第31話 実は断末魔をメモしてるんだよね
「ヤマギシって、正しくは俺の名前じゃないんだよね。じっちゃんの名前なんだ。あれ……言わなかったっけ?」
聞いてませんよ、と少し頬を膨らますフェルン。
頬をツンっとしようとしたら、続きを話してくださいと怒られた。
「じゃあ、最初から話すか。俺はね、魔王の息子なんだ」
フェルンは目を見開いていた。ぱちぱちと何度も。
ん、どうしたんだ?
「おーい、聞こえてる?」
「き、聞こえてますよ!? ど、どういうことですか!? 魔王の息子!?」
「正しくはらしい、なんだけどね。一度も会った事ないから本当か嘘かわかんないけど」
「え、ええと!? 理解がちょっと追いつかないというか……」
「物心つく頃、三歳か五歳ぐらいかな。俺にはお世話係がいたんだ。魔族じゃなくて、人間の女の人。優しい人だったよ。ご飯の食べ方とか、俺の境遇を教えてくれた。俺が、魔王と人間の女性の元に生まれたハーフ魔族だってことも。住んでた場所は小さい小屋みたいな感じだったな。そこが俺の最初の記憶」
「その女性の方とずっと二人で暮らしていたってことですか?」
「いや、定期的に魔王の部下ってやつが様子を見に来るんだ。うまく育てられてるのか、俺の魔力がどのくらいだとか。んで、八歳ぐらいだったかな。人間との戦争があるから、お前も参加しろって言われて連れて行かれた」
「……ヤマギシさんは、どうしたんですか?」
「もちろん戦ったよ。いっぱい人間も殺した。人間は悪で、俺たちの敵だって言われてたからね。それが何度もあった。でも、帰るたびにお世話係の人はいつも泣いてたな。そんときはよくわからなかったけど、今はわかるよ。俺が人間を殺すのが嫌だったんだろうね」
フェルンは驚きながらも悲し気だった。俺も口にしてわかった。
お世話係の人の涙は、あんまり嬉しくなかった。
だからこの記憶を無意識に避けていたのかも。
「それから多分、フェルンも知ってると思うけど魔王は消えた。どこに行ったのかは俺も知らない。そのタイミングで、俺はお世話係の人と小屋から離れたんだ。いや、逃げたって感じか。一応、監視されてたからね」
「その人は……どうなったんですか?」
フェルンの疑問に、俺は過去の記憶を思い出す。
少しだけ、心が揺れた。
「殺された。魔族が追ってきて、俺を引き戻そうとしたところを守ってくれたんだよね。俺も仕返しに魔族を殺した。それからは一人で生きてたんだけど、途中でじっちゃんと出会ったんだよね」
「そのお方が、ヤマギシさんだった、ということですか?」
「そ。面白い人だったよ。もちろん人間ね。んで、厳しかった。人から物は奪わない、傷つけない、殺さないって、口酸っぱく言われたな」
「……とても良いお人だったんですね」
「そうだね。相棒も好きだったもんな」
「iaakdofkwgw////」
巨剣が喜びでぴょんぴょん。
フェルンが尋ねてくる。
「巨剣さんとは、いつから一緒にいるんですか?」
「生まれたときからだよ。魔族はみんな、一つだけ武器を持って生まれるんだ。俺は純粋な魔じゃないけど、例外じゃなかったみたい。巨剣も最初は小さかったけど、今はこんな立派に」
「gah8whigwagw////」
「お、おい刃で頬が切れるだろ」
そうだったんですね、とフェルンが頷き、また顔を上げた。
「ヤマギシさんはどうしてトラバにいたんでしょうか。そのおじいさまが住んでらっしゃるのですか?」
「いや、じっちゃんは殺された。出会ったのは随分と前だし、遠いとこだよ」
「……もしかして魔族に、でしょうか?」
「いや、人間だよ。若い奴らだったな。金欲しさに殺したらしい。それからよくわからなくなった。魔族も人間も、どっちも悪いし、何も変わんねえって。それから転々として、トラバ軍の募集を見つけて入った」
「……じゃあそれからずっと一人だったんですね」
フェルンは悲しそうだった。昔はよくわからなかったけど、今はわかる。
俺の境遇を理解してくれたんだろう。
「そんな悲しい顔しないで。俺はずっと楽しく生きてるよ。フェルンと出会えてから、何が良くて悪いのかもわかってきたしな」
にへへっと笑うと、フェルンが少しだけ微笑んでくれた。
それから、私の話をしていいですか? と言った。
「私の父と母は、奴隷商人に殺されました。若い兄は連れて行かれ、私はなんとか逃げることができましたが、ずっと一人で生きてきました。安息の地を求めて移動していましたが、どこもハーフエルフは迫害され、その途中でトラバ軍に連れ去られたんです。そして、ヤマギシさんに助けられました」
「そうだったんだ。お兄ちゃん、生きてるのかな?」
「難しいと思います。奴隷商人は、残虐非道な人たちで有名でしたから。それにもう、随分前の話ですよ」
俺は、ゆっくりとフェルンに近づき、頬に流れた涙を拭いた。
「泣かないで」
「……はい。ヤマギシさんは離れないでくださいね」
