第16話 おふろしゅきれすよお
「うんうん、それでそれで? へえ、そうなんだ。フェルちゃん、お酒好きなんだねえ」
「は、はい! ここのお酒おいしいです。でも何だかふわふわしてきました」
「あらあら……大丈夫? お姉さんの肩で眠る? それともお家で眠る? 一緒に寝る?」
「まだ大丈夫です!」
「……そう。あ、ヤマギシさんはいっぱい食べてくださいね! ぐーぐー寝ちゃうぐらい、食べましょうね!」
「ありがとな! この肉うめぇ! 最高だあ」
俺たちは、エリーナの行きつけの店に移動して肉をたらふく頂いていた。
かなりの酒好きらしく、樽を横に置いて飲んでいる。
フェルンにも飲んでほしいのか、ジョッキが空になった瞬間、秒で注いでいる。
あと口調も少し柔らかくなっていた。これが素なのかな。
魔力の流れを見るとかなり強そう。いつか手合わせしてくれないかな。
そいや、エリーナの胸についていたやつ階級章だった気がする。フェルンは気づいてないけど。
「ベルディは美味しいものいっぱいでいいなあ。そいやエリーナの生まれはここなの?」
「はい、生まれたときからですよ。――そういえばお二人はどこで知り合ったんですか?」
そこで俺は固まってしまう。
どうしよう。なんて返答したらいいんだろう。
とりあえず肉を食べる。
もぐもぐ。エリーナが返事を待っている。
後は頼んだ、へべれけのフェルン。
「ヤマギシさんはねえ、私の命の恩人なんです。私を闇の中から助けだしてくれたんです」
「闇の中から助け出す? どういうことですか?」
え、言っちゃっていいのか?
エリーナが首を傾げる。
フェルンはなぜか立ち上がると、俺を見つめた。
「凄い人なんですよ。ヤマギシさんは」
「……酔ってますねえ。フェルンさん」
「へえ、これが酔うってことなんだ」
笑顔で気持ちよさそうだな。
そのまま俺の前に来て、フェルンが突然――倒れこんできた。
「えへへ、ヤマギシさん、ヤマギシさんは凄い人れすよねえ」
「大丈夫か? フェルン」
でもこんなに幸せそうなのは初めて見たな。
俺もお腹いっぱいだ。そろそろ出るか。
「それじゃあ行きましょうか」
「ん、どこに?」
「私のお家です。お伝えしていた通りすぐですから。フェルちゃんもお宿に帰るのは大変でしょうし。ヤマギシさんもどうですか?」
「確かに。それじゃあお言葉に甘えて。――あれ、お会計は?」
「もう済ませていますよ。ちょっと高くてびっくりしましたけど、必要経費ですから。フェルちゃん、歩ける?」
「ふぇ? 歩く? 歩くのは得意れすお」
自力で歩こうとしたフェルンがすぐ倒れそうになり、咄嗟に手を掴む。
これはダメだなと思い、背中で担いだ。
「よいしょっと。さていこうか」
「……じゅる……いいなあ」
「エリーナ、なんかいった?」
「何でもないです。そういえばさっきの続きですけど、命の恩人ってどういうことなんですか?」
ぎ、ぎく。
やべえ、俺は嘘が下手だぞ。
うーん、後からフェルンに怒られるのもなあ。
どうしよう。
「……俺もフェルンに助けられたことがあってな、また話すよ」
「そうなんですね。冒険者を目指してたら、そういうときもありますもんね」
助かった。狩場とかと勘違いしてくれたのかな。
にしても、エリーナ酒強いな。全然酔ってないみたいだ。
「で、家はどのあたり――」
「着きましたよ」
「え、近!? 隣じゃん!」
「お持ち帰りするなら近いほうがいいですからね」
「え? 何の話?」
「あ、いや、その!? 食べ物を持ち帰るときはね!?」
「確かにそうだな」
またエリーナよだれ垂れてら。
にしてもデカイ家だな。凄い。冒険者の受付ってそんな儲かるのだろうか。
「さて、中に入りましょうか。汗もかいてますし、フェルちゃん一緒にお風呂入る?」
「ふぇ? おふろでしゅかぁ? おふろしゅきれすよお」
「えへへ、えへへ」
エリーナ、すげえ嬉しそう。風呂好きなんだな。
あ、またよだれでてら。
「ヤマギシさんも一緒におふろはいりましよぉ」
「んー、さすがにそれはマズイんじゃないのか?」
「むむ……仲良しサンドイッチに挟まれる3Pもあり……か……」
エリーナ、何言ってんだ?
