第19話 イマジナリーフェルン
トラバ国、現国王、バルドラが王座に座ったまま叫んだ。
ぶくぶくと太った腹、短い黒髪、部下からの報告を受け、怒り狂った表情を浮かべている。
「虐殺蜘蛛が我が軍を襲っているだと?」
「ハッ……なぜか意志を持っているかのように動いており、できる限りの人数で対応しておりますが、現状は引くことしかできず……」
「ふざけるなよ!」
バルドラは立ち上がると、飲んでいたワインを投げつけた。
地団太を踏み、そのまま息を切らしながら肩を整える。
「ベドウィンはどうした! なぜ連絡がない! ヤマギシを捕まえにいっただろうが!」
「……ベドウィン団長は虐殺蜘蛛の軍団に襲われ、マッスル・タンパクらと同じく行方不明でございます。その…巨剣が地面に刺さってることを確認したのですが、それが関係しているのかもしらません……」
「はやく南の前線の奴らを呼び戻せ!」
「すべて呼び戻している最中です。しかし、どの前線も非常に厳しいものとなっております……」
バルドラは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「……クソクソクソクソ、このままではトラバが終わってしまう。私のトラバが、私の楽園が……しかしこんなことがありえるか? ヤマギシめ……クソ、やはりあいつはスパイだったのだな……秘密兵器を送り込むのが目的だったのか……クソ!!」
「ど、どうされますでしょうか。ご命令を」
「……奴らはわかっていない。虐殺蜘蛛が自然発生したものだと思っているのか。――もういい。未完成だが、あの魔法を使う。――奴らが死ぬか、私たちが死ぬか。賭けに出るぞ」
◇
「ぁぁっん、んっ、あぁっ、エリーナっさああん」
「……ハァハァ、フェルちゃん」
「んっぁっああ、エリーナさん」
「ハァハァ……ハァハァ、フェルちゃん、フェルちゃん」
「あっぁぁん! え、エリーナさん、もう良いですか!?」
「ハァハァ……フェル――え? あ、すみません。つい……至ってしまいました」
揺れる馬車の中。
エリーナがフェルンの耳を触りたいと言い始め、魔法のような手さばきでモミモミしていた。
なんかプロっぽい。後、至ってしまいましたってなに?
といっても、もちろん突然そんなことを言ったわけじゃない。
エリーナは自分が獣人のハーフだったことを伝え、お互いに耳の確認した後、触れていい? と言ったのだ。
ん? よく考えると別に繋がってないな。
触る必要あった? まあいいか。
小窓からベルディ国が見える。トラバと比べるとかなり広いみたいだし、住民の声が活気づいていていい。
そういえば馬車に乗るのは軍法会議に連れて行かれたとき以来か。
巨剣、元気にしてっかなー。
嫉妬まき散らしてないといいけど、まあ大丈夫か。
「本当にいいんですか? 王城に招待だなんて」
フェルンがエリーナに尋ねる。
俺たちは昨日の夜、純血組織の襲撃を阻止した。
一晩のうちに死体は片づけられ、かろうじて生き残った一人(瀕死)はアジトを吐かせた後にどこかへ連れて行かれた。
で、エリーナから副団長としての礼がしたいと言われ、金一封と感謝の印として食事に招待された。
俺とフェルンは急ぎの旅でもないし、むしろ王城なんて場所に入れるのは嬉しかったので喜んだ。
朝起きて、のんびり向かうのかなーと思っていたら、銀甲冑に身を包んだ男たちが現れた。
『エリーナ副団長、お待たせしました』
『ご苦労様です。お二人はベルディ国においての大事な客人であり、私の推しカプです。丁重にご案内してください』
『『ハッ! ……推しカ……プ?』』
でもなんか騎士の人も謎の言葉に翻弄されていたような……。
俺にはわからないことが多いし、気にしないでいいか。
「お二人は私の命の恩人ですから。といっても、今日はベルディ騎士団としてお二人を称えたいので、昨日とは少し意味合いが違いますけどね」
「でも私はただ視界を見えなくしただけで、ほとんどはヤマギシさんが……」
「俺も下から斬っただけだからなー。誰でもできるでしょ」
しかしなぜか返答がかえってこなかった。え、なんかおかしいの?
するとエリーナが微笑みながら首を振る。
「ヤマギシさんが倒した相手は、全員が二つ名を持つ手練れでした。冒険者ランクでいうと全員が『A』ないし、それ以上でしょう。私一人なら死んでいた可能性が高いです」
へえ、あいつら強かったんだ。
ていうか二つ名っていいな。俺も人生で一回でいいから呼ばれてみたい。
「エリーナも凄かったけどなあ。一度手合わせしてみたい」
「ヤマギシさん、エリーナさんは副団長さんですから、そんなことできませんよ」
「まあそうだよな――」
「構いませんよ」
「え、いいの!? やったー」
「エリーナさん!?」
フェルンが慌ててエリーナを止めようとするも、彼女は微笑んでいた。
「私もこうみえて世界一を目指した事があるんですよ。剣を目指すものなら、ヤマギシさんの動きをみて身体が疼かないわけがありません。たとえそれが、推しだとしてもです」
「で、でも、お互いに何かあったら大変なことになりますよね!?」
フェルンが心配してくれている。冷静に考えるとエリーナはベルディ国の騎士副団長だ。
怪我をさせられるならまだしも、させちゃったら……マズイか。
「もちろん真剣ではしませんよ。私、死にたくありませんから」
「ハッ、俺はそんなヤバイ奴じゃないよ」
また返答がかえってこない。なんで!?
