第21話 焦がれるよりも焦がりたい真剣(マジ)で
「かしこまりました! では、カウントします! 10! 9!」
デュアロスくん、もといメガネクンがカウントを読み上げてくれる。
いや、これ逆? まあいいか。
周りには騎士候補生と思われる人たちがチラホラ。
みんなエリーナが勝つことを確信しているみたいな表情を浮かべている。
でも俺の後ろにはフェルンがいる。
悪いけど、負けられないんだよなあ。
とはいえフェルンが言っていたように俺たちは客人だ。
お行儀よくとまではいわないが、どちらかというと楽しんで――。
「ゼロッ!」
しかし次の瞬間、目の前のエリーナが“忽然”と消えた。
直後、後ろからピリっとした魔力を感じてしゃがみ込むと、木剣が空を切った音が聞こえた。おお、すげえ。どうやったんだろ。
「――凄いです。初見で完璧に避けられるとは思いませんでした」
顔は見えないが、後ろからエリーナの声がする。
悔しいってより、嬉しそうなのは気のせいか?
俺は振り返らず、回転しながら右方向に木剣を薙ぎ払った。
エリーナが“後ろ”にいればこれで終わりだ。
しかし俺の攻撃は当たらず、次に声がしたのは、“上”からだった。
「ハアッッ!!!」
空を見上げると、エリーナは右手いっぱいに手を突きだしていた。
体重と重力を乗せた渾身の突き。
ハッ、最高だな。
エリーナ自身が消えるのは魔法では説明がつかない。
おそらく彼女の能力によるものだろう。
「――これは、どうですかっ!」
次の瞬間、エリーナの突きが“上”からではなく“前”から飛んでくる。
また移動したのか。
俺は身体を半身にして回避した。
「エリーナ副団長の攻撃が、一度も当たらない!?」
「なんで避けれるの」
「……すげえ」
それから何度か攻撃を打ち込む。エリーナは防戦一方だ。
かなり目がいいんだろう。
あァ、楽しいなァ。――最高だ。
「――クッ」
エリーナが苦しそうだ。
勝ち筋を探しているんだろうけど、俺は逆に隙を見つけた。これが巨剣なら剣ごと叩き潰すこともできたかもしれないが、木剣だとそんなことはできない。
エリーナの心臓を狙う。
これがもし真剣なら確実に突き刺しているであろう速度での突き。
そして触れるか触れないかで寸止め、これで勝ちだ――。
「そこまでだ!!!!!」
そのとき、デカイ声が響き渡った。
どっしり低い、でもどこか安心する感じだ。
「……ランド騎士団長……ハッ、総員、敬礼!」
そこで、エリーナが姿勢を正した。
メガネクンも反応し、同じく敬礼している。
「客人を招くとは聞いていたが、模擬戦の許可はしていないぞ。エリーナ副団長、デュアロス」
「す、すみません!?」
「……大変申し訳ございません。デュアロスは私の命令で動きました。処罰なら私を」
闘技場に足を踏み入れたのはすげえ……カッコイイ感じのおぢだ。
厳格そうな顔、白髪交じりの短くて整った髪。
俺もこんな年の食い方をしたい。
って、この人が噂の騎士団長さんか。
名前はランドっていうんだ。なんか可愛いな。
「どこの国でも上官の命令に従うのは当然だ。しかしただ命令に従うのはベルディ流ではない。間違った命令を正すのも部下の仕事だといつも言っているだろう」
……カッコイイ。全然何を言っているかわからないけど、カッコイイ。
ん? よくみたら後方でフェルンが、なんか口パクで叫んでいる。
え、なに? なんだろう。 下ろしてくださいっていってる?
「それで、君はなぜ私に敬礼をしているんだ?」
「え?」
そのとき、自分の右手が勝手に動いていたことに気づく。そう、敬礼していたのだ。
習慣っておそろしい。いや、ランド騎士団長の雰囲気が上官すぎたのもあるが。
しかしなんて言い訳しよう。これ……マズいよな?
元軍人って言ってるような感じだよな? スパイって思われない?
だからフェルンが叫んでくれてたのか。すまねえ!
「ランド騎士団長が、とてもイケてるおぢだったものでつい右手が……」
これで何とか……なるか?
