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小さい頃僕達は夢見ていた

作者: しんら

小さい頃は色んなものになりたかった。

警察官、宇宙飛行士、自然科学者。本当に色んな職業に憧れて、毎日夢を見て過ごしていた。

───本当に、夢でしかないのにね。


けれども子供の頃は私は無敵で、その夢も必ず叶うと信じて疑わなかった。憧れと、羨望。それさえあればたどり着けるのだと。


春、冷たい風を浴びながら校庭を走り抜ける。グラウンドの中央では上級生がサッカーをしているから、僕達はその角でベースボールをする。


足を思い切り踏み切って、投げられたボールを蹴り返す。

ポーン、と軽快に飛んでいくボールはどこまでも、どこまでも飛んでいって、やがてグラウンドの真ん中で止まる。するとそこでサッカーをしていた上級生がそれを見てこちらへ向かってくる。


「ナイスキック」


そう言って〇〇君は笑うとまたグラウンドの方へと戻っていく。


折角遠くまで蹴ったのに...。

と思うよりも早く嬉しさがこみ上げてきた。

褒められた!〇〇君に褒められた!

そのあとすぐにアウトになってしまったけれど、その嬉しさを僕はまだ覚えている。


夏、カラカラとしたグラウンドで行われる大運動会。そこら中に立てられたテントには色んな大人の人が居て、皆楽しそうに話している。


僕のお家は両親は共働きで忙しかったから、昼食の時にならないと来れなかった。けれど、昼食の時には重箱を持ってテントで僕達が戻ってくるのを待っていた。


箱を広げるとアンパンマンの形をしたポテトや、黒豆、あま~いカボチャの煮物や唐揚げ、僕達が大好きご飯がいっぱい詰められている。

それを口いっぱいにほうばって頬張って一言僕は言うんだ。


「おいしいね!ママ、パパ!!」


そう言うと二人はとても笑顔で「そうだな」「たくさん食べなさい」と言ってくれる。それが僕には何よりも嬉しくって、午後の競技に向けてやる気と熱が心に火をつける。


そうして午後一番に始まるものはこの運動会の目玉。この地域に長く伝わる鳥舞太鼓という、和太鼓と舞を掛け合わせた伝統芸能。そのお披露目である。


5年生になりたての頃から練習を初め、運動会まで上級生と地域の伝統芸能クラブのおじいちゃんが指導をしてくれる。


僕達5年生はそれまでの努力の成果を、先輩達はこの2年間の努力の集大成を見せることになるのだ。


力強く大太鼓が叩かれ、ついにその土地に長く伝わる伝統芸能が歓声をあげる。


大太鼓のズシンという重みのある音の後、中太鼓がとんとんとんとリズムを奏で始める。

それを受けて僕達は小太鼓を使ってとんととトンとリズムの輪に加わっていく。


全員がお互いを意識してタイミングに合わせ、一寸の狂いも出ないようなメロディーを奏でることに命をかける。


そのメロディーに乗せて、舞を見せるのは華麗な衣服と特徴的な鳥頭のような帽子を被った生徒達だ。


全員がまるで一つの生き物のように呼吸を、リズムを、思いを込めて鳥舞太鼓を成功させるという目的に向かってひた走る。


そうして締めの大太鼓が叩かれると舞をしていた子供達は地面に足をつき、頭を垂れる。


その直後に起きるのは大歓声だ。老若男女問わず、誰もが子供達の奮闘を称えて声援と拍手を送る。


そこには何の妬みも僻みもなく、ただ美しいものを見た人が万雷の喝采を送る。───今となっては、もう思い出すことしか出来ない、過ぎ去った感情と情景。


人は大人になることをどう定義するか。

私はそれを【知る】ことだと定義する。最初に知るのは他者と自身の違い。


それから生まれる感情を僕達は知らぬままに振る舞う。あの時は何もかも輝いていたと同時に、きっと何もかも淀んでいた。


放課後のサッカー、そこで少年達が笑い合いながら走るのと同じように、狭いトイレの個室では他者との違いを持つ友達の悪口を言っていた。


そこに善悪の感情はなく、ただ純粋だけがある。楽しいから、嫌だから、怖いから、痛いから。それだけが理由で僕達は小さな道を走り抜ける。


秋。特に何も起きない退屈な時期。通学路を歩き、同級生と語らい、勉学に取り組み、訪れる冬を待ち詫びる。


大人とのドッチボール交流会、僕はそのコートで一人残り、ただボールを避けることだけを楽しみにして走り回る。そうして少しした後、足先に当たったボールを見て、少し残念そうに肩を落とす。


