第7話 俺はいい人じゃないよ?
地図を眺めるフリをして、フェルンに隠れているやつらのことを伝えた。
少しだけ怯えた表情を浮かべたが、すぐに気持ちを切り替えたのか表情が元に戻った。気づかれないようにだろう。
頭もいいんだな。
「私は、どうしたらいいですか」
「十五人ぐらいだし、この距離から気づかれてるようじゃ大した連中じゃないよ。それより、俺はフェルンが心配だな」
「……そうですよね。すみません。足手まといにならないようにします」
「いや、そうじゃない。だって、いい人が好きなんだろ?」
「……え?」
理由を説明しようとしたら、隠れているやつらがなぜか姿を現した。
なんだ。不意打ちしようとしてきたんじゃないのか?
よくわからない連中だな。
人数は十人、五人は隠れているらしい。
それぞれ武器を持っている。剣、斧、弓、よくわからない武器。
いい感じの武器は……なさそうだ。残念。
「ヒャッハー! てめぇらの命はここでおしまいだァ!」
「金目の物は全部置いていけぇ! そして裸になれぇ! さらにいえば死ねぇ!」
「ぐふふ、いたぶる、いたぶってやるぜえ」
見た感じ魔法を使えるやつはいないらしい。
頭がとんがっているやつもいる。ニワトリみたいだな。
「なあ、通行許可証って持ってるか?」
俺の言葉にニワトリ連中が驚く。それから仲間同士で顔を見合わせ、ギャッハハと騒ぎ始めた。
「なんだなんだお前、何が言いたいんだ?」
「お前じゃない。俺はヤマギシだ」
「ギャッハハ。――ヤ・マ・ギ・シ。いい名前じゃねえか!」
「ありがとう。あんまりほめられることないんだよな」
なんだ。意外といいやつらなのか?
「で、持ってるのか?」
「おうおう。あるぜあるぜ。なんだ、欲しいのか? ヤマギシィ」
「欲しい。あ、フェルンはどうするんだ? お兄ちゃん探しに行くんだろ?」
フェルンに声を掛けるも困惑していた。どうしたんだろうか。
「フェルン、いるのか?」
「え、あ、は、はい」
「ということで二つあれば嬉しい。持ってるか?」
するとまた笑い始める。
なんか気のいいやつらだなあ。ゲルマン中尉はずっと怒ってたし、こいつらは楽し気でいいな。
冒険者もこんな感じで毎日が楽しいのかな。
「おもしれぇ。よし、ヤマギシ勝負しようぜ。俺に勝てば、お前に入国許可証をくれてやるぜ」
「ほんとか? いいのか?」
「ああ、その代・わ・り・」
「代わり?」
「この勝負に降参はねえ。どちらかが死ぬまでだ。――どうだぁ、ヤ・マ・ギ・シ」
すげえ楽しそうに斧を構え、その先端をペロっと舐める。
きたねえな……。でも――。
「わかりやすくていいな。頭を使うのは苦手なんだ。丁寧に教えてくれてありがとう」
手入れはあまりされていないみたいで、血が付いている。
切れ味悪そうだなあ。
するとフェルンが慌てて声を上げる。
「ヤマギシさん、逃げましょう!?」
「え? なんで? 勝てば入国許可証もらえるんだよ?」
「で、でも、私はいいです!」
「俺は欲しいんだよなあ」
「ぐぇっへへ。悪いな嬢ちゃん。こいつはやる気満々だ。さあて、なんだお前武器はねえのか?」
「あー、どうしよ。まあいいや素手で」
「そうか。潔いな。お前の潔さに免じて、苦しまないで殺ってやろうか」
「いいよ。じゃあ俺もそうしてあげるよ」
「ぐっふふ。お前、おもしれえなあ」
前線で戦っていた敵は有無も言わさず攻撃を仕掛けてきたけど、人と会話できるっていいな! 意思疎通が取れるのはいい!
