第9話 冒険者、傭兵、返り討ち?
「うめぇ! やっぱり人から奪った金で食べる肉はうめえなあフェルン!」
「ヤマギシさんって、純粋な目と声で怖いことを言いますよね」
ベルディに入国して、とにかく腹が減っていたのですぐ食堂へ向かった。
ちなみに通行許可証に血が付いていたらしく、兵士にかなり眉を顰められた。
『おい、なんだこれは?』
『ええと……その……』
うーん、最悪斬るか? と思っていたら、フェルンが「お兄ちゃん、早く中に入ってゆっくりしようよお~」と言ってくれた。
頭のいいフェルンだ。
「さっきのフェルン、良かったな」
「え? 良かったって? もしかしてそれ……かわいい……とかですか?」
「なんか猫みたいだった」
「……それって褒めてます?」
「褒めてるよ」
「はい」
「はい」
嬉しいのか嬉しくないのかよくわからない表情でこっちを見ている。
こういうところも含めて猫っぽい。
ベルディ国は、トラバよりも随分と栄えているみたいだ。
干ばつで大変だとは聞いていたけれど、井戸とかも多くあったし、自給自足も進んでいるのだろうか。
前線で相手した時は魔法使いも多かったし、どんな人がいるのか楽しみだな。
そういやアルネってやつは……どこにいるんだろ。
そのとき、ふとフェルンの服を見た。牢屋を脱出、森を抜けてきたのでボロボロだ。
俺も似たようなもんだが、女性はこれじゃあ良くないよな。
「これ終わったら先に服買いに行こうぜ」
「は、はい! 私は待ってますね」
「ん? いや、フェルンもいるだろ?」
「え、で、でも私お金なんて……」
「さっき倒した奴らの金、まだ余ってるから大丈夫!」
ピースすると、フェルンは気まずそうだった。
なんでだろ。
「こちら、追加の骨付き肉ですー」
「うひょー、美味そう!」
「……凄い、豪華だ」
いいタイミングで? お姉さんが肉の追加を持ってきてくれた。
ここの食堂は街で一番大盛の店らしい。
そのままかぶりつく。美味しい美味しいと思いながらふと前を見ると、フェルンも手づかみで頬張っている。
なんか面白い。
「あんまり見ないでください。恥ずかしいです」
「ごめんごめん」
「……でも、本当に美味しいです。こんなご馳走、凄く久しぶりですから」
白い頬が汚れていたので拭いてあげると、ありがとうと微笑んだ。
俺は前線でずっと一人だった。誰かと話すこともできなかった。
でもやっぱ、話せるのって楽しいな。
「ヤマギシさん、改めて聞きますけど私と一緒に冒険者がしたいって、本当なんですか?」
「うん。なんで?」
「だって私はヤマギシさんと違って強くないですから」
「気にしないでいいよ。そもそも、俺も強くないから」
「それ、本気で言ってます?」
「ん? 何が?」
「強くないなんて、謙遜にもほどがありますよ」
「そうかな」
「本当に自分の事はわかってないんですね。でも、そういうところはかっこいいですけど」
なぜかクスリと笑う。変なこと言ったか?
そのとき、フェルンの後ろの男たちがヒソヒソ話している声が聞こえてきた。
俺は耳がいい。集中してなくても入ってくるから、ちょっと面倒だが。
この街の兵士だろうか。服がパリッとして襟が付いている。
「なあ、聞いたか? 狂乱のバーサーカーが姿を消したらしいぞ」
「……おいおい、何の冗談だよ。それにその名を出すな。身体の震えが止まらなくなるんだよ」
「待て待て。姿を消したってどういうことだよ? 狂乱、あの場所から一歩も動かなかったじゃねえか」
狂乱のバーサーカー? なんかすげえあだ名の奴がいるんだな。
どっちも怖そうだ。
「詳しくはまだ聞かされてない。けど、初めて攻撃が成功したらしい」
「すげえ……でもよ、姿を消したっていってもまた出てきたらどうすんだよ。忘れたのか? うちの精鋭部隊が一夜にして全員ハゲになって帰ってきたんだぞ」
「あれか……『寝る前の運動』とかいいながら片手で相手されたって聞いたな。っても、狂乱と対峙して殺されなかっただけ運がいいだろ。ハゲは……最悪だけどよ」
寝る前の運動か、俺もよく前線でしてたな。昼間は泥だらけになるから、夜は誰かと戦って動かないとこびりつくんだよな。
俺と同じことを考えてるやつがいるとは面白いな。
「とりあえずまだ情報は未確定だ。罠の可能性も考えて、ここからは軍も慎重にいくらしい。ただ、狂乱のバーサーカー対策で冒険者からも傭兵を募集するらしいぞ」
「ハッ、どんな腕利きがこようが、狂乱に勝てるわけねえだろ。つうか、足止めにすらなんねえよ」
「それでもいるといないとでは大違いだ。俺は賛成だね」
へえ、いいこと聞いたな。傭兵は戦うのが仕事ってことだよな。
冒険者で気ままに働いて、たまに傭兵ってのも楽しそうだ。
後、狂乱のバーサーカーってやつと戦ってみたい!
