賜姓 2
前日にかなり無理をして長く飛んだ反動で、そこからまた数日、力の回復に要してしまった。
陸地とは勝手が違い、海はどこにでも降りれないのでとても厄介だった。
幸いな事に、【深淵】の気配もあまり動いては居ない様だ…
こことも、それ程遠くは離れてはいない様子で有る。
再び千里眼で、主と思しき気配に探りを入れつつ、この辺り一帯も調べておく。
強い敵とはまだ、まともには闘えそうにも無い故に。
数日、回復に専念したおかげかその魔力の回復に伴い、ようやく消えていた腕が元に戻った。
翼と爪だけでは、何かと不自由が多かったが、これで色々と出来る事が増えるし、
我の本来の姿に近づいて来た実感を、少しづつ感じていた。
そんな時…島に何かが急接近している強い気配…
強い邪気を感じた…
それは凶悪な気配を撒き散らし、どう考えてもこちらに勝ち目など無いのは明らかな魔獣であった…
我は急遽、なるべく近い島へと避難、移動する事にした。
我が飛んですぐに…それがこちらに向けて、その進路を変えた事が判った。
飛ぶよりはまだ随分と遅いが、
泳いでいると考えれば、それはかなり速かった…
このまま飛び続ける事が、今の我には厳しい状態で有る以上、
完全に気配を消す、第二位階魔法を使う必要に迫られるのだが…
魔力は恐らくギリギリで、最悪の場合、発動に失敗する可能性も有る…
当然魔力は底を着き、闘う以前に、我はそこから動く事も出来なくなるだろうが、黙って食われるなど、論外…
さて、一体どうしたものか…
まだまだ、あれがここに来るまでにはもう少し時間が有るが…
取り敢えず…付近に高台を探しては見たが、どうもそれ程高い場所は無さげだ…
恐らくあれは海の魔獣の類で有ろうから…
果たして地上でどの程度ヤツは活動出来るのか、
先ずは軽く探って…
逃げるだけの余力を残して…
逃げるだけの隙を作る為にも、さしあたって今使える攻撃は全て、試すしか無さそうだ。
色々と思案を巡らせていると、ようやくその客が目の前に現れた…
海竜…?
いや、理由は判らんが、どうやらすっかりと変化して…
なんとも邪悪な気配を垂れ流す、不気味な…
まるで呪詛の様な物に成り下がってしまった、どうにも哀れな存在の様だ…
取り敢えず今、我の持てる力を試そう、
この場を無事、生き延びる為に…
我は音空間魔法、強力な振動波で奴の耳を…その規管の破壊を試みた。
海に生息する魔獣で有るならば、頭の中の耳…それは索敵を行い、行動の基準とする以上、恐らくこの攻撃は大きく効く筈…
この魔法に対し、海竜が強い拒否反応を起こした…
遂にはその場で動きが停まった…
苦しそうに暴れ始めた…
やはり、だ。
耳はヤツにとって、かなり重要な規管のようで、そこを破壊され突如狂ったように大きく暴れ出した。
このまま…魔法で脳まで破壊出来れば良いのだが…
今の我の魔力では、到底無理そうだ…
こちらを目以外では探せ無い様なので、隠れながら逃げるのも手だが…かなりお怒りの様子だし、そう簡単には逃げる事を許す訳は無かろう…
飛ぶならいざ知らず、走るとなると尚更だ…
そもそも、大暴れしていて飛んで逃げる以前に距離が近い、近すぎる…
とても奴の横をすり抜けるなど…無理だ、これ以上は近づけもしない…
しかもどうやら、身体中から付近一帯になにやら毒をばら撒いているようだ…
恐らくその毒で、我の接近を阻んでいるつもりなのだろうが、残念だが、我も毒を持つのだ…
故に、その程度の毒ではこの身には効きはせぬが…
如何せん、我が近づけばアレの暴れる身体で怪我をし、離れれば追ってくる。
完全に怒りで我を忘れておるようだし…
これは面倒な事になった…
…?
近づいて来る…
こ、この気配は…!!!
次の瞬間だった、
強い【深淵】の気配が現れたと思ったその時…
まさにあっと言う間の出来事だった。大暴れしていた邪悪な海竜はなすすべもなく…
嘘の様に、力なくその場に崩れ落ちた。
更に現れた男は、【深淵】の力を使い、この巨大な邪悪な存在を幾つかの輪切りにして…
あっと言う間に全て【深淵】に押し込んでしまった…
まさに【深淵】の…その圧倒的な力を使用する、それが出来うる存在なのだが…
これは違う、断じて我が主では無い…
誰だ?我が主はどうしたのだ?
狼狽える我の元に、蜘蛛が現れた…
その姿は、以前とすっかりと変わってはいたが…
どうやら、その中身は同じようで少し安心はしたが…
だが、肝心の主が居ないのは何故だ?その我の問いに、蜘蛛も困惑していた。
実は蜘蛛にも、この今の状態がよく判って居ない様で、
今…解っている事は、何らかの理由で我らの主は消え…
だが、消えた主に代わり、同じ【深淵】の力を纏いてこの世界に顕現したのがこの男で…
少なくとも我ら【深淵】の眷属が、絶対放って於いてはおけない、主と同じ力を持つ者…
恐らく、この世界で唯一の、我等の主との繋がりで有り、そして手掛かりで有る…
故に、蜘蛛は男と行動を共にしていると言う。
更に…我が囚われの身の間に、蜘蛛は神族によって無理矢理復活させられた挙句、その自由を奪われ、強制的に使役されてていたのだが…
我と同じく、突如現れた【深淵】の気配を察知し、ただ再開だけを望んで、自由のきかぬ身体で無理矢理そこに駆け付け…
そこに現れた【深淵の破壊神】らしき、謎の思念体に遭遇した。
それは当初…ぼんやりとした人型である以外は、完全なる【深淵】の、その一部…大きな漆黒の塊の様で有り、
異界との境界線で引っ掛かり、動けない様子で有った…
少なくとも我等の主とは、到底思え無かったそうだが…
奪われつつ有った自我…その意識の在る内に何とかそれを助け、
その後…助けたその【深淵】の力の塊に対し、
我を失った自分が危害を加えるその前に、
蜘蛛は無理矢理魔法を行使して自ら…その場で自壊したのだと…
その後、自身の核を持ち歩いていた男が、敵の獣人の刃に掛かり死亡する際に吐いた大量の血を浴び…
その後…
本人共々、復活したのだそうだ。どうやら男の血を浴びた事が良かったらしい…
不思議な事に…男は完全なる不死者であり、同時に、命ある亡者であると言う…
少なくとも我等の主には魂が有り、故にその命が有ったのだが、
男のその身には、本来有るべき魂は無く…
だが、魂の持つ輝きも力も、そこには確かに有るのだと…
蜘蛛の考えでは、
恐らく、我等の主がこの男を呼び寄せ、消え行く己の替りとしたのでは無いかと…
確かに、今後の我には行く宛も何も無い…
主は本当に消えたのか、或いは何処かに居るのか…
それを確かめる為にも…我もこの男の旅に同行しよう、
少なくとも我も蜘蛛も、【深淵】の力により生み出されし、
その力を持つ神の眷属なのだから…
我等は【深淵】と共に有るべき定めなのだ。