「騎士団庁舎の近くに訓練所があります。そこで一戦どうですか?」
「お、楽しみだなー! やほーい!」
「むう……ヤマギシさん、私は止めましたからね……?」
するとフェルンがめちゃくちゃ顔を近づけてきた。
やっぱ肌白くてモチモチそうだな。
それから小声で、
「……楽しむくらいにしてくださいね。目立ちすぎると、大変なことになるかもしれませんから」
大変なこと?
ああ、よく考えたら俺はトラバ軍で前線にいたんだ。
いくら泥除けの服を着ていたとはいえ、顔を知っているやつがいるかもしれない。
そうなるとあれか……スパイだと思われたりするのか?
それはヤバイ気がするな……なんか、大変なことになりそう……。
うーん、でも、まあいいか!
「わかった!」
「わかってませんね」
フェルンは少し溜息をつく。
でも、微笑んでくれた。
「その代わり、私の言う事ちゃんと聞いてくださいね」
「はい。フェルンが絶対にダメだっていうことはしないよ」
「別に……絶対にダメとかはいいませんけど……ヤマギシさんの気持ちは優先してほしいので……」
「へへ、フェルンならそういってくれるとおもった」
「……もう」
エリーナは微笑んでいた。
でもなんか、なんか呟いてるな。
「……推しカプ尊い……推しカプ尊い……推しカプ尊い……ちゅき、だいちゅき……ふたりまもるぅ……」
呪文みたいな感じだ。身体能力を向上させるとかだろうか。
いいな、俺も使ってみたい。
それから王城まで時間があるとのことで、色々な話をしてくれた。
ベルディ国の歴史や、移民の話。
今はハーフや獣人、人間族といった多くの種族が住んでいるらしい。
エルフは元々が少ないので見かけることはないとか。
後、魔法とは異なる能力についても教えてくれた。
後から知ったことだが、昨日倒した奴の中に魔法念話 といって頭の中で会話できるやつがいた。それが能力らしい。
「能力には先天性の場合と後天的に授かる場合があります。これは世界的に有名な話だと思いますが、お二人は知らないのですか?」
「すみません。私は森を転々としていたので……」
「すみません。俺は適当に生きてきたので……」
なぜかフェルンに眉をひそめられた。
俺はだめなの!?
「ちなみに私は基礎的な魔法が扱えます。後、能力も。ちなみにボーリーさんは風魔法が得意ですね」
「へえ風か、見てみたいな」
「凄くお強いですよ。そういえば……最近、声が聞こえるようになったといってましたね」
「声?」
「神の声が……と言ってました。もしかしたら能力が覚醒したのかもしれません。今は大型の魔物の討伐で出ていますが、ちょうど帰ってくる頃ではないでしょうか。またご紹介させてください」
そういえば虐殺隊のアルネもここの所属だよなあ。
聞いてみようかなと思ったけれど、イマジナリーフェルンがやめなさいと言った。
うむ、成長してるな俺。
「エリーナの能力ってなんなの?」
「ふふ、それは後のお楽しみということで」
「おお、いいねいいねえ!」
ワクワクが止まらない!
そこでエリーナが一つ、と人差し指を立てた。
「ただし騎士団長がいらっしゃった場合、申し訳ございませんが手合わせはなしでお願いします」
「ん、どして?」
「厳格な方なんです。剣一筋で五十年、いまだ現役です。試合など生ぬるい、殺し合いをしろ、と言いかねないほど手加減もしてくれません。私も頭が上がりませんから」
エリーナがいうなら相当厳しいお人なんだろうな。
剣一筋で五十年か、すげえ。間合いとか達人な感じなのかな。
でも――。
「俺は別にそう言われても構わな――」
フェルンが、俺を睨んでいた。
これはイマジナリーじゃない。
「なるほど、それはやめておいたほうがいいな」
うんうん。フェルンも満足そうだ。
でもやっぱり、戦ってみたいなー!!!
あ、イマジナリーフェルンとリアルフェルンに睨まれた。
現在進行形の出来事。
*エリーナとフェルンがちょっとえっち。
*ヤマギシがエリーナと仕合をする予定。*騎士団長がいない場合。
*魔法とは別に能力の存在を知る。
*全員が集合しそう。
*ヤマギシが、イマジナリーフェルンを習得した(漫画なら小さなフェルンが、メッですって言ってる)
*ベドウィンは未だ行方不明。
*アルネ、後輩、マンビキはトラバ砂漠を横断中。
*バルドラ国王が、何やら不穏なことを企んでいる。
扉絵的な同時進行。
*ボーリーが、ベルディ国へ帰宅中。
髪(――我は常に傍にいる。何があっても驚くな)
「……信頼してるよ」