するとその場がシーンとなった。
え、やらかした?
「……ふふ」
「……くっ……くく……」
エリーナとメガネクンの口から何やら空気が漏れている気がする。
こっちはマジだったんだけど、なんか面白いこと言ったか?
「……ふ」
ほのかにランド騎士団長も笑みを浮かべた……? え、気のせい?
「エリーナ、集まっている騎士候補生をバラせ。デュアロス、今日の決闘は決着がついてない。わかったな?」
「え? は、ハイ!」
「い、いえ騎士団長、私は最後心臓に――」
「命令違反のほかに、まだ言いたいことがあるのか?」
「……いえ」
エリーナは静かに声を落とし、ランド騎士団長が俺に顔を向ける。
「ヤマギシ君と言ったな。フェルン君の話も聞いている。エリーナの命を助けてくれたのだろう」
「ええと、はい。後、すいません、この決闘は俺もノリノリでお願いしたんで、許してあげてもらえますか」
「君は正直者だな。――エリーナ、落ち着いたら彼らを私の部屋に案内してくれ」
そういうと、ランド騎士団長はサッと振り返り消えていく。
耳は普通だ。ハーフじゃなくて人間っぽい。
「さっき、エリーナ副団長やられてた……よな?」
「いや、ギリギリで試合止められたからわかんないじゃない?」
「……でも凄かったな。あの人、何者だろ」
メガネクンが騎士候補生たちを帰らせていく。その中に、あれなんかあの人、見たことある。ボーリーさんじゃないっけ?
落ち着いたところを見計らって、フェルンが駆け寄ってくれる。
「なんで敬礼してたんですか?」
「わかんないです」
「はい」
「はい」
フェルン、ごめん!
「一応、怪我がないかみますね。ヤマギシさん、エリーナさん、お身体失礼します」
そういうと、フェルンは俺とエリーナの背中に手を置いた。
なんだかあったかくなり、それが治癒魔法だとすぐにわかる。
なんでも使えるんだな。しゅごい。
お互い怪我がないことをわかってから、エリーナに案内されて廊下を歩く。
「すみません、変な終わり方になってしまって」
「いや、楽しかったよ。それに驚いた。あれ、能力?」
「縮地といいます。一日の使用回数はあるのですが、数メートルならば空間を移動できるんですよ」
「すげえ……かっこいいな」
「ありがとうございます。ただ初見で受けもせず完全に回避されたのは初めてです。私の……完敗です」
「あー、でもまだわからなかったでしょ。決着はついてないわけだし」
するとエリーナは、ヤマギシさんは嘘が下手ですね、と言った。
「私が一番よくわかってます。真剣なら心臓を突かれ、私は死んでいました。ランド騎士団長も気づいています。だから止めたのでしょう」
「ん、そうなの?」
「副団長である私が能力を使って手も足も出ずに負けたとなると、騎士候補生に悪影響を及ぼしかねない、と判断したのでしょう。しかし一番はヤマギシさんのことを考えてだと思いますが」
「俺のこと?」
「……ヤマギシさんは、私の想像をも超える動きでした。いえ強すぎました。見学をしていた人ならまだしも、また聞きでは誰も信じてもらえないほどに。それを避けたのでしょう」
なるほど、そこまで考えてくれていたのか。
元をたどればエリーナは静かに決闘をしようとしていた。なのに俺が叫んでしまって人を集めたのだ。反省。
「でも本当にわからなかったと思うよ。戦うって、そういうことだろ」
「いえ、私の負けです。敗北は認めなければ、先に進めませんから」
にっこり微笑むエリーナ。でも、本当にまだわからないと思うんだけどなあ。
だって、心臓を刺されても動いて相手の首を斬ればいいし、なんだったら逆に心臓を突き返せばいいし。
誰でもできるよな?