その後も食事を楽しみ、大満足でお会計をした。
思っていたよりも安くて嬉しかった。
「このお金、なんか血ついてますけど……」
「気にしないで、俺のじゃないから――え、なんで腕掴むんだフェルン」
「な、何でもないです! すみません、気にしないでお会計お願いします!」
フェルンに腕を引っ張られ、ダメですよと怒られた。
会話って難しいな。
それから、店員に冒険者ギルドはどこにあるのかを尋ねた。
「ああ、試験ですか?」
「試験?」
「あれ、知らないんですか? 今日は半年に一度の冒険者入隊試験ですよ。以前はなかったんですけど、戦争が起きてから、色々厳しくなったので」
へえ、そんなのがあるんだ。試験は苦手だけど、フェルンがいたら何とかなるかな。
「でも、やめといたほうがいいですよ」
「やめとく?」
「……ここだけの話ですが、今日の試験は一度も合格者を出した事のない人が担当するって噂です。凄く怪力で、かなりのサディストって話です」
それを聞いて、俺はフェルンに声をかけた。
「聞いたかフェルン、楽しみだな!」
「いいえ」
◇
「そんな事ありえるわけないだろうが! たった一人の二等兵が前線を守っていただと? ふざけるのもたいがいにしろ!」
トラバ国、現国王、バルドラが王座に座ったまま叫んだ。
ぶくぶくと太った腹、短い黒髪、怒り狂っている。
その言葉を受けたのは、軍を総括しているベドウィン団長だ。
片膝を付きながら苦々しい顔をしていた。
それもそのはず、ヤマギシが消えた途端、ずっと平和だったはずの北側から攻撃を受けたのだ。
前線は一度崩壊。今は落ち着いているものの、なぜこうなったのかと叱咤されている。
「……お、おっしゃる通りでございます。ただまずは報告書通りのご説明をと――」
「そんな虚偽の報告どうでもいい! 先に現状の報告をしろ」
「……ヤマギシの代わりに前線へ送ったゲルマン中尉が行方不明になりました。また被害は……前線が崩壊した事により、一度の攻撃で三百人が犠牲に……今現在、兵士を招集し前線に配置しているところです」
「こんのぉっ無能どもが! 何のために存在しているんだお前らは!!!」
「か、返す言葉もございません」
ネチネチと激怒したあと、さらに国王は報告書に目を通す。
明らかに眉をひそめて、舌打ちをする。
さらにバルドラは立ち上がると、飲んでいたワインを投げつけた。
地団太を踏み、そのまま息を切らしながら息を整える。
「わかったぞ」
「……は?」
「そのヤマギシという奴が一人で前線を守っていたなどありえるわけがない。つまり――ベルディ国の密偵だったはずだ」
「な、なるほど……つまりヤマギシは私たちの情報を売っていた、ということでしょうか」
「当たり前だろうが! それくらいわからんのか!」
さらに国王は激怒し、その場で当たり散らかした。
「も、申し訳ございません!」
「一度捕まえたはずのヤマギシはどこに逃げたんだ?」
「そ、それが……おそらく位置関係的にはベルディだと……」
「ガハハ! やはりそうではないか! いいか、私の前にヤマギシを連れてこい」
「それはやはり制裁を――」
「バカが! そんなもったいないことをするか!」
国王の激怒に対し、ベドウィンはただただ下を向いて耐える。
「ヤマギシは少なくともベルディに信用されていたのだろう。その理由はきっと金だ」
「金……でしょうか?」
「二度も言わすな! おそらく、ゲルマン中尉はそれを知ってヤマギシを問い詰めたのだろう。そして、殺られたのだ。それはもういい。だがヤマギシには利用価値がある。奴を見つけて、金を払うといえ」
「……それでヤマギシは戻るでしょうか?」
「当たり前だ。金で転ばないやつはいない。その場で前金を払え。そしてベルディのすべてを吐かせ――殺せ。我が国に裏切者は必要ない」
「……なるほど、そういうことですね」
ベドウィンは喜びながら立ち上がる。
「部隊を招集し、ベルディに潜入してきます。必ずや、ヤマギシを国王陛下の御前に!」
「それとハーフエルフもヤマギシと逃げたらしいな」
「は、はい……そいつも、一緒に連れて――」
「ハーフエルフは殺せ。あいつらは忌み嫌われた種族だ。処刑して見世物にするつもりだったが、もういい」
「畏まりました。必ずや、この手で!」