中編:裁きは我にあり
12月13日。放課後の図書室で芙美を見つけた。窓から薄暗い光が差し込み、埃の匂いが漂う中、彼女はノートに何か書きかけていた。私は近づき、
「吸血鬼の痕跡を見逃すな」
低く告げ、手袋を外す。冷たい目で芙美を射抜き、薄曇りの静寂が重く響いた。
「夜に強い、血に反応する。それが証拠だ」
声が図書室を切り裂き、彼女の瞳が揺れる。
「どうやって分かるの?」
芙美が尋ね、
「血の匂いに近づくと目が赤くなる。動きが速くなる。満月の夜に強さがピークになる。私の失敗を繰り返すな」
淡々と教える。薄曇りの光が私の目を細めさせた。
「校庭に出な」
彼女を連れ出し、薄曇りの空の下に立つ。冷たい風が吹き抜け、鞄から銀のナイフを取り出す。
「これを持っとけ。銀は吸血鬼の弱点だ。覚悟を決めな」
布に包み、渡す。刃が鈍く光り、彼女が震える声で呟いた。
「こんなの使えないよ」
「試してみな」
鋭く言い、近くの木の枝にナイフを当てる。芙美の手が震え、スッと切れる音が響く。
「これで刺せば終わる。満月まであと11日だ」
星型のキーホルダーが揺れ、私は目を逸らす。
「覚悟がないなら死ぬよ」
言い残し、校庭を去る。
帰り道、商店街を抜ける。冷たい風が軒先の飾りを揺らし、遠くの灯りが薄曇りに滲んだ。私はキーホルダーを手に持ち、指でそっと締める。芙美の怯えた顔が彩花と重なり、心が軋んだ。でも、私には復讐しかない。あいつを殺すまで、心が休まることはない、そう思いながら商店街の喧騒が遠ざかる。冷たい風が背を押し、芙美の震える手がどこかで私の心を揺らし続けていた。
12月18日。教室の空気が静かだった。夕闇が窓に落ち、薄暗い光が机に滲む。芙美が窓際の席に座り、首筋を押さえて疼きに耐えている。あの日、私が助けた子が今も吸血鬼に怯えていた。小笠原廉也が近づく。
「芙美、帰る?」
笑顔に微かな違和感が混じる。あいつの動き、血への反応――吸血鬼だ。
夜、公園の木々の陰に隠れ、二人が会うのを見る。小雨が地面を濡らし、冷たい風が私の髪を乱した。
「ねえ、廉也」
芙美が呼びかけ、彼が振り返る。
「来てくれてありがとう。話したいことがあるんだ」
息を呑み、彼女が一瞬目を伏せる。
「それって……あの日のこと?」
かすれた声で尋ね、髪が風に乱れる。廉也は前髪を払い、穏やかな顔立ちが悲しみに歪んだ。
「聞いてくれるなら、全部話すよ」
芙美が頷き、彼が深呼吸して話し始める。
「君を噛んだのは俺だ。あの夜、図書室から出て……耐えられなかった」
声が震え、前髪が目を隠す。芙美の手が震え、首筋の傷を押さえた。
「2年前の夏、事故で倒れた夜、噛まれた」
廉也が話し、
「目覚めたら血が流れ、太陽が眩しくてたまらなくなった」
すがる目で廉也を見つめる。
「人間として死にたい。永遠なんて重いよ」
呟きが震え、目を伏せた。
「ごめん。でも、君を愛してるから殺せない」
彼の声が小さくなり、芙美の手が震える。
「私も……」
二人が泣きながら抱き合う。私は木々の陰で杭を握り、心が軋む。あいつは彩花を殺したやつじゃない。でも、吸血鬼は吸血鬼だ。許せなかった。彩花の冷たい血が目を曇らせ、静かにその場を離れる。冷たい風が背を押し、芙美の涙が私の復讐の刃をどこかで鈍らせていた。
12月20日。校庭で芙美と会った。夕陽が淡く校舎を染め、乾いた風が木々を震わせる。
「あいつと話したんだろ?」
芙美が小さく頷く。私は低く問い、
「行くよ」
短く告げ、商店街へ向かう。芙美が黙ってついてきて、乾いた地面を踏む音が背後に響いた。路地裏に差し掛かり、立ち止まる。黒い手袋をはめ、冷たい目で彼女を射抜く。
「あいつが吸血鬼だ。満月の夜に始末する」
声が震え、キーホルダーを強く握りしめる。
「吸血鬼は許さない。誰であっても。彩花は殺されたんだ。――私が強ければ」
涙が溢れ、唇が震える。夕陽が薄れ、芙美が呟いた。
「のぞみ……」
「復讐しかない。でも、お前を見てると……」
葛藤が声に滲み、彼女の鞄から銀のナイフを取り出す。私はそれ手に握らせ、
「4日後だ。お前も覚悟しろ」
言い放ち、背を向ける。キーホルダーを握り潰すように締めた。心が重く、芙美を巻き込むのは嫌だった。でも、吸血鬼を殺すためなら仕方ない。彩花の笑顔が頭に浮かび、私を責める。商店街の灯りが遠くに揺れ、冷たい風が髪を乱した。立ち止まり、空を見上げる。満月が近づくたび、心が硬くなる。芙美の涙が私の復讐を揺らし続けていた。