第5話 一つ、二つ、三つ
「すげえ……天然のフカフカベッドだ……」
「ただ木の葉を集めただけですが」
国を脱出し、森を突っ切った後、適当な寝床で寝ようと思っていた。
でも、フェルンが魔法で木の葉を集めてくれた。
魔力で繋いでいるので、ちょっとやそっとでは壊れないらしい。
「ありがとう! フェルンは凄い魔法使いだな」
魔法ってやっぱりすごい。
前線で敵と戦っていたときは攻撃魔法しか見ていなかったけど、こういうのもできるんだな。
だけどフェルンはなぜか俯いていた。
「どうした?」
「……私は、何も凄くないです。というか、それより……私のこと大丈夫なんですか?」
「大丈夫?」
逃げている間もずっと申し訳なさそうにしていた。なぜだろうか。
「……気持ち悪くないですか……この耳」
「ん? ぴょこぴょこししてて可愛いぞ」
「……え、え、え」
「え?」
「で、でも、普通はその……みんな嫌がるんです。ハーフエルフを……」
そういえば聞いたことがあるな。
人間にもなれず、エルフにもなれず、中途半端な種族で嫌っている人がいると。
……なぜだ?
「ふうん。触っていい?」
「え? ど、どこをですか」
「耳」
「……は、はい」
俺は、耳に触れた。何も変わらない、俺と同じだ。
むしろ冷たくて気持ちがいい。
すると段々、フェルンの頬が赤くなっていく。
なぜか息も荒くなっていく。
「どうした?」
「い、いえなにも!? ちょっとその気持ちがよくて……」
「ごめんごめん。ほらやっぱ何も変わらないぞ。それよりまた必要になったら剣、作ってくれよ」
氷の剣は魔力の欠片となり散っていった。
巨剣ほどではないが使いやすいし、刃こぼれもしない。
何より恰好良かった。
巨剣はもう少し落ち着いたら取りに帰るか。
「……もちろんです。本当にありがとうございます。助けてくださって」
「お互い様だよ。さて、今日はもう寝るか」
「は、はい」
するとフェルンはなぜか木の葉のベッドの端っこで眠っていた。
「こっち来たらどうだ? そこより、真ん中のがフカフカするぞ」
「……はい」
そういえばフェルンはどんな罪を擦り付けられていたのだろうか。
ま、明日聞けばいいか。
とりあえず冒険者になって金を稼いで、美味しいものでも食べたいな。
……あ。
『……ねえ、うちの部隊に入らない? 金は言い値で払う。最高の家も、環境も用意する。……欲しければ嫁も』
虐殺部隊の国って、確かこの先だったよな?
元々敵国だけど……ま、いっか。
するとフェルンが、ぎゅっと抱き着いてきた。
いい匂いがして、顔が近くて、肌が白い。
すぅすぅと寝息が聞こえる。
寝るの早いな。
「……おにい……ちゃん」
でも俺はヤマギシだぞ。
◇
「クソ、クソ、クソクソ、クソ、クソクソ、クソクソ!!! ヤ・マ・ギ・シ・めえええええええええええええええええ。なぜ、なぜなぜ、なぜ、私がこんな単純な監視任務につかなければならないんだ、クソっ……」
右腕のないゲルマンは、テントの中にいた。
残った左腕で食料の入った箱を力の限り叩く。
ヤマギシが逃亡してから数日が経過していた。
「あいつのせいだ。あいつめ……クソ、クソクソクソ。私の計画は完璧だった。あの流れ者にすべての罪を擦り付け、処刑をすれば全てうまくいったというのに……さらには少佐となり、すべては……クソがクソがあああああ!」
ゲルマンは力の限り叫んだ。だがそのとき、外で物音がする。
「……風か。それよりあのヤマギシめ。あれだけほざいていたが、やはり報告書は虚偽ではないか。敵部隊? 魔物? そんなの一匹もいないぞ」
しかし次の瞬間、ゲルマンは首に冷たいものを感じる。
「なんだ? ひっ、な、ななん――」
「振り返ると殺す。妙な真似をしても殺す。動くと殺す。許可なく喋ると殺す。悲鳴を上げたらもちろん殺す。わかったら静かに頷け」
