第18話 推しカプは秘密の言葉
――純血こそすべて。
この理念を元に組織は結成され、俺たちは混血と戦ってきた。
しかし奴らは卑怯な行為を繰り返し、仲間を苦しめてきた。
その筆頭の一人、エリーナ・プロス。
二つ名は断罪。
ギルドの受付と騎士の副団長の二つの顔を持つ狡猾な女だ。
表向きは温和な雰囲気だが、裏の顔は非常に冷酷である。
何百も超える仲間が、奴の刃によって天国に送られた。
組織は壊滅状態に追いやられ、いつのまにか祖国はまがい物たちの楽園となってしまった。
だからこそ念入りに計画を練った。
エリーナは数か月に一度、ギルドの受付として働く。
その後、浴びるほど酒を飲んで眠る。
仲間を集めた。奴を必ず殺すための能力をかき集めた。
さらに好都合なことが起きていた。
瞬刃のボーリー・コリンは大型の魔物討伐で不在。
虐殺部隊のアルネは、狂乱のバーサーカーと接敵した後、まだ帰ってきていないとの噂。
神が、今だと言っている。
しかしイレギュラーなこともあった。
少女とよく知らない男が飲み屋から一緒に出てきたことだ。
とはいえ好都合。
エリーナと並べて無残な死体を晒せば、それだけ奴らも怯えるはず。
これは序章。
狼煙を上げ、ふたたびこの国を我らの手に。
『全員突入』
魔法念話 を持つ仲間が、全員に信号を送る。
計画には三年をかけている。
瞬間移動、紅蓮の炎、風刀。
エリーナを殺すために連携攻撃も鍛えた。
玄関、裏口、窓、ありとあらゆる扉から一斉に突入した。
確実に成功する――はずだった。
『……た、たいちょお……』
「うわあああああああああ」
「――なん、いぎゃあああああああああ」
「い、ぐげああ……」
目に飛び込んできたのは霧だった。
エリーナの家の間取りはすべて頭に叩き込んでいる。
しかし真っ白で何も見えない。
やがて聞こえてきたのは仲間の悲鳴だ。
おそろしいほど冷気を感じる。いったいなんだ、なんだこれは。
急いで剣を構える。
そのとき、かろうじて見えるのが足元だとわかった。
だが同時におそろしい速度で男が現れた。
「――よォ、んでさよならだ」
直後視界がぐるんとする。視点が定まらない。
頭が震えて、感覚が麻痺した。
自分が地面に倒れそうなことだけがわかった。
剣を構えようと右手を動かすも、肘から先がない。血が、白い霧に消えていく。
やがて地面に倒れこんだ。
足も斬られたのか力が入らない。
それから俺は、仲間がやられていくのを眺めるしかなかった。
凄まじい速度、恐ろしいほどの剣技、笑みを浮かべながら人を斬っていく。
しかしそれをしていたのはエリーナではなく、
酒場から出てきた、普通そうな男だった。
◇
――突入前。
「――エリーナ、今日大勢と飲み会する予定あった?」
俺は、後ろでなぜか泣いている彼女に声を掛けた。
え? と言いながら歩いてくる。服は着ておらず、バスタオルを巻いていた。
「ヤマギシさん、見ちゃだめですよ!?」
「あ、わりぃ」
手で目を隠しながら、話を続ける。
「何の話ですか?」
「家が大勢に囲まれてるんだよね。結構な手練れかも。ほんの少しだけど魔力が漏れてる」
フェルンが驚いて目を瞑る。魔力感知だろう。
「……そんな約束はありませんね」
「てことは多分敵だな。もうすぐ突入してくると思う。フェルン、どう?」
「確かにほんの少し感じます。でもヤマギシさん、魔法も使ってないのになんでわかるんですか?」
「ヒョン、みたいな感じしない?」
「ヒョン……?」
いやピリッ、みたいな感じかも。
でも多分よくわかりませんって言われるだろうな。
今はいいや。
