第22話 イマジナリーヤマギシさん
「どうでしょうか? フェルン様、きつくありませんか?」
「は、はい! 大丈夫です」
ランド騎士団長様とのご挨拶を終えて、私とヤマギシさんはそれぞれ別室に移動させられた。
食事の前に正装へ着替えたほうがいい、そのほうが気分がいいからな、と言ってくださったのだ。
入るなり沢山の女性が私を囲み、そして服を選ばせてくれた。
見たこともないほど美しい絹の服。白や黒、透明なレース、女性らしさを引き立たせてくれる。
思わず心が躍り、自然と笑みがこぼれる。
ハーフエルフの私がこんな美しい場所にいるだなんて、ほんの少し前なら夢にも思わなかっただろう。
これもすべて、ヤマギシさんのおかげだ。
にしても、凄かったなあ。
ランド騎士団長さん、面白い人だった。
ヤマギシさんが困惑している姿は初めて見たかも。
ふふふ、冗談もできるのに強いだなんて、さすが上に立つ人は違うなあ。
笑わないって言ってたけど、凄く楽し気だったし。
エリーナさんも、デュアロスさんも、私たちをからかっていたのかな。
それから私は、真っ白くて透明なドレスに身を包んだ。
凄く綺麗で、鏡に映った自分が信じられなくて、思わず微笑む。
「とてもお似合いです。髪をあげてもよろしいですか?」
その言葉に少しだけ心が揺れるも、私は頷いた。
片耳が人間、片耳がエルフ。
そんな私のことを気にしないで褒めてくれたのはヤマギシさんだけだ。
ふふふ、早く見せてあげたいな。
準備を終えて外に出る。そのとき、廊下でバッタリヤマギシさんと出会う。
彼も黒服に着替えていた。
髪もいつもと違ってオールバックで、なんだか別人みたい。
……かっこいいな。
「よおフェルン、飯楽しみだな!」
「え? はい、楽しみです」
ヤマギシさんはいつもと変わらぬ様子で声を掛けてきてくれた。
心が落ち着く。そのまま案内されて一緒に廊下を歩く。
「黒服も髪型も凄く似合ってますね。初め誰かと思いましたよ」
「そう? ちょっと頭かゆいけどなあ」
「……かっこいいですよ」
「ん、なんか言った?」
「な、何でもないです!」
こちらです、と扉の前に案内される。
別に悪く言うつもりはないけれど、私の服には気づいてないのかな。
でも、ヤマギシさんが服に興味なんてあるわけないか。
まして、私のことなんて――。
「フェルン、その服可愛いな。それに耳、よく見えるしそっちのがいいぜ」
「……えへへ、ありがとうございます」
中に入ると、長いテーブルの上に飲み物とパンが置かれていた。
これから色々と持ってきてくれるとのことだ。
驚いたのは、既に全員が待っていてくれていたことだ。
一番奥に厳格そうな白髪交じりの男の人が、ランド騎士団長。
桃色髪のエリーナさん、眼鏡をかけたデュアロスさん。
そして艶やかな黒髪――え、ボーリーさん!?
あ、そういえば騎士さんなのか。
「よく似合うじゃないか。気に入ってくれたか?」
「はい! ただちょっとカッチリしすぎて食べにくそうだけど――」
「ヤ、ヤマギシさん」
「最高です。これこそ、食事の前に相応しい正装かと」
背中をツンツンすると言葉が切り替わる。
いつも天然で物おじしないヤマギシさん。
それがいいところなんだけど、ちょっとヒヤヒヤするときもある。
「……推しカプたちの新衣装尊い……推しカプたちの新衣装尊い……推しカプたちの新衣装尊い……」
エリーナさんは相変わらず何かを呟いている。いつも通りで緊張がほぐれた。
そこでボーリーさんが立ち上がる。
「久ぶりだな。元気にしてたか?」
「は、はい! 冒険者の試験ではお世話になりました」
私たちのことを覚えていてくれたらしい。できるだけ丁寧に挨拶をして頭を下げる。
しかしヤマギシさんが動かない。これは……マズイ!!!!
私は、急いでイマジナリーヤマギシさんを脳内に召喚する。
そうして、シミュレーションの開始だ。
①『誰?』
②『トラバにいたっけ?』
③『追いはぎ軍団の一人?』
できるだけ天然なヤマギシさんのままでいてほしいから、私は勝手に小さなヤマギシさんを作った。
ちなみにこんな事をしている、と本人に言ったことはない。
①ならギリギリ許されるだろう。でも、②は凄く危ない。
下手すれば投獄されちゃうかもしれない。絶対に止めないと。
③を話してしまうと②に繋がる恐れもある。
計算しろフェルン。私ならできる。いや、私にしかできない。
その瞬間、ヤマギシさんが口を開き始めた。
「トr――」
やはり②だ!
「ラバ――」
「冒険者の試験で、試験官を担当してくれたボーダー・コリンさんですよ! ヤマギシさんが、後から凄く戦いたいとおっしゃっていましたよね! そして、凄く格好いい方だと!」
「え? あー! そうだそうだ。――その節はどうもボーリーさん」
「こちらこそ。あの時はすまなかったな。“髪”の声に従い、戦うことを止めたんだ。エリーナとの闘いを見て、それが正解だと確信したがな」
二人は握手を交わし、にこやかに話し始めた。
ふ、ふぅ……良かった。危なかった。
ありがとうイマジナリーヤマギシさん。
これからも末永くよろしくお願いします。
「――待て、髪の声が聞こえる」
するとボーリーさんが、突然そんなことを言い始めた。
さっきから神っていってるけど、信心深い人なのかな。何だか親近感が沸く。
すると突然、ヤマギシさんが着席するはずだった椅子を取り換えさせた。
え、どういうことだろう。椅子の神様を信仰しているのかな?
