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第29話 言葉では伝わりませんよね(フェルン視点)

 それからヤマギシさんは、恐ろしいほどの魔力と殺意をまき散らした。


 迫りくる虐殺蜘蛛(デスクリーチャー)を切り裂き、血肉が飛び交う中、笑い声をあげて蹂躙していく。

 決して手加減などせず、時折素手で蜘蛛を引きちぎりながら、一匹残らず殺してやるという気概、魔力、殺意で。


 私たちは誰も声を発さなかった。いや、発せなかった。


 ヤマギシさんがあまりにも強すぎて、恐ろしすぎて、身体の震えが止まらなかったのだ。

 圧倒的な力とは、まさにこのことだと叩きつけられているようだった。



 すべてが終わるのに時間はかからなかった。



 あたり一面は魔力の残骸と血肉、虐殺蜘蛛(デスクリーチャー)の死体で赤く染まり、ヤマギシさんはその中心で立ち尽くしていた。


 魔族とは、人間の宿敵であり、純粋悪であり、世界共通の敵である。

 それが、この世界においての共通認識だ。


 理由は腐るほどある。

 かつて存在していた魔王が、この世界に殺戮と憎悪をまき散らしたからだ。

 それは未知の病原菌であったり、それは国を丸ごと破壊したり、それは人間を悪魔に変化させたり。


 しかし魔王は忽然と姿を消した。


 残った魔族は散り散りとなり、今でも人類の共通の敵として各地に存在している。


 ヤマギシさんは善悪がわからないといっていた。

 何が良くて何がダメなのか、自分では判断できないと。


 今までの疑問の一つ一つが、欠片が、埋まっていく。


 ヤマギシさんは人を呼ぶ際に“人間”と呼んでいた。それは、人間以外の人が呼ぶ言い方だ。


 自分は決していい人ではないと、何度も言っていた。


 魔族は、命を奪うことになんの躊躇いのない種族だと聞いている。


 彼は、本当にわからなかったのだ。


 でもその中で、理解しようとしてくれていた。


 優しくなろうと、頑張ってくれていた。



 隣で、ランド騎士団長がようやく口を開いた。


「エリーナ」

「は、はい」

「辺り一帯を封鎖しろ。ヤマギシ殿の魔力が収まるまで誰も近づくなと」

「承知……致しました」

「ボーリー、髪はなんて言ってる?」

「近づかねば、危険はないだろう、と……」


 続いてアルネさんが声を上げる。


「森の中で逃げていたバルドラ国王を捕らえたと仲間から報告がありました。どうやら死ぬ覚悟もなかったようです」

合成魔物(キメラ)は世界共通の禁忌魔法だ。これでトラバ軍は解体されるだろう」


 その間も、ヤマギシさんは死体の真ん中で動かなかった。

 溢れる魔力を、憎悪を、まき散らさないように。まるで自分を抑えつけているかのようだ。


 ランド騎士団長は次々と命令を下していく。まるで、すべてが終わったあとのように。


 最後に、私に声をかけてきた。


「フェルン、ひとまずベルディ国へ戻ろう。ヤマギシ殿の魔力が抜けるまで責任を持って監視する」

「ヤマギシさんが元に戻ったら、どうなるんですか」

「……安全を保障し、ふたたびベルディへ迎え入れる。もちろん彼の情報は漏らさないように箝口令を敷いておく。安心してくれ」


 ランド騎士団長は嘘をついていないだろう。それでも私は、動く気になれなかった。


「デュアロス、ヤマギシの魔力はどれくらいで抜けそうだ?」

「見たところ、一か月くらいかと思われます。いやしかし、凄い力です。今まで測定したことのない力でした」


 一か月も、ヤマギシさんをここに……置いていくというの。


 こんな、場所に、一人で?