「勝敗はお二人のお気持ちでよいと思います。でもヤマギシさん、恰好良かったですよ」
「お、ありがとなフェルン!」
最後のフェルンの言葉のおかげで、モヤモヤがすべて吹き飛んだ。
――コンコンコン。
「エリーナです。ヤマギシさんとフェルンさんをお連れしました。失礼します」
ランド騎士団長の部屋の前に案内され、中に入る。
綺麗な応接間だ。本がたくさんある。すげえ、こんな小難しそうなの読めるんだ。
「ご苦労。エリーナ、下がっていてくれ」
「ハッ、――では、また後で。お食事の用意をしておきますね」
最後にエリーナが微笑んでそう言ってくれた。
ほんといい人だ。
あとランド騎士団長、やっぱり威圧感あるな。
何を話すんだろう。俺口下手だから大丈夫かな。
「まずは礼を言わせてほしい。エリーナを助けてくれてありがとう。ヤマギシ君、フェルン君」
「と、とんでもないです!? こちらこそ、エリーナさんには大変よくしてもらいました」
「同じくです!」
下手なことをいわずにフェルンに続こう。
これぞ、同じく大作戦だ。
「そう硬くならないでくれ。わしは感謝しているのだよ」
「感謝、ですか?」
「同じくです!」
やべ、ミスったかも。二人ともちょっと何の話? みたいな顔してる。
同じく大作戦はもうやめよう。
「ヤマギシ君の先ほどの体術と剣技、実はかなり初めから見ていたんだ」
「え、そうなんですか?」
「そして、お願いがある」
お願い? なんだろう。
もしかして騎士団に入らないか? いや、さすがにそれはないか。
「…………」
「…………」
するとランド騎士団長がなぜか少しもじもじしはじめた。
え、なんか頬赤くない? ちょっと乙女みたいになってない?
気のせい?
「弟子を取る気はないか?」
「……誰を?」
「私をだ」
◇
初めはただランドだった。
父のようになりたくて、剣を振るようになった。
それがいつしか剣のランドと呼ばれるようになり、ランド騎士となり、ランド騎士団長となった。
地位や名誉が欲しかったわけではない。
己を虐め、その先に得られる力のために研鑽を積んだ。
強さを証明するため。ただそれだけの為に生きていた。
強敵を倒し、宿敵を倒し、最強を倒し続けた。
しかしたどり着いた先は、虚無だった。
気づいたのだ。強さの証明は、個では、できぬことに。
「ランド様の剣技、すさまじかったです!」
「ランド様! かっこいい!」
「ランド騎士団長、剣を教えてください」
いつからだ?
焦がれる側に満足した始めたのは。
「名は、何という」
「エリーナ・プロスです」
「ほう、いい剣技だな。私の元で騎士になるつもりはないか」
いつからだ?
原石を見つけることに喜びを見出したのは。
誰もが私を現役だと言ってくれているが、時間は皆平等だ。
全盛期はとうに過ぎている。それでもまだ研鑽を積んでいるのは諦めきれないからだ。
欲しい。
自分がどれだけの強さを誇っているのか、私を計ってくれる存在が欲しい。
私は、どの強さまでたどり着けたのか。
そんなとき、現れた。
「……アルネ、今の言葉は本当か」
「はい。我々虐殺隊は狂乱のバーサーカーに手も足も出ませんでした」
力のすべてを使っても対応してくれそうな強敵が。
しかし……遅かった。
地位が、立場が、それを許さなかった。
「止めるなエリーナ、行かせてくれ」
「ダメです。ランド騎士団長にもしなにかあったら……ベルディ国は……まだ、あなたが必要なのです」
「…………」
ただ指示を出すだけの強さに何の意味があるのだろうか。
人生とは挑戦だ。負ければすべてを失うなんて当たり前だ。
しかしそれを許されないほどの部下たちを育てたのも私……だ。
責任は取らねばならない。
己の心を誤魔化し、職務を全うする。
それが、今やるべきことだ。
そう――思っていた。
「――すげえ、なんだあの動き!?」
「あの人、ナニモンだよ!?」
「エリーナさんの命の恩人だって」
騎士訓練所から騒がしい声がして足を運んでみると、エリーナの攻撃がまるで赤ん坊のように見えた。
なぜなら対峙する男の体術や剣技が、神のような捌きをしていたからだ。