「とりあえず戦闘準備して。エリーナ、心当たりあったりする?」
「……私を狙うということは、混血を嫌う組織かもしれません」
「なるほど。フェルン、まだ酔ってるだろ? 寝といていいよ」
「いえ、私も戦います。――ヤマギシさん、ゴブリンを倒した時の連携でいいですか?」
「お、いいね。そうしよう」
「連携?」
エリーナが尋ねる。俺とフェルンが今日使った連携魔法だ。
「――視界をね、奪うんだ。エリーナ、下から攻撃してね」
するとフェルンが、魔法を詠唱し始めた。
彼女が異質なのは魔法の正確さと速度だ。
両手を地面に置き、静かに呟く。
「――水よ、現れ、凍れ」
周囲に冷気が漂う。目の前が真っ白に包まれていく。
エリーナはどう動けばいいかわかったらしい。やっぱ強い人なんだな。
直後、家の外で魔力が膨れ上がった。
さあて殺し合いだ。
男たちは明確な殺意を持って現れた。
しかし真っ白でギョッとしている。
身をかがめながら足を斬りつけると倒れこんだ。
頸動脈を斬りつけ、次へ。
一人目。二人目。三人目。
ハッ、やっぱりフェルンの魔法は最高だ。
「――お前ら、何者だ?」
「ひ、ひぎぁゃああああああ」
少し離れた場所で、エリーナが男のアレを下から突き刺していた。
痛そー。優しそうに見えるけど容赦ないんだな。
動きが綺麗だ。かなり訓練してそう。
武器は、レイピアかな?
四人目、五人目。
それなりに強い奴らみたいだけど、相手が見えないと攻撃できないよね。
適当に撃った魔法が壁にぶつかる。
「――じゃあね」
六人目。
あーァ。やっぱ魔物よりも人を殺すほうが、何倍も楽しいなァ。
七人目。八人目。
足を斬りつけた後、男の顔を見るとなんとなく隊長感があった。
理由はわかんない。ズンって顔してるから。
でもあたるんだよな。
こいつは生かしておくか。
九人目。
よし、これで終わりかな。
「――ひぎゃっぁっ」
お、エリーナも終わったみたい。
「フェルン、解除していいよー!」
大きな声で頼むと、静かに霧が晴れていく。
この連携やっぱいいな。何より楽しい。
見えない相手に殺されるって、どんな気分なんだろ。
あー、でも血が見づらいのは残念だなァ。
ん、これを言うのはあんまりよくないんだっけ。
ちなみに俺の手にはフェルンの氷剣がある。いつもありがとう。
今日も赤く染まってカッコイイです。
そこで、エリーナと目が合う。
「エリーナお疲れさん。だいじょ――」
「ヤマギシさん、大丈夫ですか!? フェルンさんもご無事ですか!?」
するとエリーナが慌てて近づいてくると俺たちの身体に触れる。
怪我をしていないかを確かめてくれているみたいだ。
「大丈夫だよ」
「わ、私も大丈夫ですよ」
「……良かった」
自分が襲われたことより、今日会っただけの俺たちを先に心配か。
ほんと、いい人だな。
「彼らはおそらく純血組織です」
「純血組織?」
「私たちのようなハーフを悪の化身だと決めつけ、無実の人をたくさん殺したんです。壊滅させたと思ってたのですが、大変申し訳ありません」
そこでフェルンが、エリーナの獣耳に気づく。
目をまんまるさせて、何か言いそうになってやめる。
ま、色々話したくなるよな
「……くそっ」
そのとき、倒れている男の一人が声を上げた。
俺が残したやつだ。
エリーナが近づき、冷たい視線を向ける。
拷問かな? 色々聞きだすのかな? わくわく!
「あなた、まだ生きてたんですね」
「……当たり前だ。お前たちのようなまがい物を野放しにして、死ぬことはできない」
右手を失って、足も斬られてるのに心は折れてないのか。
強い人だなー。普段、何食べてるんだろ。やっぱり肉かな?