 そしてマンビキさんが声をかけてきた。


「フェルン、戻ろう」

「……どこへですか」

「ベルディ国だ。ここにいても、ヤマギシに近づくことはできないだろ」

「私は……行きません」

「どういうことだ?」

「ヤマギシさんがここにいるからです」


 ランド騎士団長がいくら安全を保障したとしても、戒厳令を敷いたとしても、人の噂は止められるものではないだろう。


 そうなったとき、世論が彼を許さない可能性だってある。

 魔族は、それだけ世界から危険だとみなされているのだ。


 私は、彼を誰かにゆだねたりしない。


 私が、彼を、連れて帰る。

 

 絶対に一人にはさせない。


 するとアルネさんたちが私に声をかけてきた。


「フェルン。私の命をかけても、ヤマギシに危害は加えないと誓う。たとえどんな命令を下されようとも、私はヤマギシの味方だ」

「わたしもー。ヤマギシさんは一人で頑張ってくれたからねー。恩は仇で返さないよー」


 それからエリーナさん、ボーリーさん。


「フェルちゃん、私たちを信じてほしい。ヤマギシさんの安全は必ず守るから」

「ああ、髪に誓って」


 それでも私は首を振る。


 私は檻の中に二週間もいた。

 辛くて寂しくて、怖くて。


 ヤマギシさんは優しかった。

 良いことや悪いことも、自分なりに理解しようと努力していた。


 今、彼は私のときと同じように暗闇にいるかもしれない。


 そんなの、嫌だ。


「フェルン」

「マンビキさん、私は何を言われても、彼を置いていくことはしません――」

「俺も手伝う」

「……いいんですか」

「孤独の苦しみは誰よりも知ってる。ヤマギシだって、今そんな気持ちかもしれないもんな。でも、どうする。どうやってヤマギシを前の状態に戻すんだ?」

「……ヤマギシさんに触れることができれば、彼の魔力を中和できると思います」

「確実なのか?」

「……わかりません。でも、それしか方法はないです」

「……わかった。じゃあ俺が透明化で近くまで連れて行くよ」

「ありがとう、ございます」


 私たちが前に出ようとしたら、アルネさんが立ちふさがる。


「まだ狂乱のバーサーカー(フレンジー)を甘く見てるようだな。あいつは、私たちと戦ったときよりも遥かに魔力を帯びている。透明化しても無意味だ。巨剣で身体を真っ二つにされるだけだぞ」

「それでも私は誰かに彼をゆだねない。私が、連れて帰る」

「死ぬ可能性があるとしてもか?」


 私はゆっくり頷く。するとアルネさんは、ヤマギシさんに身体を向けた。


「せんぱい?」

「奴がベルディまで来たのは私が声をかけたからだろう。なら、私にも責任がある。お前は下がってろ」

「……ふふ、わたしだって手伝いますよ。あたりまえじゃないですか」


 それを聞いて、エリーナさんが静かにレイピアを取り出した。

 ボーリーさんも。


 私は最低かもしれない。みんなを危険にさらそうとしている。


 それでも私は、ヤマギシさんを置いていくことはできない。

 ランド騎士団長が、頭を搔きながら声を上げた。


「ああもう、お前たちは聞き分けがねえな。――いいだろう。だがどうやってヤマギシ殿の身体に触れる? ここにいる全員でかかっても、返り討ちにあうぞ」


 私は思い出していた。


 公園での出来事。ヤマギシさんの優しさを。


 彼に伝えたい。感謝したい。

 

 どれだけ、嬉しかったのか。


 私を肯定してくれたことが、どれだけ心に響いたのか。


 でも、わかっている。


 言葉では伝わらない。


「私に、考えがあります」

 現在進行形の出来事。


 *ヤマギシが虐殺蜘蛛(デスクリーチャー)をたった一人で全滅させた。

 *その後、沈黙。

 *ランド騎士団長があたりを封鎖しようとした。

 

 *フェルンが、誰にもヤマギシをゆだねないと決意。

 *全員がそれに同意した。

 *触れることができれば、なんとか元に戻せるかもしれない。


 *フェルンには考えがある。

 *言葉では伝わりませんよね。

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