その後に訪れる歓談の時間。各々が好きな事をして過ごすなんてことのない時間。けど、1つだけ印象に残っていることと言えば、誰が言い始めたか分からないバレーだかドッチボールだかの募集に珍しく手をあげて大きな声で「やりたい」と言っていたあの子の楽しそうな声と横顔。  


今となっては思い出すことしか出来ない感情と、諦めと一抹の後悔が残った記憶に、しんしんと白い雪が降り積もる。


待ち侘びた冬の到来に、僕達は耳と手を真っ赤にしながら外に出る。


一面に広がる白い世界、朝六時半の誰の足跡も残っていない深雪に僕達は笑顔で足跡を刻み込む。靴の中に雪が入って、少し冷たいけど、雪を踏む感触と、空から落ちてくる白い宝石に目を奪われた僕には関係ない。


毛糸で出来た手袋で雪玉を作って、お兄ちゃんと投げ合って遊ぶ。

1、2時間遊んだところで手が痛くなってアパートの中に踵を返す。玄関の前で靴をパンパンとはたき雪を下ろした後、ドアを開ける。


美味しい餅の焼ける匂いと、「こっちにきて温まりなさい」と笑顔で出迎えてくれる母親。僕達はそこへ2人で走っていく。

暖かい石油ストーブから放たれる熱で両手を温めて、その上に敷かれたアルミホイル。そこでぷくーと膨らむ餅を小皿に移して、きな粉をかけて口に運ぶ。


喉に詰まるのが怖くて僕はちまちまとしっかり噛みながら咀嚼する。すると噛みすぎてきな粉の味が抜け落ちてしまうので、きな粉だけを掬い上げて口に運ぶ。


そうして2つくらい食べ終わった後に、僕達は静かに眠りにつく。遊び疲れたように、満足したように


そうした日々を六回ほど繰り返して、僕達は夢を卒業する。


最後の学芸会、僕達は戦争をテーマにした悲劇の物語を演じる。校舎に寄贈された青い目の人形、それがこうしてこの校舎に贈られるに至る以前の、悲しい悲しい人の歴史を。  


締めくくりに贈られる言葉は世界平和を願う人の言葉。それを代弁するのは当時戦争など何も理解できていない少年達だ。

しかし、戦争がどんなものなのかを知ってはいても、それがどれだけ悲しいことか理解できていない筈の少年少女の瞳から流れる大粒の涙を、きっと私は忘れない。


善も悪も、何も知らない少年達にもそれが悲しいものであるという認識はあったのか、そうでないのかは今となっては分からない。


しかし、その出来事があったからこそ、今の私は人間が残酷なだけの生物ではないと信じることが出来ている。


人のありとあらゆる憎悪を浴びせられて尚、それでも、と言い続けられるだけの根拠がそんなものかと言われるかもしれないが。私にとってそんなものだった。


それがあったから人を嫌いになりきれなかった、それがあったから人と仲良くなれた。友人が出来た。


そして、それがあったから───私は挫折した。


小さな道を走り抜けると、色んな別れと共に色んな出会いが始まった。そうして耳に残る、「卒業式なのに泣かないんだね」という同級生の活発だった女の子の言葉を残して、僕達は夢から覚めて現実に向き合うことになる。


小学生の頃、励んでいた勉強がより難解で、踏み込んだテーマに変わって行く。そこからの変化は凄まじかった。中1の頃、僕の首を絞めて笑っていたあの男は、2年後には純粋さを失い、明確な悪意を持って部活動を終わらせた。


終わらせたとは言っても部活が無くなった訳でもなんでもない、───ただ、その部活動は徹底的なまでに終わっていたに過ぎないのだ。


必死に練習する同じ部活、同じ学年に属していた彼を気に食わないからという理由だけでイジメ、ほぼ退部状態まで追い詰めた。その次に行われたのは───ここで語るにはあまりにおぞましい行為だった。当時、まだ彼等を受け入れるという風潮が無かった時代に起きた最低で最悪の事態。