何を慢心していたのか。
狂乱のバーサーカーだけではなく、強者はどこにでも存在するのだ。
そして気づいた。自分が笑みをこぼしていたことに。
そして気づいた。これが武者震いではないことに。
真の強者と出会ったとき、人は皆同じ気持ちになる。
――焦がれるのだ。
初めて剣技を見たときのような童心の気持ちが蘇った。
しかし皮肉にも気づいてしまった。
研鑽を積みすぎたかもしれない。
私では彼を計れない。私では彼に勝てない。私では彼を満足させられない。
「……ランド騎士団長」
「ボーリー。見えるか、あの動きが」
「……いつか、あの域に到達できる日がくるのでしょうか」
「わからぬ。だが目指すことはできる」
「……さすがランド騎士団長です。俺にはそんな未来は見えませんし、聞こえもしません」
「ふっ、しかし気持ちがいいな。焦がれるというのは! 久しぶりの感情だ! ――ボーリー、ここで話したことは生涯までの秘密にしておけ」
「ハッ!」
試合を止めたのはエリーナのためだが、ほとんどが自分のためだ。
彼と、話したかったからだ。
それから私は部屋で待機していた。
高鳴る心臓。震える手足。
そう、これはまるで恋だ。
私は、恋をしたのだ。
「――失礼します」
現れたヤマギシ殿に、高まる気持ちを抑えきれなかった。
我慢が、できぬ。
「弟子を取る気はないか」
「……え?」
心臓の鼓動が速い。胸がざわつく。
頬がほてっている。
ああ、恋だ! これが恋か!!!
私は、君に恋をしている! 焦がれている!!!
プライドもすべて捨て、ただ強くなるためだけに、君を満足させる存在まで上り詰めたいがために、乞わせてくれ!
「ええと……誰をですか?」
「私をだ」
焦がれる側ではなく、焦がれることができる。
こんな素晴らしいことはない。
「いやちょっと……それは無理です……」
「なぜだ」
「いや普通に考えて……騎士団長を弟子に取るとか……ね? 無理ですよ」
「な、いや、その……」
よ……よく考えたらそれもそうか。
私としたことが自分のことしか考えていなかった。
じゃあ……。
「騎士団長やめる」
「え?」
「騎士団長をやめる。全部エリーナに任す。エリーナ騎士団長になる。これでどうだ?」
「いやそんな突然言われても……」
「じゃ、じゃあどうしたらいいのだ!?」
わ、私は! こんなにも恋焦がれているというのに……!?
「え、いや俺に言われても……フェルン、どうしたらいいの?」
「からかわれているだけですよ。ヤマギシさん、そんなこと騎士団長様が言うわけないじゃないですか」
「何だ、そういうことか」
「え、いや、本当に……弟子になりたくて……焦がれたくて……」
「意外とお茶目なんですね。ランド騎士団長さん」
「さすがエリーナさんの上官さんです。私もびっくりしちゃいました」
それからは何度頼んでも「おもしろいですね」としか言われなかった。
なので、あの手この手で言い方を変えてみた。
「ヤマギシ殿、弟子になりたい」
「あはは、本当に面白い人ですね」
「ヤマギッシ、弟子はとらんか?」
「おもしろいです」
「ヤマちゃん、弟子どう?」
「からかいすぎですよ」
……ぐすん。
いや、これも修行の一環ということか。
諦めずに前を見ろと。それが、弟子の一歩だと。
なるほど、そういうことか。
挑戦し続ける。それも悪くないな。
しかしやはりいいものだな。恋とは。
これが片思いか。
それも、悪くない。
現在進行形の出来事。
*ヤマギシがエリーナに勝つ(非公式)
*メガネクンの名前はデュアロス
*ボーリーとそろそろ喋れそう。
*ヤマギシ、ランド騎士団長に焦がれられる。
*ランド騎士団長、マジで恋してる。
*ベドウィンは行方不明。
*アルネ、後輩、マンビキはトラバ砂漠を横断中。
扉絵的な同時進行。
*アルネ、後輩、マンビキ、魔物と戦う。
「ギャギャギャギャ!」
「――消えろ」
「ばいばーい!」
突然現れた砂漠熊を倒したアルネと後輩。
その動きを見た後、マンビキが心の中で想う。
(頼りになるんだけど、ちょっと……この二人強すぎねえ!)




