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後編:涙を数える者

 クリスマスイブの夜。公園は雪に覆われ、満月の光が銀色に輝いていた。私は先に立っていた。ショートヘアが冷たい風に揺れ、黒い手袋をはめた手で木製の杭を握りしめる。雪がブーツを濡らし、頬を刺す風が肌を凍えさせた。芙美が赤いマフラーを巻いて現れた瞬間、私は低く告げた。


「来たか」


 冷たい目で彼女を射抜くと、キーホルダーが手袋に揺れる音が耳に届いた。


「あいつは?」


 私が問うと、彼女の声が震えた。


「分からない……」


 その言葉が終わる前に、木々の間から小笠原廉也が姿を現した。紺コートを羽織り、前髪が雪に濡れて額に張り付いている。私は彼を見つめ、杭を握る手がわずかに震えた。


「芙美、一ノ瀬……」

「やっと会えた」

「彩花は吸血鬼に殺された。お前が誰であろうとも、許さない」


 言葉が喉から溢れ、私は動いた。杭が風を切り、雪が舞い上がる。動きは速く、杭が木の幹に突き刺さると、鈍い音が夜の静寂を裂いた。雪が飛び散り、月光に白い粉が乱舞する。廉也が横に飛び、地面に手をついて体勢を立て直した。


「やめろ!」


 彼が叫んだが、私は耳を貸さず、杭を振り上げた。金属が擦れる音が耳をつんざく。


「やめてくれ……」


 彼が呟いても、私は止まらず、杭を投げた。コートの裾が裂け、雪が舞う。


「逃げるな!」


と叫び、彼に飛びかかる。私と彼がぶつかり合い、雪が乱れ、手袋が血に濡れた。廉也の肩から赤が滲み、杭が木に当たるたび、鈍い音が響く。私は彼を地面に押し倒し、杭を高く振り上げた。


「終わりだ」

「芙美を……頼む」


 彼が雪に倒れたまま呟き、目を閉じる。私はその言葉を無視した。


「黙れ」


 鋭く吐き捨て、杭を振り下ろそうとした瞬間、芙美が駆け寄ってきた。


「やめて!」

「離せ!」


 私たちは叫び合い、彼女が私の腕を掴むと、その手が震えているのが伝わった。雪が月光に冷たく光る。私は目を細め、彼女が叫んだ。


「私がやるから!」


 その声に、心の中で何をすべきか分からず震えているのが分かった。私は一歩下がり、彼女が鞄からナイフを取り出すのを見つめる。指先がぎこちなく動き、廉也が静かに呟く声が私の耳に届いた。


「芙美……」

「どうして……」


 彼女が泣きながら問いかけると、彼は柔和な笑みを浮かべた。


「君に嫌われるのが怖かった」

「愛してるって言ったよね」


 芙美が涙をこぼし、廉也が彼女の手を掴んだのを見た。彼がナイフを自分の胸に引き寄せる動きに、私は目を離せなかった。雪が静かに舞い落ちる。


「君の手なら、幸せだよ」


 彼が笑い、「俺を解放して」と小さく呟いた。


「できない……」


 彼女が呟き、手を震わせて引き戻そうとするのが分かった。だが、彼の手が力を込め、彼女の抵抗を静かに押さえ込む。


「やめて!」


と彼女が叫び、押さえきれず顔を背けた瞬間、彼が「君の手がいいんだ」と微笑み、ナイフを自らの胸に引き寄せた。刃が刺さり、血が雪に滲む音が私の耳に届いた。


「ありがとう」


と呟き、彼の目が閉じる。


「廉也!」


 芙美が叫び、彼を抱きしめた。私はその光景を木々の間から見つめた。雪が静寂を取り戻す。


「これで終わりだ」

「あいつが自分で選んだんだな」


 私は冷たく告げ、杭を拾って血を拭った。


 心が重かった。何をしたって、彩花は戻らない。芙美の泣き声が耳に残り、私の復讐が彼女を傷つけたことを認めざるを得なかった。彼女を庇う気持ちが、どこかで芽生えていたのに、私はそれを捨てた。雪が私の足跡を埋め、月光が冷たく輝く。彩花の笑顔が頭に浮かび、私を責めた。復讐が何も救わなかったことに、初めて気づいた。