震えながらこくんと頷く。わずかに視界に映るのは、切っ先の鋭い、黒いナイフだった。何よりも驚いたのは、声色が、女性だったことだ。
続けて、新しい声がする。
「アルネせんぱーぃ。やっぱこいつしかいませんよー。せっかく準備万端にしてきたのにー」
「……お前、ヤマギシを知っているか?」
コクコクと頷くゲルマン。首から血を流し、下からは汚い水が流れていた。
「ちっ、」
苦虫をつぶしたかのようにさっと離れる。ゲルマンは怯えながらテントの隅に逃げる。
振り返ると、黒装束が二人、立っていた。
「な、な、な、な、なんだお前らは!?」
「ヤマギシはどこにいる?」
ゲルマンは凄まじい殺気を感じ取り、足をぶるぶるふるわせながら唇を震えさせる。
「ビビりすぎですね、こいつ」
「……黙ってろ。いいか、次に答えがなければ殺す」
「や、ヤマギシはいない!? あ、あいつはもういない!?」
「いない? どこにいる?」
「で、出ていった。あ、あいつはもう、軍にはいない! だから、命だけは助けてくれえええ」
アルネと呼ばれた女性は考えた。
ヤマギシがいない?
……どこへ。
するとゲルマンは、隠し持っていたナイフでテントを突き破り外に出た。
近くには部下がいるはず。
力の限り叫んだ。
「て、敵だあああああああああああああああ」
だが誰も出てこない。この監視業務にはゲルマンの部下を含め30人がいるはず。
なのに、ただの一人の声も返ってこない。
ゲルマンはその場で倒れこんでしまう。
後ろから足音がして、脳裏に自らの言葉を思い返した。
――虐殺部隊
アルネは、後ろからゲルマンにふたたび声を掛けた。
ヤマギシについて、すべてを話せと伝える。
そしてゲルマンは、すべてを告白した。
前線を一人で守っていて虚偽の報告をしていたこと、そんなヤマギシに目をつけ、罪を擦り付けようとしたこと、逃げられたことも。
「す、すべて話した! た、助けてくれ!」
「せんぱぁーい、面白いですねえこいつ」
「……ゲルマンといったな」
「は、はい!」
「一つ、ヤマギシは虚偽の報告なんてしていない。私たちは奴に完全敗北した。殺すことはおろか、怪我をさせることも、触れることもできなかった。二つ、このあたりには魔物がうようよしていたが、最近は現れない。それはなぜか? ヤマギシがここにいたからだ。三つ、あいつが我が国で何て呼ばれていたか知っているか?」
ゲルマンは首をぶるぶると振った。直後、なくなった右腕がなぜか痛みはじめる。
「狂乱のバーサーカーだ。あいつは、我が国の最高峰の武力をもってしてもかなわず、暗殺もすべてたった一人で防いでいたからな」
「そ、そんなば、ば、ばかな……」
「せんぱぁーい、もうこいつ殺しましょうよー。臭いし、不細工だし、いいですか?」
「ああ、といいたいところだが、魔物も気づいたらしい。ヤマギシがいないことに」
「わ、ほんとだー」
するとゲルマンは、背後から不快なにゅちゃぁつという音を聞いた。
振り返った瞬間、絶句する。
軍には守るべき規律がいくつもある。
その中で特に新人兵士が口酸っぱく教えられること。
それは、虐殺蜘蛛と出会ったら、全力で逃げろ。
決して戦おうとするな。なぜなら、一秒で死ぬ――と。
「行くぞ。ヤマギシがいないならこの先は楽勝だろう」
「はあーい。でも先輩、ヤマギシがいなくて悲しいんじゃないんですかあ? ずっと、ヤマギシ、ヤマギシって言ってたじゃないですかあ」
「……うるさい」
「ま、まって、助け、たすけ――ひぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
【大事なお願いです】
「面白い」
「ヤマギシ恰好いい!」
「この話の続きが気になる!」
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