「おう。フェルンは一緒にいてくれなきゃ困るよ。俺、悪いことしそうだもん」
「ふふ、それは全力で止めてあげます」
「hifjaofwfwa////」
それからフェルンは首を傾げる。
「となると、ヤマギシさんの本当の名前はなんていうのですか?」
「お世話係の人には、あなたって呼ばれてたし、名前がそもそもなかったんだよなあ」
「そう、なのですか……お母様のことは、何も知らないのですか?」
「何もわかんないんだよね。訊ねたことはあるけど、お世話係の人も知らなかった。もう死んでるのかも」
「そうですか……」
「でも、フェルンのお兄ちゃんは生きてるといいな。あ、だったら一緒に探さない?」
「探すって、私の兄をですか?」
「そそ、もし生きてたら嬉しいじゃん?」
「……そうですね。じゃあ、ヤマギシさんのお母さんも探したいですね」
「生きてるのかなあ。うーん、でも手掛かりないし……そうだ。魔王とか魔族を探せば見つかるかもしれないな。――じゃあ俺は母親を探す。フェルンは兄貴を探す、どう?」
フェルンはちょっとだけ複雑そうだったが、それでもいつもの表情に戻る。
「そうですね。それいいですね。ただ……ヤマギシさんの手前申し訳ないですが、魔王が生きていたとしたら、大変なことになりますよ」
「そのときは母親のこと聞いてからぶっ殺すから大丈夫」
フェルンがふふっと笑う。
そのとき、コンコンコンと扉が叩かれた。
今いるのは、ベルディの騎士団庁舎の一室だ。
扉を開き、現れたのはアルネとコーハイだ。
でもなんか、アルネがムスッとする。
「……何でそんな近い」
「もしかしてお邪魔さんでした?」
フェルンが、慌てて離れる。
なんでだろ。
「え、いや、なんでも!? ねえ、ヤマギシさん!?」
「ちょっと頬に触れてただけだよ」
なぜかフェルンにおしりを少し叩かれ、アルネが項垂れる。
なんか悲しいことあったのかな?
それより――。
「二人ともかっこいい服だな。でもなんで名前が違うの?」
アルネたちはベルディ騎士の制服を着ていた。
白を基調としたパリッとした襟付きで、かっこいい。トラバよりいいな。
でも名札に違う名前が書いてある。
コーハイもだ。ちなみに偽名らしい。本名は教えてもらえなかった。
「これが正装だ。そもそも私たちは秘匿部隊。裏と表の顔を使い分けてるんだ」
「ヤマギシさん、もっとせんぱいを褒めてあげてくださいよー。今日ずっと髪の毛をいじってお洒落にしてたんですよー。あと服とかもスカートの丈もちょっと短くして――いたっ!? なんでお尻叩くんですかあ!?」
「お前は一言多いんだよ……。――ヤマギシ、そしてフェルン、ランド騎士団長がお呼びだ」
それから俺たちは、ランド騎士団長の部屋まで移動した。
入る前に少しだけ緊張してしまう。
焦がれる、焦がれない、みたいなことずっと叫ぶんだもんなあの人……。
部屋に入ると、エリーナ、ボーリー、メガネクンがいた。
ランド騎士団長は奥の椅子に座っていた。わざわざ立ち上がり、強面の表情を少し和ませる。
「昨日の今日で悪いな」
「大丈夫です。どうしたの?」
「――ヤマギシさん、言葉」
「どうしたんだい?」
はあと溜息をつかれてしまう。
間違えた。どうしたのですか、だった。
「まずは報告をしたくてな。トラバ軍は一時的に解体されることになった。それからトラバの第二皇子が国王に就任する。国民からの信頼も厚く、私も知っているが実にいい青年だ。これから虐殺蜘蛛のような出来事が起きることはないだろう」
「おお、良かったです」
「そうだな。しかし不穏な話もある。それは、この出来事の裏だ」
「裏、ですか?」
「おそらくだが、魔族が関与している」
すると、その場の空気が少し変わった。
「魔族、ですか」
フェルンが、ゆっくりと尋ねる。
少しだけ、魔力が高まったのを感じた。
「勘違いはしないでほしい。私たちは決してヤマギシ殿を責めるつもりはない。ただ事実を述べただけだ。もう少し詳しく調べなければならないが、今回の禁忌魔法は魔族特有のもの。バルドラ国王だけで扱えるわけがないとの結論が出ている。もし何か知っていれば聞かせてもらえばと思ってな」
「あー、悪いけど俺は全然わからないよ。魔族だけど、何も知らねえから」
それから俺は、フェルンに話したことを伝えた。
ただ、魔王の息子ってところだけは言わなくていいと小声で言われた。
人間と、魔族のハーフのことだけ伝えればいいと。
フェルンはずっと警戒しているみたいだった。それに気づいたのか、エリーナが声を掛ける。
「フェルちゃん、安心してください。私たちはヤマギシさんを傷つけるつもりも、この事を誰かに話すこともありませんから」
「……はい」
「それに推しカプの抱き合いシーンは、私の中で感動ベスト1になりました。最高でしたよ。正直、今思い出しても悶絶してしまいそうです。――あぁっ、あのシーンが、また、みたい、見たい……」
突然、エリーナが脚をがくがくさせて悶えだす。どうしたんだ……?