それを経て、部活動は完全に()()()()。そこにいる人間の人間性、学年感の不和を知っていて尚、興味を持たない顧問。それらの積み重ねが、最終的に数名の幽霊部員と退部者を生み出した。


───きっと、そういう運命の下生まれてきたんだろう。

小学校の頃は机を綺麗な新品の雑巾で拭いているだけで汚いと裾で拭われた。

そして、中学校になってからは首を絞めて苦しんでる姿が見てて楽しいからという理由で首を絞められて続け、歯向かえばそれすらも笑いものにされ。


最終的にその男が部長になると、徹底的なまでの差別と、強要が行われた。崩壊した部活動、そこに行けばいずれ自分もこのトイレの中で涙を流す少年のようになってしまうだろう。

そんなことをトイレの中で泣く友達を慰めながら、思案する。


そうして次第に部活へ運ぶ足は遠のいていき、3年生になって突然その男は最後の大会だから頑張ろうと言い出すと真っ先に僕の下へと足を運んだ。


「なんでお前部活来ないの?」


帰るための自転車を掴まれながら僕は思った言葉をそのまま発する。


「───だって、面倒くさかったから」


そこにあるしがらみ、蔓延るいじめに差別、雰囲気、何もかもが面倒で、面倒で仕方がない。クラスでは毎日のようにある女子生徒から嫌がらせを受け、どこにも行き場のない僕に帰る場所は1つしか無かった。


勿論救いは求めはした。ある委員会の活動、僕に火星人だの、臭いだの、キモいだの、言ってきた女の子と一緒に取り組むことになった委員会活動。それを欠席した僕は帰りの校舎で偶然その少女に出会う。


「なんで来なかったの?」


「いや、用事があって...」


そんな問答をひとしきりした後、興味なさそうに去っていた女の子の後、体育館の方から走ってくる影があった。


「よ、○○○。なんで委員会行かなかったの?」


その女生徒と親したかった彼は気さくにそんなことを聞いてきた。同じ陸上部に所属し、何と生徒会長にも選ばれたまさにこの学校の生徒の代表者。


僕は少しの逡巡の後、意を決して、声を上げる。小さくとも、自信が無くとも、助けてほしい、その一心で。


「だって、あの子にいじめられてるから」


それを受けて、彼は、あいつは───。


「そっか、頑張れよ」


一瞬の気まずそうな顔の後、笑顔でそんなことを言ってまた来た方向と同じ方へ走り去っていく

 

その時僕は───私になった。


他者を信じるのは無駄だ、あの男がかの気高き生徒会長すらその救いの手を取ってくれぬというのなら、きっともう誰も僕の手を取ってはくれない。


悲しみとは耐えるものでしかなく、他者に共有するものでも、救いを求めるものでもない。自分の中形で心の形が定まっていく。


その時、少年は、青年期を経ることなく大人になった。

何故ならば私は知ってしまった。世界の理不尽さを、人間の残虐さを、救いを求めることの無意味を。


だったら、どうすればいいかは自ずと知れた。中学2年生、波風を立てることなく、他者に恨まれぬようほどほどの距離感を持って接するようになる。


すでに居た友達には自然体だが、他者との会話にはリソースを使うようになった。嫌われないようにするにはどうすればいいかを考えて発言する。


───長かった夢から、少年はようやく目を覚ます。

世界を知り、人を知り、苦しみを知り、痛みを知り、その中で尚輝く思い出を背負って、少年は大人になった。


自身の目指していた夢が当時世間で言うところの安定しない職であると知り、それは恥ずかしい事なのだと言われて、僕はそれ()を心の奥底にしまい込む。


家族に見られぬように、友達に見られぬようにと。自分だけの思い出としてしまい込む。大切に、厳重に。


───小さい頃、僕達は夢を見ていた。


なりたいもの、好きな物、好きなこと、やりたいこと、それら全てを出来ること、叶うことと信じていた。


けれども色んな事を知っていく内に私はそれを捨てていった。叶わぬものだと、願うべきものではなかったと。


そして。───それでも尚、捨てきることが出来なかったことを、これを読んでくれた人達は知ってくれただろうか。

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