第30話 一緒に帰りましょう
ヤマギシさんは死体の中で一人、巨剣を片手に立ち尽くしていた。
鍛えられた騎士ですら畏怖し、恐ろしいと声を漏らしているけれど、私には悲し気に見える。
早く、彼を自由にさせてあげたい。
待っていてください。
ランド騎士団長は、私の考えを最後まで聞いてくれた。
それからなんと、すべて従うと言ってくれたのだ。
普通ならそんなことありえない。一国の騎士団長が、ただの冒険者の私に指揮権をゆだねてくれるなんて。
なのに私は、そんな彼らを危険にさらそうとしている。
それでも、ヤマギシさんを誰かに委ねることはしたくなかった。
そして私も、覚悟を決めた。
すべての準備が整い、一人、ゆっくりと前に歩いていく。
ヤマギシさんの身体からは、可視化できるほどの魔力が周りにあふれ出ている。
それはまるで、殺意と混同しているかのような黒い魔力だ。
範囲は凄く広い。
少しでも触れると彼に気づかれてしまうだろう。
だから――。
「――氷よ集まれ静止せよ」
私は、空に向かって手のひらを翳した。
遥か上空、氷の欠片が増え続け、一つの塊になっていく。
「すげえ……どうして魔力が尽きないんだ」
「こんなことができるのか」
「……綺麗だ」
私が自信を持って魔法を扱えるのは、ヤマギシさんのおかげだ。
だから、安心してください。
一緒に、帰りましょう。
「――今です!」
私の叫び声と同時に氷の魔法がヤマギシさんに降り注ぐ。
同時にアルネさんたちが左右に駆けた。
正面、ランド騎士団長、エリーナさんとボーリーさんが駆ける。
ヤマギシさんは一歩も動かず、巨剣を構えた。
その場で大きく振りかぶると、空気の斬撃が空に向かって放たれ、氷がすべて破壊される。
ヤマギシさんは魔法を使えない。
なのに、風圧だけで氷の魔法を破壊するだなんて――。
「ランド騎士団長、エリーナ、斬撃が飛んでくると、髪が!」
ボーリーさんが叫んだ瞬間、ヤマギシさんは笑みを浮かべながら前を向き、ふたたびその場で剣を振った。
先ほどと同じく、凄まじい威力の鋭い空気の刃が放たれる。
「――くっ」
「なんという」
ランド騎士団長、エリーナさん、ボーリーさんは剣の腹で受け止めるものの、たったのそれだけで後方に身体が大きくずらされてしまう。それを見たヤマギシさんは、追い打ちで前に駆ける。
しかしその瞬間、アルネさんたちが氷のナイフをヤマギシさんにいくつも投げた。
普通なら回避できないタイミング。
にもかかわらず、ヤマギシさんは回転しながら地面を強く蹴った。
「――土を、防御にだと」
アルネさんが驚くのも無理はなく、土を蹴り上げまき散らし、すべてのナイフを受け止めたのだ。
恐ろしいほどの機転。
でも――作戦は成功した。
「後は、頼んだぞ! フェルンッ!!」
「――はいっ!」
私は、風の精霊に頼んで、ほんの少し空を飛んでいた。
マンビキさんに抱えられて、透明になっていたおかげで、ヤマギシさんも気づくのが遅れたのだろう。
それでもヤマギシさんは私に顔を向け、遠距離から風の斬撃を飛ばしてくる。
しかしそれは、あらかじめ展開してた氷の盾で防ぐ。
ヤマギシさんの射程距離に入ったことで、おそろしいほど魔力を膨らませた。
殺意と憎悪。全身の鳥肌が立つ。
それでも、私は思い出す。
優しい、公園のときのヤマギシさんを。
――『怪我したらごめんね』
ヤマギシさんは今、無意識に近い状態だ。
数多くの攻撃を放たれたことで、一番自分が動きやすい攻撃を選択するはず。
きっと“あの時”と同じ。
間髪入れず、ヤマギシさんは巨剣を構えた。
「――今です!」
私は、すべての魔力を集約させ、右側に防御を展開した。