するとフェルンがなぜか叫んだ。
「ヤマギシさん! 私も、戦います!」
「え? なんで? だめだって。これタイマンだから」
「……守られてばかりは嫌です。私を受け入れてくれたあなたを……あなたと共に、戦いたいんです」
周囲に冷気が漂っていく。魔法のエフェクトを感じて、陽気な集団の笑顔が消えていった。
「よ、よくみろそいつエルフだぞ!」
「――いや、よく見ろ。片方が人間の耳だ。出来損ない、ハーフエルフだ。中途半端のまがいもんだよ。たいした魔法は打てねえさ」
「何だよ……ビビらせんなよ。ガキ」
フェルンの言う通り、ハーフエルフは迫害されているらしい。
中途半端? フェルンはいいやつなのに。
なんかちょっと、ムカつくな。
「フェルン、すぐ終わるからちゃんと待ってて。で、試合開始は?」
「そうだな。お前の――頭蓋骨が割れたらにするかぁっ!」
言葉尻を強めながら、男が斧を振りかぶってきた。
なるほど、わかりやすい開始の合図だ。
しっかしデカイなあ。何喰ったらこんなデカくなるんだろう。
冒険者は身体が資本だっていうし、俺も金入ったらいっぱい食べよう。
――グギャッ。
「――ひ、ひゃぁっ、こ、こいつ、な、なにしやがったあぁっああ!?」
鈍い音と血の水滴音が、その場に響いた。
俺の右拳は、あんぐりと開けた男の口から入ると喉を通り越して頭を勝ち割った。
返り血がぴゅーと吹き出し、周りの陽気な連中に血の雨が降り注ぐ。
「よし、一勝。次で入国許可証ゲットだ! フェルン!」
大喜びでフェルンを見るも、唖然としている。
さっきまで騒いでいた連中も静かだ。
え? 俺なんかルール違反した?
「ってめっめええええええ! よくもガストンを! こいつをやっちまえ!」
「殺せ、カスがああ!」
「んのゃろおぉっ!!」
「ちょ、おい!? タイマンじゃないの!?」
訳がわからねえ。まったく、なんだよ。
まァ、いいか。
皆殺しのほうが、簡単だもんなァ。
「もーらいっ」
「ひゃっあ――がぁっ……」
敵から剣を奪って切りつけ、首を落とした。
いいなァ。やっぱ血って綺麗だなァ。
「なあ知ってるかお前ら? 心臓を刺せば三秒で死ぬんだぜ。ひーふーみー、ほら、死んだだろ?」
二人目。
「こんのお、いかれヤロウがぁあっああ!」
三人目は喉を切り裂いた。呼吸ができなくなり、地面に膝をつく。
こいつは死ぬまで長引くだろうなァ。
三人目、四人目。
血脂のせいで切れ味が悪くなった。ポイッと投げ捨てる。
「はぁはぁ……なんだってんだおめえはよおお!」
斧かァ。あんま好きじゃないな。
そのとき、手元に冷気を感じた。
「ヤマギシさん!」
生成されたのは、透明でカッコイイ青い剣だ。
「ハッ、ありがとよ、フェルン」
それからは楽しい時間だった。
透明な青い剣が、血を吸って赤くなってく。
これ、おもしろいな。
その後、隠れていた五人が現れた。一人は逃げたので、背中から心臓を突き刺した。
いっぱい殺して、その後、深呼吸する。
はあ……血の匂いって、やっぱいいなァ。
このままトラバに戻ろうかなァ。全員、殺してみたいな。
すると後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「どうした、フェルン。――あ……すまん。もしかして興奮しちまってたか。昔から戦ってると我を忘れるんだ。怖かったか?」
彼女は震えていた。でも、首を横に振る。
「……怖くありません。ヤマギシさんは私の命の恩人ですから」
「そっか。でも無理すんなよ。悪いな、いい人じゃなくて――」
振り返り、ぐいっと背伸びして右手の裾で俺の頬をぬぐった。
血をふき取ってくれたみたいだ。でも、汚れるぞ。
「ヤマギシさんはいい人です。そんなこと言わないでください」
いい人、か。
よく考えると、嬉しい響きだな。
「ありがと。じゃあ、戦利品奪っていこうぜ。ついでに金と、武器は……いいや。フェルンのがかっこいいし」
「私も手伝います」
「無理すんなよ」
「大丈夫……です」
「そっか。国についたら先に服買おうぜ。お互いボロボロだしな」
「はい」
フェルンは震えながら死体に手を触れて、ポケットを漁る。
これが普通の感性なんだろうな。
「いいよ。俺がやるから、周りに誰か来ないかみてて」
「いや、私も――」
「いいから。そのままがいいよ。フェルンは」
「そのままって……?」
「いい人のまま、いてくれ」
人を殺すと言葉では表せない何かが減る。
しかし殺し続けるとやがて増えていく。
達成感だ。
殺せば殺すほど楽しくなり、嬉しくなる。
でもフェルンはまだ俺とは違う。
このままでいてほしいな。
おっ、入国許可証ゲットだぜ。