けれども、理由はすぐにわかった。
なんと、ヤマギシさんが座るはずだった椅子が運んでいる最中に瓦解したのだ。
壊れていたのか、耐久が限界だったのか。
もしヤマギシさんが座っていたら尻もちをついて「いてぇ、なんだこのよわっちぃ椅子」と言っていたかもしれない。
ようやく落ち着き、デュアロスさんが声を上げる。
「ではランド騎士団長、食事の前にお言葉をお願いできますか」
「うむ。それでは短い時間だが食事を楽しむとしよう。我がエリーナ副団長の命を助けてくれたこと、心から感謝している。ボーリーの試験に合格したこともだ。――焦がれるよりも焦がりたい! ランド・ライフスの名において、二人に祝福を!」
ランド騎士団長は満面の笑みで乾杯してくれた。
……あれ、笑わないんじゃなかったっけ……?
エリーナさんを見つめると「……え?」みたいな顔をしていた。ちなみにボーリーさんはちょっと納得している感じだった。デュアロスさんも驚いている。
よくわからないけど、気にしないでおこう。
テーブルには沢山のカトラリーとナプキンが置いていた。
周りには騎士候補生たちが立っていたり、執事のような人たちが大勢いる。
はやる気持ちを抑えながら、ナイフとフォークを手に取り、目の前のお肉を頂くと、思わず笑顔になった。
「美味しいですねヤマギシさん」
「ああ、最高だな」
そのとき、ふと気づく。
ヤマギシさんも外側から綺麗にナイフとフォークを手に取っていたのだ。
そして凄く綺麗な所作でお肉を切っている。
私は、幼い頃にお兄ちゃんから教えてもらったことがあった。
でも……ヤマギシさんは?
そういえば私は、彼の過去をほとんど知らない。
おそろしいほど強くて、子供のように無邪気で、それでいて優しくて、でも……少しだけ容赦のないところがあって。
……一体、どんな人生を生きてきたんだろう。
「時に、ヤマギシ君」
「うめえ、肉うめえなあフェルン」
「はい、美味しいです。あ……あのヤマギシさん、ランド騎士団長が呼んでますよ」
「うめえ、肉うめええ」
「ヤマギシ君、ヤマギシ君、ヤマギシ君」
全然気づいてもらえないらしく、ランド士団長が悲し気な表情を浮かべている。
この人、本当にお茶目だな。
「ヤマギッシ君」
「ん、はい!」
ようやく気付いてもらえた。嬉しかったのか、ニッコリ笑顔を浮かべる。
エリーナさん、騎士団長さん、凄く表情豊かですけど、話していた人とは別人なのでしょうか。
しかしその直後、ランド騎士団長は真剣な表情を浮かべた。
それも、場がピリピリするほどの空気になるほど。
「自分の騎士のことでなんだが、うちのエリーナはとても優秀でな。君と出会うまで、決闘で押されたところをみたことがない。そしてボーリーは私が認める剣技の使い手だ。そんな彼すらも君には恐ろしいほどの威圧を感じたと言っている」
「え、そうなんですか?」
ヤマギシさんはいつも通りの表情のままパンに手を伸ばした。
本当に心が強いというかなんというか。
まあそこが、いいところなんだけど。
「そして……私もだ。この歳で恋をするなど思わなかった」
するとランド騎士団長は胸に手を立てた。
ふふ、おもしろい――。
「え? ランド騎士騎士団長、一体なにをおっしゃっているのですか……?」
「騎士団長?」
エリーナさんとボーリーさんが不安そうに眉を顰める。
あれ、なんでだろう。
「フェルン、この肉パンにはさむとうまいぞ」
「は、はい。――今このタイミングでそのおすすめいりますか!?」
ヤマギシさんは食事に夢中、思わず声をあげてしまう。
ランド騎士団長は、構わずに続けた。
「様々な剣技を見てきたが、君のような動きをしている人を見たことがない。しかし我流とは思えないほど洗練されていた。どちらかといえば、幼いころから英才教育を受けた“貴族”のようだった。――一つ聞かせてくれ、どうやってその強さを手に入れた?」
ランド騎士団長様の問いかけに、私はあり得ないと思った。
でも直後、頭によぎる。先ほどヤマギシさんはナイフとフォークを器用に使っていた。
普段のヤマギシさんからは考えられないほど丁寧だった。
それに強い、いや強すぎる。騎士は毎日を鍛錬で過ごすという。
そんな人たちを軽々倒せるなんて、確かに……。
もしかして、凄い秘密があるのだろうか。
イマジナリーヤマギシさんに尋ねても答えは出ず、私は、ヤマギシさんが言葉を返すのを静かに待った。
現在進行形の出来事。
*ヤマギシオールバック、フェルン髪上げホワイトドレス。
*ランド騎士団長の喜怒哀楽が激しい?
*エリーナとボーリーは少し困惑気味。
*ボーリーが、未来予知をした。
*イマジナリーヤマギシさんがいることが発覚。
*ヤマギシの過去が気になる。




