賜姓 1
永らくずっと…多くの視えない鎖に囚われ、我は永き時をその囚われの結界の中で過ごした。
全く動けない事は勿論だが、この巨大な結界を維持する為の…
或いは自らの糧にせんとする神族によって、
我の生み出すその魔力は際限なく吸われ、奪われ続けた。
もはやこの身の復活はおろか、自身の消滅さえも覚悟して、
寧ろその最後の日を、主の元へ逝くその時を、我は静かに待ちわびた。
最後の時がまもなく訪れようと言う、まさに丁度その頃に、
この巨大な封印結界が、轟音と共に突如砕かれた。
同時に、我を縛っていた魔力の鎖が霧散した。
そして、我はその場所の大気中に有った魔素を、とにかく必死で吸収して、取り敢えずは一命を取り留めた。
身体は一切動かせはしなかったが、すぐに感じたのだ…
あの懐かしき、我が主の気配…あの【深淵】の気配を…
すぐにでも…例え無様に這ってでも、我はその場に行きたかった…
だが、どれほど力を込めようと、我はその場で羽根を開く力さえでさえ失っていた。
途方も無い怒りと悲しさが込み上げてきたが…
今迄、数百年も待ったのだから…あともう少しだけ、
この身体に再び力が戻るまで…今はこの身体を休め、
もう一度、我が主の元へ…
ただそれだけを思い、ひたすら魔力を練っては、想像以上に窶れたこの身体の回復を促した。
やがて、付近から【深淵】の気配は遠ざかって行ったが、
悔しくともやはりまだまだ、我はまともに動けない状態が続いた。
数日掛かって、ようやく起き上がれる程度には回復した。
近くにいた獣を喰らい、失っていた多くの血や筋肉の回復も行い、そこから数日掛かって、何とか飛べる程度は回復出来たので、【深淵】の気配を追った。
まさか、飛ぶという事だけに、これ程苦労するとは思わなかった。
思う程の高さも、勿論速さも出せず、我の身体は本当に消滅の一歩手前だったのだと、改めて思った。
休み休み気配を追いつつ、この身体で倒せる、魔力の高い魔物を喰らい、
追跡と回復を繰り返す…ただただ、主に会いたかったからだ…
ある風が強い日に…我は向かい風に上手く飛ぶことが出来ず、
自身に情なさを強く感じたが、暫くの間追跡を諦め、回復だけに専念した。
そこから更に数日掛かって、ようやく…軽い魔法が使える様になり、
より大きな魔力を持つ獣や魔獣を倒し、喰らい、更に力を蓄えた。
それでも恐らく、回復出来た我の力は、本来の三割にも満たない程度だった。
結局、動けずに回復をしていた間に、どうやら【深淵】の気配は、海の上へと移動していた。
しかも、どういう訳か、船にしてはかなり速い…
どうやら相当に離されてしまった様だった。
長くは飛べ無い不甲斐ない身体で、何とか島から島へと移動し、気配を追った。
ある場所で、遂に気配を見失ってしまい、
慌てた我は、少し無理をして千里眼魔法で辺り一帯の、広範囲の様子を必死に探ってみた…
そして遂に、主の気配と…そこに有る大きな違和感にぶち当たった。
違う?
なんだ…この気配は…間違い無く、【深淵】だ…
それは絶対に、幾ら呆けていても、この我が間違え様が無いのだが…
だが…違う、
いや、だが蜘蛛も一緒だ…
だがその蜘蛛も何故か身体が小さく、その纏った気配も雰囲気も、微妙に違うのだ、もう違和感しか無い…
だが…【深淵】の主はこの世界に於いて、唯一にして絶対で有る。
その他等、この世界には居ないのだ。
なら一体…
我が囚われの身で有る時に、主や蜘蛛にも、きっと何か有ったのは恐らく間違い無いのだろう…
だが…もし、
もしあれが、何らかの主の偽物であったなら、それは恐らく罠だ、迂闊に近づけば危険だ…
我は今、大した強さも持たぬ…
もう少し、もう少しきちんとアレを見定めつつ、もっと力を回復せねばな。
取り敢えず、あの島で暫くの間、この身体にまた力を蓄えねば…
しかし…主に一体、何が起きたのだろう、
そう簡単にやられてしまう程、主は決して弱い方では無い…
いや…寧ろ、あの主に勝てる存在などが、殆ど皆無なのに…
とにかくだ…考え過ぎても何もなし得ない。恐らくこの身体にも良くはないだろう…
今は、もう休もう、
今日はもう、それほど飛べそうも無いしな。
決して主は、我を見捨てたりはせぬ…
今はひとまずこの羽根を休める時なのだろう…いずれ必ず、我が主の元へ帰る為に。
主の剣として…再び闘うその日のために。