さらに全員が、遠距離から防御魔力を強化する魔力を飛ばしてくれる。
氷の盾が、この場にいる全員のおかげで強化される。
そして次の瞬間、ガラス塊を割ったような音がその場で鳴り響き、魔力の欠片が散らばっていく。
「――次!」
ヤマギシさんは間髪入れず身体を回転させる。勢いを殺さず、左側に攻撃を仕掛けてくる――はず。
公園で彼は、私に自信を取り戻させてくれた。
忘れるわけがない。――覚えている。
ふたたび、左側。防御はなんとか成功するものの、たったのこれだけで魔力のほとんどが消えうせた。
最後に私は、周囲の魔力をかき集め、全力で真正面から魔法を放つ。
でも、わかっている。覚えている。知っている。
ヤマギシさんはその場で剣を構えた。
そして私の全力の魔力砲を、たったの一撃で叩き割った。
ありえない力。どうして、そんなに――強いのですか。
どれだけの力を、いつも抑えているのですか。
でも、私の――勝ちです。
「ヤマギシさん!!!!!」
私は、ヤマギシさんを強く抱きしめた。
魔力を中和させようとした瞬間、激しい痛みが全身を襲う。
殺意と、悪意と、この世のすべての闇が詰まったのような魔力が、身体に入り込んでくる。
こんなに、こんな苦しい世界に、彼はいたんだ。
ヤマギシさん、ヤマギシさん、――私は、あなたを一人にさせない。
元に、私を、思い出してください――。
そして――。
「……ん、あれフェルン」
彼は、まるで寝起きのようにとぼけた顔で私を見つめた。
それから周りを見渡して、首を傾げる。
猫みたいに人懐っこい顔、呪印が引いていく。髪が、戻っていく。
ああ、良かった。嬉しい。
しかしそのとき、ヤマギシさんの下にいた虐殺蜘蛛の死体が、ピクリと動いた。
魔物は死後、残留魔力で敵を襲うことがある。
ヤマギシさんは魔力中和によって動けない。そして脚が動き、鋭く彼を狙った。
「ヤマギシさん!」
私は急いで身体を入れ込み、守ろうとした。
しかしその前に空中で止まった。
ジジジと魔力の音が聞こえ、現れたのは、剣を構えたマンビキさんだった。
最後、透明化で私たちを守ってくれていたのだ。
「……あっぶねえ。ふう……とりあえず、ここから離れようぜ……もう魔力切れだわ……」
その場に倒れこみ、ふうと額の汗を流す。
そしてようやくヤマギシさんの目も元に戻る。
「あれ、フェルンどうしたんだ。なんでこんな近いの?」
「ヤマギシさんが寝坊助さんだからです。早く……帰りましょう。サンドイッチ、作りますから」
「ああ、終わったのか。そうだな。フェルンのご飯美味しいからな。楽しみだ」
「えへへ、嬉しいです」
次がエピローグで、一章完結です。
ちょっとお互いの過去を語る感じになると思います。
まずは読者の皆さん、ありがとうございました!
この話は、よくある追放系に自分の好きをたっぷり載せてみました。
私は群像劇が好きです。
いろんな場面でキャラクターたちが動いて、その結果、色んな事件が起きて、最後にまた主人公たちと出会うみたいな。
しかしながらwebでは敬遠されがちというか、なかなか人気が出るのが難しいとわかっていました。
それでも挑戦した結果、ランキング1位を獲得することができました。嬉しい。
たくさんのキャラクターたちも登場させることができたのも嬉しいです。
特にマンビキは、映画とかでよくいる【おもしろ枠イイヤツ】をイメージしていました。初めは何でもないような感じなのに、物語で凄く重要になっていくみたいな。
そんな楽しさを味わってもらえたのなら嬉しいです!
良ければ評価&フォロー、レビューなどもらえると嬉しいです!




