第27話 いつだって遅れてやってくる
虐殺蜘蛛は、非常に視力が優れており、数百メートル離れた獲物にも正確に襲いかかることができる。
また、魔力を利用して外殻の耐久力を向上させる魔法を持つ。
脚の一本一本の先端には魔力が込められ、鋭利さを極めているため、銀の甲冑さえも容易に貫通する。
ベルディの兵士は虐殺蜘蛛を見つけたらすぐに逃げろと訓練されていた。
一部の達人を除いては。
「ギャッピイイイイイ」
「甲高い声を上げるな」
ボーリーは、“髪”の声に従いながら、虐殺蜘蛛の高速攻撃を回避していた。
一度でも食らってしまえば防御を貫通し、一撃で絶命してしまう威力だとわかっていながらも心は穏やかだった。
――(右上からの振り下ろし。続けざまに左側面から薙ぎ払い)
「――ありがとう」
ボーリーは感謝しながらすべての攻撃を回避し、カウンターで脚の一本一本を切り刻み、倒れこんだ虐殺蜘蛛の頭部を破壊した。
元々、虐殺隊のアルネやボーリーは、一対一で勝てる実力を持っていた。
しかし今は“髪”がいなければ勝つことが不可能なほど虐殺蜘蛛は強くなっている。
統率の取れた虐殺蜘蛛にベルディ軍は圧倒されていた。
「ひ、ひ、わあああああああ」
「――ハアッ! 私に任せて、後方で部隊に合流しなさい」
かろうじて対抗できているのはエリーナだった。
部下を助けた後、ボーリーと背中を合わせる。
「トラバの兵士は高みの見物か。どうやってあいつらを動かしてるんだ? エリーナ」
「使役なら従者がいるはずです。なのに見えないのはおかしいですね。――しかし、やるべきことをやりましょう」
◇
「よほほほほ、我がトラバ軍は圧倒的ではないか! やはり虐殺蜘蛛は最強の兵士だ」
後方、兵士たちの後ろでバルドラ国王は高笑いをしていた。
ぶくぶくと太った腹、短い黒髪、嬉しそうな表情を浮かべている。
その横には、片腕を失くしたベドウィンが同じように不敵な笑みを浮かべていた。
「まさかトラバ砂漠に放出した失敗作ではなく、成功作の虐殺蜘蛛がこんな大量にいるとは知りませんでした」
「ふん、まだ試作品段階だ。いずれはもっともっと強大な力を持つ。だがこの段階で披露しなければならかったのは、お前たちがやられた巨剣のせいだ。もう少しで万全の体制で攻めてこれたというのに!」
「も、申し訳ありませんでした!」
「まあ良い。十二分に通用していることがわかったのはいい情報だ」
ぐへへと笑った後、バルドラ国王はベドウィンに目配せをした。
「もう出すのでしょうか?」
「当たり前だ。それを見るために、わざわざこんな場所まで来たというのだ」
「ハッ」
ベドウィンが兵士に指示を出すと、後ろから何かが解き放たれた。
それは、とてつもない大きさを持つ虐殺蜘蛛だった。
「ギャッピイイイイイイイイ」
「行け、ベルディ軍を壊滅させろ!!!」
巨大な虐殺蜘蛛は、味方のトラバ兵士を吹き飛ばしながら進んでいく。
そのまま前線にたどり着くと、叫び声をあげた。
それを見て、ボーリーが眉を顰める。
「エリーナ、“髪”が、兵士を引かせろといっている」
「……わかりました。でもあなたは……」
「オレに任せろ。――もう一人の“髪”が、死なぬと言っている」
エリーナに兵士を任せ、ボーリーは前に出た。
去り際、エリーナは、ボーリーの頭部から二本目の髪を見つけた。
よくわからなかったが、とにかく急いで兵士に退避指示を出す。
「全軍、後方へ下がれ!」
