第2話 軍法会議、前夜
馬車に揺られて何時間が経過したのだろうか。
俺の左右には先ほどの軍人がずっと腕を掴んでくれていた。
おかげで揺れることもなく、スヤスヤ眠ることができた。
誰かと一緒に居るって、こんなにも安心できるんだな。
「おい、着いたぞ起きろ!」
そしてこうやって目覚ましもしてくれる。
敵の足音に怯える必要がないって最高だ。
「ヤマギシ二等兵! さっさと歩け!」
「はい」
悲しいのは正門ではなく裏門からの入国だったこと。
馬車を降りて空を見上げると星空が綺麗だった。
願わくばもう少し歓迎されたかった。とはいえ虚偽報告の誤解が解ければ問題ないだろう。
すると、先ほどの上官――ゲルマン中尉が別の軍人とひそひそ話している。
耳を澄ますと俺の名前が出ているのがわかった。
夜風を感じながら待っているとゆっくり近づいてくる。
そのとき、軍服に泥が付いていることに気づいた。
手で払ってあげようと右手を出すと、声を上げた。
「ひゃっ!? き、貴様何をするつもりだ!?」
「泥ですよ。剣を振ったときに倒れたでしょう? 汚れがついてたので」
「き、きやすく上官に触れるでない!」
「それはすみません。それで、軍法会議はいつですか?」
「明日の朝だ。それまでお前は――檻の中だ」
「……それってベッドはありますか?」
「もちろんだ。毛布ぐらいは用意してやる」
……マジかよ。
最高だな。
この半年間、泥にまみれた布で眠っていた。
更にあのあたり一帯は朝になるとなぜか魔物がうようよ出てくる。
それもあって眠れなかったし、檻の中なら誰かに襲われることもない。
「ありがとうございます」
「はっ、強がるのはよせ。肩が震えているぞ」
「ちょっと今、寒いですから」
本当に寒い。こっちの方が冷えるのだろうか。
そのまま歩き、俺は軍の地下施設に連れていかれた。
五畳半ぐらいで、ベッドが一つ、トイレが一つ。
毛布が一枚。
「ここだ。どうだ? いい部屋だろう?」
「トイレまであるなんて……」
当然だが前線にはトイレなんてない。
用を足すときは砂埃がつくし最悪だった。
でもここは無風だ。
俺の態度がなぜか気に入らなかったのか、中尉は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
それとも馬車での時間が長かったから疲れているのだろうか。
しかし警備が厳重で驚いた。軍人というのは規律を重んじるというが本当なんだな。
もし本当に俺が嘘をついていたらとにかく怯えたことだろう。
「ヤマギシ二等兵。逃げようとするなよ」
檻の中に入って毛布に触れる。もふもふで気持ちがいい。
さらに驚いたのは水道があったことだ。
この半年間(ry
「しかも温水も出るだなんて……」
「おい、聞いてるのか!?」
「は、はい。あのその……一つだけいいですか」
「ふん、なんだもう音を上げたのか?」
「食事、なんて……ないですよね」
すると上官はニヤリと笑った。さすがにないか。
仮にも戦争状態。こんな夜中に――。
「これだ。お前みたいな違反者にも食事は与えなければならない。これは規律だからな」
差し出されたのは、パンと水だった。
……ありがたい。
こんな美味しそうな食べ物はいつぶりだろうか。
前線といっても周りは砂と岩しかなく、食べ物といえば硬い木の実だった。
なんど口が血だらけになったか。
「大切に食べさせてもらいます」
「……ふん。いいか、妙な気を起こすなよ」
「というと?」
「脱走だ。いちいち書類の手間が係るからな。――死亡診断書の」
「そんなことしませんよ。俺は嘘ついてませんし、報告書に記載した通りですから」
「そうか。ならば明日の会議でもそう言えばいい」
「わかりました」
上官は嬉しそうに消えていく。
苦虫を噛み潰したかのように睨んだり叫んだり、嬉しそうにしたり、喜怒哀楽が豊かな人だな。
「さて……」
パンを一口食べると、その柔らかさに舌が喜んでいるのがわかった。
水も冷たくて美味しい。
ベッドで横になるとすぐにうとうとした。
軍人たちが談笑している。ああ、人の気配って安心するな。
明日は軍法会議か。参加したことはないが、どんな感じなんだろうか。
ああ、うとうと……してきた……。
おやすみ……なさい。
◇
「どうだ? 寝てるか?」
「ああ、グッスリだ。しかしあの報告書みたか? こいつ、嘘が下手にもほどがあるぞ」
「見た見た。先月は50人も1人で倒したらしいぜ。マジで笑えるよな」
「そういえば、聞いたか?」
「何を?」
「……ここだけの話だが、あの罪を擦り付けられるらしいぜ」
「……あの、上官殺しをか? だからゲルマン中尉、あんな嬉しそうに馬車に乗っていったのか、どおりで珍しいと思ったぜ」
「ホント怖い人だよな。ま、俺たちはうまくやっていこうぜ」
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