そこで、ボーリーさんが声を上げた。
あ、髪の毛三本になってる。ピロピロピロー。
「ちなみに二人とも、冒険者認定でA+になっとのことだ。オレはもうやめたが、元試験官として伝えておく。そして、ありがとう。髪も感謝している」
へえ、信仰深い人なんだな。
なんとなく、髪の毛が三本こっちを見ている気がした。
そしてランド騎士団長が、食事会の続きをしようと誘ってくれた。
フェルンのサンドイッチは明日の朝にお預けとなったが、楽しみがあるってのはいいな。
廊下に出ると、ベルディの騎士がいっぱいいて案内してくれた。
「ヤマギシさん、もし魔族が関与していたら……ちょっと複雑ですね」
「そう? 悪いことしてるならぶっ殺せばいいんじゃない?」
目をキョトンとさせるフェルン。猫みたいだな。
「ヤマギシさんらしいです」
「そうかな。――あ、そうやマンビキがいないな?」
と、思っていたら後ろから声をかけてきた。
「さっきからいるよ。なんでわからないんだ」
「え、なんでその服着てるの?」
「勧誘されたんだ。ベルディで働かないかってな。給与もいいし、行くところもないし、二つ返事だ」
「えー、俺と一緒に視えない斬撃しまくろうよー」
「もうあんな危険な目はこりごりだ。勘弁してくれよ」
「残念だ……兵士になるってこと?」
「いや、まだ詳しくは聞かされてないんだが、アルネたちの部隊に所属してほしいって話だ。――ここだけの話だが、隊員のほとんどが女性らしい。そう危険な部隊でもないだろうし、楽しみだ」
「そうなんだ。いいなあ」
「だろ? 羨ましいだろ」
ははっと笑うマンビキ。
そういえばゲルマン中尉がなんか言ってなかったっけ。
あいつらって、虐殺部隊とかじゃなかったか? まあいいか。
「そいやマンビキが本名なの?」
「いや……ま、トラバの名前は捨てるよ。贖罪の意味も兼ねて、マンビキで生きていくよ」
そういえば犯罪者なんだっけ。
こんないいやつなのに何したんだろう。でもま、過去のことはいいか。
そういえば俺もアルネに誘われてたけど、どうしようかな。
でもここにずっといたら、フェルンの兄貴探せないしな。
すると隣、フェルンが猫みたいに微笑んでいた。
「どうしたんだ、フェルン」
「いえ、落ち着いた時間を過ごせていることが、嬉しくて」
「また忙しくなるよ。フェルンの兄貴を探さないとな」
「……ありがとうございます。でも、ヤマギシさんのお母様もですよ」
「そうだな。でも会ったとしてなに話そうかな。そうだ、俺が今まで殺した人たちの話をしようかな。実は断末魔をメモしてるんだよね。上から順番にランキング形式で紹介するの、どう?」
「それは絶対に言わないでいいです。後そのメモ、後で焼却しますね」
するとフェルンが真顔で言った。恐ろしく冷たい目だ。
「はい」
「はい」
あ、イマジナリーフェルンにも睨まれた。
次から気を付けよう。
いかがでしたでしょうか。
文字数は12万字に届かないくらい、ちょうど一巻分ぐらいです。
何度かあとがきでもお伝えしている通り、映画を一本見たような読後感を味わっていただけているのならば、私の映画隙の情熱が読者様に届けられたなと思います。
マンビキについては、思っていた以上に活躍してくれました。
その後についてはお察しかもしれませんが、多分凄く大変な事になると思います。
でもたぶん、マンビキならなんとかしてくれるでしょう。
第二章は、忽然と消えた魔王や魔族、フェルンの兄、ヤマギシの母がメインになってくると思います。
申し訳ありませんが、更新がいつになるのかわかりませんので、これにて一度完結にしておきます。
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