第十七話 四郎、散る
反応が遅れた克之丞には、振り下ろされる刃の動きがとてもゆっくりに見えた。終わった、そう思ったときだった。克之丞は勢いよく左側に倒れこんだ。何者かに蹴飛ばされたような感覚が克之丞を襲った。結果として、克之丞は会津兵の斬撃をかわした。そして、すぐさま立ち上がり、斬りかかってきた会津兵に対峙した。そのとき、背後からも足音が聞こえ、二人の間にもう一人の会津兵が割って入った。後から来た会津兵は、克之丞に対峙する会津兵に手を振ってその場を去らせると、代わって刀を抜いて克之丞に対峙した。
(強い……)
克之丞はその会津兵の気配に圧倒され、わずかな手の震えを感じた。会津兵が口を開いた。
「命拾いしたな。お前を蹴飛ばした男は知り合いか?」
(知り合い? まさか!)
「もういいだろう? お前たちの勝ちだ。これ以上命を奪い合うことはない」
それでも克之丞は、刀を握りしめたまま構えを解こうとはしなかった。会津兵の醸し出す雰囲気が克之丞に緊張を与え続けたのである。
その時、突然、克之丞の名を呼ぶ声が響いた。
「福田殿!」
しばらく二人が対峙していると、黒羽兵が駆け寄ってきた。克之丞の近くで足を止めた黒羽兵は、克之丞の視線の先にいる会津兵に気づくと、咄嗟に銃を構えた。
「スペンサー銃……。そんなもので俺を撃てるか?」
会津兵の言葉を挑発と感じたのであろう。黒羽兵の耳が赤くなるや否や、銃声が響いた。その刹那、撃った黒羽兵ばかりでなく、克之丞も目を見張った。会津兵は、空気を切り裂くような銃弾を見事にかわしたのだ。黒羽兵はすぐさま次弾を装填し、銃を構えた。しかし、克之丞は素早くその銃口の先に立ち、兵を制した。
「……『起こり』か」
克之丞の言葉に、会津兵はわずかに口元を緩めた。
「この状況で『起こり』を見極められる奴とはやり合いたくないな。ましてや、待っている者がいる奴とはな」
会津兵の視線が、克之丞の腰に縛り付けてある御守りに向けられた。
会津兵は刀を鞘に納め、わずかに頭を下げると、霧の中に消えるように去って行った。
「あいつ、銃弾が見えたのでしょうか?」
黒羽兵が疑問を口にした。
「銃弾を見極められる者などいない。ただ、あいつが見ていたのはお前が引き金を引く瞬間の身体、腕や指の動きだ。しかも、こんな霧の中の戦場でな」
克之丞は淡々と答える。
「そんなことが?」
黒羽兵が信じられないといった様子で言った。
「世の中にはそんな化け物もいるってことさ。気にするな」
克之丞は冷静に言い放った後、御守りを握りしめながら、しばらくの間、霧の中に消えた会津兵の後ろ姿を見つめていた。
三斗小屋の戦いが終わった。黒羽・館林連合部隊は、この地の会津軍を駆逐した後、周囲に会津軍がいないことを確認し、この日は三斗小屋に宿陣した。板室を経由する部隊が合流したのは、翌二十四日の早朝のことであった。こうして、日本戦史上極めてまれな高地での山岳戦は終わった。
その後、三斗小屋の黒羽隊らは、狭隘な峠道での激しい戦闘を経て、約二〇〇人の会津軍を駆逐し、会津西街道を北上する新政府軍と合流することに成功。途中、会津軍の激しい抵抗を突破し、若松城攻城戦に参加することとなる。
この一連の戦いでの功績により、戊辰戦争後の論功行賞において、黒羽藩は新政府軍に参加した数多くの諸藩の中で五番目に高い評価を受けることとなる。三斗小屋から若松城攻城戦に至るまでの戦功が、その評価の一因となったのである。
三斗小屋の戦闘の翌八月二十四日夜、三斗小屋の民家で暖を取る克之丞は、御守りを見つめていた。
「あれが今生の別れだなんて……なぁ、四郎」
この日の未明、板室村経由の別動隊が、悲しい知らせを伴って遅れて到着した。
「一番隊隊長・益子四郎、戦死。」
その言葉が克之丞の耳に入ったとき、彼は一瞬、自分の聴覚が信じられなかった。四郎が……死んだ? 克之丞は呆然とし、目の前がかすんだ。これまでの戦の中で数多くの仲間が死んでいったが、四郎の死は克之丞の胸中に言葉にできないほどの痛みを与えた。
二十三日、本隊との同時攻撃を計画して進軍していた別動隊は、途中の民家に会津兵が潜伏しているという報せを受ける。数は不明だったが、その知らせに時を取られるわけにはいかなかった。そこで四郎は、迷わず先陣を切り、民家へと向かった。しかし、待ち受けていた会津兵の激しい銃撃に、四郎は胸を撃たれ、最後の力を振り絞り会津兵を斬り倒すも、その後すぐに命を落とした。享年はわずか二二歳。
「お前が最後に見た俺は情けなかったな。あの世で増裕様と笑ってくれ。」
つぶやく克之丞は、御守りを見つめながら、ふと那美のことを思い出した。
「那美に何も言わず、ここまできてしまったな……。」
三斗小屋の戦いが終わり、黒羽に戻る予定だった克之丞。しかし、しばらくその地に留まっていた。三斗小屋は山岳地帯であり、過酷な環境だった。食料や物資が不足し、黒羽兵や館林兵の食事もままならなかった。克之丞は、その補給を確保するため奔走していたのである。克之丞が御守りをしまおうとしたその時、三左衛門からの呼び出しが届いた。
「明日、黒羽に戻れ。」
三左衛門が克之丞に告げた。
「先刻、見張りの兵が会津の間者らしき者を発見し、斬った。その者の懐からは、会津からの密書が出てきた。凝りもせず、黒羽を調略しようとする内容だ。」
その言葉を聞いた瞬間、克之丞の体に冷や汗が走った。
この日の日中、宿場内でちょっとした騒動があった。多くの人影が、宿場を流れる苦戸川に向かっていた。その人波を見かけた克之丞は、目の前を急ぎ足で走りすぎようとする黒羽兵に声を掛けた。
「一番隊の連中が、賊に加担した農民にお仕置きをするって騒いでいます」
(一番隊と言えば、四郎の……?)
克之丞は不安を感じながら、急ぎ川の畔へと駆け付けた。川辺には、すでに人だかりができていた。人々が集まる先に目を向けた克之丞は、その光景に言葉を失った。
「なんてことを……」




