち上がり、この世の生命を導き続けられるからだ。
だが…話が変わった…いや、全ての風向きが変わってしまったのは、
もう自分でも覚えてさえいない程、遥か…随分昔の事になる。
最初の頃は、何もかも、全てが上手くいっていた。
曽祖神によって生み出された、16柱の兄弟神。
この星の、幾つかの大陸にそれぞれ居を構え、そこにある全ての生命を導く為に、我らは存在した。
中でも、一番大きく、特に酷く荒れ果てたこの混沌の大陸に、
我ら3柱の兄弟神は降り立った。
先ずはその海でも山でも無い荒れ狂う混沌を、それぞれ大地と海に分けた。
我の上の神がその力で新たなる大地を造り、
私はその力で大海を造った。
下の神は、その類稀なる力で、そこに有った悪しき魔を尽く打ち倒し、
そして新たに生まれた魔も、同じく全て打ち倒した。
それぞれの役目がきちんと機能し、新たなる生命の世界、この新大陸が誕生した。
長い長い時が流れ、その間、生命は生まれては消え、消えては生まれ、やがて大いなる生命の流れ、渦が出来た。
上の神は創造の力を持ち、あらゆるものを作った。木も、花も、鳥も、虫も…
そして、意図せず増え過ぎてしまい、やがて均衡の取れなくなった種を、下の神が処分した。
我は、上の神程の創造の力も無く、また下の神程の剛力も無かった。
ただ、そのかわりに、我は未来を見る事が出来る力を得た。
それによって、我等の謀、政は、全て上手く運んだ。
それ故に、この2柱に強く頼られた。
故に、我等がこの先、進むべき先を、我は常に指し示し続けた。
長らく続く輪廻の中…
いつしか少しづつ、その流れの歯車には、僅かなズレが生じていた。
その、気付く事も出来ない程の、小さな小さな歪…ズレは、
数千、数万の時の流れの中で、やがて我等にもどうする事も出来ない位の、巨大な歪みになっていた。
ふと気付いた時、
上の神は、我が何度も何度も意見を与えるが故に、まるで幼子の様に、
やがて、自身で深く考えるのを辞めていた。
下の神もまた同様、ただ大きく暴れる為だけの機会、指示を待つだけの、
単なる、飢えた暴力の象徴、そんな存在となってしまっている。
平穏や安寧は、いつしか暇や退屈と言う、なんとも陳腐な言葉に置き換えられていた。
一体、何がいけなかったのか…
どう導けば良かったのか…
その答えは、もう判りはしない…
最早、今の我らの関係に於いては、何の意味も無いもの、でしかない、遅過ぎたのだ。
そして訪れる完全なる不和。
永遠かと思われた安寧は…
長らく続く平穏は、
あっけない程簡単に、
見るも無惨に崩れ去った。
まさか…
よりによって…我に下の神を直接ぶつけてくるとは…
そこは油断だった…
ある夜、とても哀しい未来を見た。
見てしまった。
ならば我は、予めその日に備えねばならない…
我の力だけでは、上の神には敵わない、
故に、我自身の力に加え、曾祖神の残したあの力も…
いや、全てだ。
使える物は全て、命も、魔力も…【呪】でさえも…
それらを、身内に向けて使う日が、
使わざるを得ない日が、まさか我に来ようとは…
だが、既にこの先の世界の一部を見た。
故に、恐れはしないし、使えるものは何でも使う。
打てる手も全て、些細な、小さな事であっても打つ。
そして、我は生き残ろうぞ。
そして…関係の修復も出来ないのであれば、
もういっそ、全て壊したほうが良い。
その、【深淵の主】ならば…
恐らく我等は、手も足も出ないというが…
故に、怖さも有るが、一度、その圧倒的な存在、力を見てみたい…
それが勝手に暴れるのも良し、その力を、我がどうにか奪うのも、また良し…
夜の支配者たる我、ヨミの暗闇でさえも、
到底敵わぬと言う、
それは似て非なるもの…
遥かなる闇…深淵…
我が力を持ってしても、先が、未来が見通せぬ、唯一の、深い、深い漆黒の闇…
かつて我ら神族を、一方的に葬ったと言う、その深き闇は…
場合によっては、我の身体を蝕む猛毒…
下手に触れてしまえば、
今度こそ、我は本当に消えてしまうかも知れんが…
だが…きっと、結果は同じなのだ、
この状態…状況が続く…いや、今以上、これ以上に拗れるので有れば…
もうただ、遅いか早いかの問題であろう…
だからこそ、我ヨミは…
一度、この目で見てみたい…
会ってみたい…
全ての生命の終焉にして…
我ら神族の天敵
そして、監視者…
かつて我等兄弟の為にと、
我が密かに、あの石を持ち出し、そして、その力を全て奪い、別の封印の器に隠した。
故に、もう決して、
この世界には現れない、顕現出来ぬ筈だと…
深き闇の主は、魂の器であった石が無い以上、
ここには二度と、戻る事も、帰る事も、
絶対に、出来はしないであろうと、
そう、思っていた…
深淵に関する未来だけは、一切、見えなかった…
やはり我等が不死で有るのと同様に、
闇の主も又、不死、不滅だったようだな…
そう、まさかだ。
我が期せずも、自身の魂の器が無くとも、
なんとそれは再び、今世に現れた…
遂に目覚めし…長き眠りの神殺し、
【深淵の破壊神】…
見通せぬ破壊の、破滅の…
その終焉が…、再び、この地にやって来たのだ。
それは、我にとって、或いは神族にとって…
全てか、一部か、
果たして、一体どこまでその牙を向けてくるのか…
そうだ、確か僅かだが、
アレを祀った危篤な連中が居たな…
まずは、例え一部でも、それをどうにか上手く取り込み…利用し、
その日に備えなければな。