エリーナが指示を出す中、ボーリーはたった一人で巨大な虐殺蜘蛛の前に立つ。
しかしその表情は険しかった。
髪からの声が響く。
――“引け”、死ぬぞ。“引け”
――なぜ嘘をついた。“引け”
「ハッ、悪いな。――仲間を見捨てるぐらいなら、死んだほうがマシだ」
髪の声に耳を傾けず、その場で剣を構えた。
それから巨大な虐殺蜘蛛は、おそろしいほどの魔力を漲らせる。
ボーリーが覚悟を決めたとき、後ろで声が聞こえた。
「ボーリー、下がれ! 私がやる!」
蜥蜴竜にまたがるランド騎士団長だ。
「……隊長が、前線に出てきちゃだめでしょうが」
ボーリーは笑みを浮かべながらふたたび剣を構えた。
直後、巨大な虐殺蜘蛛は、体格からはとうてい考えられない速度で攻撃を仕掛けた。
ボーリーは何とか髪の声で受けるも、凄まじい重圧で吹き飛ばされる。
「――くっぁっぁあっつつ」
続けてランド騎士団長が前に出る。
先ほどと同じくありえない威力の攻撃が放たれるも、なんとか剣で受け止めた。
「ぬぉおおおおおおおおおおおおお」
高密度の魔力と魔力がぶつかると衝撃破が起こる。
あたり一面に空気がはじけ飛ぶと、砂埃がまう。
それからランド騎士団長は何度も攻撃を仕掛けた。しかし驚いたことに外殻が硬すぎる。幾多の防御を貫通させてきたランド騎士団長の剣ですら巨大な虐殺蜘蛛ははじき返してくる。
ボーリーは態勢を立て直し、ふたたび攻撃を仕掛けようと駆けた。
どれだけ強くても二人なら勝てる。そう確信して跳躍し、振りかぶる。
すべての力を込めた一撃。
だがその攻撃はなんと横から現れた二体目の巨大な虐殺蜘蛛によって防がれてしまう。
「ギャッピイイイイイイイイ」
続いてランド騎士団長も吹き飛ばされる。空中で態勢を立て直し、地面に着地する。
「……クッ、これほどまでに強い魔物が存在していたとは」
巨大な虐殺蜘蛛を睨みつけ、ランド騎士団長は口をゆがませた。
「ランド騎士団長、大丈夫ですか!?」
「問題ない。だが他の奴らでは決して勝てぬ。引くことはできぬぞ、ボーリー」
「元からそのつもりです」
「ハッ、いい覚悟だ」
二人が腕の一本や二本を覚悟したとき、巨大な虐殺蜘蛛はふたたび攻撃を振りかぶった。
だがその瞬間。
声が、響いた。
「――行くぜマンビキ、視えない斬撃だァッ!」
二体の巨大な虐殺蜘蛛は、その声の直後、動きを止めた。
それから身体が真っ二つにズレる。
血肉が噴き出し、返り血があたり一面に飛び散って地面に轟音を響かせた。
「ふん、ついにきたか。――最強め」
ランド騎士団長の視線の先で、男が突然現れた。
巨剣を片手に、笑みを浮かべている。
マンビキを背負った、ヤマギシである。
「お、おい叫んだら透明化になった意味がねえだろうが!?」
「え、そういえばそうか。――じゃ、次は視える斬撃ってことで!」
「nigagawiwanip!!!!!!!!!!」
それからヤマギシは、片手で巨剣をはるか先のバルドラ国王とベドウィンに向けた。
「フェルンを虐めた仕返しをさせてもらうぜ」
ついに降り立った最凶!!!!
まっすぐな“ざまあ”このままいきましょう!
現在進行形の出来事。
*ヤマギシ、フェルン、アルネ、マンビキ、後輩が軍への加勢へ走る。
*虐殺蜘蛛の一部が味方に。
*巨剣がなぜか少し筋肉質に。
*トラバが攻めてきている。
*ランド騎士団、エリーナ、ボーリー、デュアロスが準備完了。
ボーリーが、髪の存在をより知るため、カツラを取っ払った。
 