「そうですか」
「……それより、あの化け物の男はどこで拾った?」
誰のことだろう。俺以外に男なんていたっけ?
するとエリーナは男の胸ぐらをつかんだ。
ここから拷問時間か。組織の内情とか聞きだすんだろうな。
プロって感じの雰囲気もあるし、色々楽しみだ。
「……いくら拷問されても、俺は何も話さ――」
「推しカプがイチャイチャしてただろうが! 尊い時間を台無しにしやがって!」
するとエリーナが思い切り大声で叫んだ。
男は困惑している。専門用語が多すぎてわかんないけど、あんな屈強そうな男を一発で怯えさせているの凄いな。
「な、なんのはな――ひぃいいい」
問答無用でビンタ。
おそろしい。
俺は、小声でフェルンに尋ねる。
「なあ、推しカプってなんだ?」
「わかりません……組織の名前でしょうか」
物知りのフェルンも知らないみたいだ。
凄いな。プロたちの会話か。
あ、またビンタした。口から血がでてらあ。歯も取れてない?
「や、やめて……何の話を……」
「推しカプがっ! いい感じっ! だったのに! 危険な目に遭わせてっ! よくも! よくも!」
それからもエリーナのビンタは続いた。
男はずっと訳が分からないといった様子だ。
まずは怯えさせるのがいいのか。
へえ、勉強になるな。
「も、もうやめてくれ。わ、訳が分からねえよ!」
その後、男は仲間の居場所を吐いた。
エリーナ、すげえ。
なるほど、ビンタしながら推しカプって言えばいいのか、俺も今度使ってみよう。
ちなみに俺も一回ビンタしていい? って聞いたら、フェルンに怒られた。
「ヤマギシさん、我慢を覚えましょう」
「はい」
「はい」
翌日、俺とフェルンはなんとベルディの王城に招待された。
◇
トラバ砂漠。
枯れた木に腰掛け、ひとやすみ中の御一行。
「……暑い。虐殺蜘蛛のせいでえらい遠回りを強いられたな」
「ですねえ。早く帰りたいですぅ。――あれせんぱい、マンビキ消えてません?」
「……だな。まあいい、奴の能力で窮地は抜けれた」
「たしかにぃ。でも、いいやつそうだったな――」
するとそのとき足音が聞こえる。
ザッザッと砂漠に足跡だけが近づいてくる。
警戒する二人。しかし現れたのは、半裸のマンビキだった。
「あれー、逃げたんじゃなかったのー?」
するとマンビキは、スッと竹筒の水を差しだした。
アルネが尋ねる。
「どこで水を手に入れた?」
「砂漠でも雨は降る。枯れ木の下、幹には水分を含んでることが多いんだ。そこからかき集めてきた。後、魔物と出会わないように一応透明にな。驚かせてすまん」
「ええー、飲んでいいの?」
「命の恩人だ。当たり前だろ?」
後輩はまずアルネに手渡す。アルネはほんのちょっとだけ口を濡らし、すぐに後輩に手渡した。
「おいしい、おいしいぃー最高だー」
後輩は嬉しそうに飲み、恍惚そうな表情を浮かべる。
それから口を開いた。
「ねえ、なんで黙って行ったの―? 水汲むって言えばよかったのにー」
「あるかわからないからな。期待をさせて落ち込ませたくなかった」
マンビキの答えに、アルネと後輩は少しだけ笑みを浮かべた。
現在進行形の出来事。
*純血組織が壊滅しそう。
*推しカプを邪魔されたエリーナが激怒。
*ヤマギシが推しカプという単語だけ覚えた。
*フェルンが、エリーナの獣耳を見て何かを話したそうにした。
*アルネ、後輩、マンビキはトラバ砂漠を横断中。
*マンビキがいい奴な気がする
扉絵的な同時進行。
*ボーリーが大型魔物の討伐を終えて、ベルディ王城へ戻ろうとしている。
髪(――奴と出会っても怯えるな。私がいる)
「……頼もしい声が聞こえるな」