 夜が深まり、公園は雪に覆われる。私は木々の陰から芙美が廉也の亡骸を抱く姿を見つめた。赤いマフラーが雪に映え、彼女の小さな体が震えているのが見えた。満月の光が二人を照らし、静寂が全てを包む。彼女の携帯が震え、彼女がそれを見つめて泣き始めた。涙が頬を濡らし、凍えた指で画面を握りしめる姿が目に焼き付いた。


「どうして……」


 彼女の呟きが雪に溶ける。私はあの夜、彼が「君にだったら、いいよ」と笑った顔を思い出した。あいつは吸血鬼でも芙美を愛していた。私の復讐が二人の愛を壊し、心が軋む。


「愛してるって言ったよね」


 芙美が呟き、ナイフを手に持つ姿を見た。血が乾き、凍えた感触が彼女の手を震わせているのが分かる。


「君が幸せならいいって言ったけど、私には無理だよ」


 ナイフを胸に近づける彼女を、私は見つめた。


「人間に戻れたよ。君のおかげで。でも、君を殺した私がただの人間でいられるの?」


 彼女が呟き、ブレザーを切る。冷たい刃先が肌に触れる。


「君と一緒にいたかったのに、私が壊した」

「ごめんね」


 彼女が呟き、ナイフを握りしめて雪に膝を沈めた。赤が雪に染まり、白い地面に鮮やかな筋を引く。彼女の目が閉じ、力が抜け、体が雪に沈む。


「芙美……!」


 叫びそうになったが、声は出なかった。私は目を背け、雪が彼女を覆う姿を見つめた。満月の光が薄れ、静寂が全てを包む。私は動けず、そこに立ち尽くした。キーホルダーを手に持ち、指で締める。


「彩花……ごめん」


 呟きが漏れ、雪の降る音が遠くに響く。心が空っぽだった。彩花を救えなかった。芙美も救えなかった。手を血に染めただけ。


 公園を後にする。雪がブーツを濡らし、街灯の光が遠くに揺れる。手袋の革が軋み、心が空っぽのまま家に帰った。部屋の隅に座り、暖房の微かな唸りが響く。窓の外で雪が降り続き、杭とナイフを机に置いた。携帯を開き、彩花の笑顔が私を刺した。


 芙美の泣き声が耳に残り、彼女を救えなかった自分が許せなかった。あの子は彩花に似ていたのに、私が彼女を壊してしまった。


 雪は止むことなく降り続く。窓の外が白く染まり、夜の闇が薄れ始める。私は夜が深まるほど考え込み、キーホルダーを手に持つ。指を絡めて締め、掌に赤い跡が残る。革の軋みが静寂に響き、朝が近づく前に彩花の冷たい血を思い出した。あの夏、彼女を救えず、芙美も救えなかった。何も変わらない。

 机の上のナイフを見つめる。銀の刃が凍えた光を放ち、手を誘う。


「彩花、もういいよね」


 呟き、ナイフを手に持つ。刃先が胸に触れ、凍えた感触が心を刺す。復讐は終わったが、何も成し遂げていない。彩花は戻らず、芙美は死に、手は血に染まる。


「私がもっと強ければ……」


 涙が溢れ、彩花の笑顔と芙美の泣き声が頭に響く。私を責め、ナイフを握る手が震えた。刃が胸を切り裂き、血がブレザーに滲む。熱い痛みが体を貫いた。


「ごめん、彩花……ごめん、芙美……」


 呟き、力が抜ける。雪の降る音が遠くに響き、視界が暗くなった。彩花の笑顔が薄れ、雪の音だけが残る。


 床に倒れ、キーホルダーが手から落ちる。星型が血に染まり、彩花の笑顔が薄れていった。何も成し遂げられず、復讐のために生きて、何も守れなかった。吸血鬼を憎み、最後は自分を憎む。冷たい床に血が広がり、心が静かに止まった。


 誰も私の死を知らない。雪が積もり、部屋は静寂に包まれる。満月の夜が終わり、復讐も憎しみも全てが虚無に溶けた。彩花を救えず、芙美を救えず、私自身すら救えなかった。全員が救われないまま、夜は終わる。

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