◇
「ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、マッスル様たすけ――ほぎゃっあ」
トラバ国――砂漠。
虐殺蜘蛛に名のある悪党たちが一人、一人と殺されていく。
マッスル・タンパクは自慢の筋肉で戦う――ことなく必死に逃げていた。
「どういうことだよ。どういうことだよおおおお。おかしいだろ、なんで、なんであんなつええんだよ。オレ様が前に戦ったよりも強いじゃねえかあ! おいマンビキ! どこにいるんだよ! オレ様っを、たすけろおおお!」
そんな悲痛に叫ぶマッスルの先回りしていたのは、大量の虐殺蜘蛛だった。
何とか初撃を回避するも、次の攻撃で上腕二頭筋がはじけ飛ぶ。
そのまま、マッスルは青空を見上げた。
「……ひ、ひ、これは夢だ。目が覚めたらオレ様の筋肉は肥大していて、それで、もっとデカく、デカく。ああ……あぁあああぁあぁぁぁぁぁ」
叫び声が木霊する中、木の陰に隠れてプルプル震えている男がいた。
――通称、マンビキである。
やせ細った身体、艶のない黒髪。
過酷な牢獄生活がうかがえる風貌をしているが、前髪からちらりとみれる顔は整ってる。
(なんだってんだ畜生。どういうことだよ。なんで、なんで……クソ、魔力が切れる前に消えてくれよおお)
虐殺蜘蛛はマンビキに気づくことなく通り過ぎていく。
――視えない身体。
魔力の続く限り、カメレオンのように周囲に溶け込む魔力を出し続ける。
類まれな個性を持ちながら品行方正に生きていた彼だが、母の介護をしている途中に、高いお菓子をおねだりされて仕方なく万引きしてしまう。
母の死後、罪の意識に苛まれたマンビキは自首。
同日逮捕されたマッスルの部下と勘違いされて投獄されたのである。
(……でも……自業自得か。母さん、悪い男でごめんよ)
マンビキの視線の先では、巨剣が地面に突き刺さっていた。地面には暗闇が広がり、虐殺蜘蛛が意識を持っているかのように動いている。まるで、なにかを探しているような。
そのとき、マンビキの頭上から声がした。
ふと見上げると、そこには黒とピンクの下着姿の女性二人が樹の上にいた。
「せんぱぁーぃ、セクシーですねえ。それにたゆんたゆんですぅ。ほら、幹を揺らすとたゆんたゆんって上下にぃ」
「……やめろ。早く特級呪物の報告しに帰るぞ。位置的に自国は問題ないが、トラバ軍には大打撃になるだろうしな」
「はあーい。でもどうやって帰りますー? 虐殺蜘蛛、さらにつよつよになってますしぃ。おかげで服も破られちゃいましたねえ」
「おそらくだが、虐殺蜘蛛を呼び寄せたのは特級呪物だろう。通常よりも強くなっているところをみると、力を分け与えているか、洗脳しているか」
「狂乱のバーサーカーって武器までヤバイんですねえ。もはや化け物通り越してますねえ」
「めずらしく同感だ。さて、ここからどう逃げるか。虐殺蜘蛛は目がいい。動くとすぐにばれるだろう」
マンビキは全力で耳を傾けながら思考を巡らせていた。
なぜ下着姿なのかはよくわからないが、あの二人は強そうだ。
魔力が尽きればいずれ自分は死ぬ。
そのとき虐殺蜘蛛がアルネたちを見つけて金切声を上げた。
「ひとまず樹を伝って離れるぞ」
「はあーい」
「ま、待ってくれ俺も一緒に!」
そのとき、マンビキが能力を解除した。
突然下から声がしたかと思えば男がいる。
しかしアルネと後輩は、疑問よりも体が勝手に動いていた。
瞬時に幹から降りると、マンビキの後ろに移動し、頸動脈に暗器を突きつける。
「何者だお前?」
「ひ、ひ、ひ、お、俺はマンビキで、その!?」
「殺しますかあ」
「そうだな。あの馬車の中にいたのならトラバの囚人だろう。殺せ――」
――視えない身体。
そのとき、マンビキがふたたび能力を発動させた。
同時に、アルネと後輩が異様な魔力に包まれたと気づく。
直後、虐殺蜘蛛がなぜかきょろきょろし始めた。
「こ、ころさないでくれ。お、俺なら安全につれていける!」
能力に気づいた二人が自身の手足に目を向け、うっすらになっていることに気づく。
もしかして、透明になっている――と。
「マンビキ、といったな」
「は、はい。で、でもそれは俺の本当の名前じゃなくあだ名でして――」
「魔力は後どのくらい続く?」
「じゅ、じゅっぷん、いやにじゅっぷんは!? お、俺を連れていってください!」
それを聞いたアルネと後輩が目を見開く。それから、ほんの少し笑みを浮かべた。
「いいだろう。だが妙な真似をしたら殺す。わかったな?」
「はい!」
「すごぉーい、透明になれるんだー。あ! ねえあなた、ヤマギシって知ってる?」
「お前、こんなときに……どうせあれは偽名だ」
「だってえ、もしかしたらってあるじゃないですかあ。それに、せんぱいずっと会いたそうだし。好きなんでしょお?」
「だ、だれが好き――」
「し、知ってる! お、俺たちはそいつを追いかけてきたんだ! ベルディ国にいるって話で!」
その瞬間、二人の表情が切り替わった。
「……その話、詳しく聞かせろ」
数分後、三人はベルディ国に向けて出発した。
「あ、あの!」
「……なんだ?」
「ふふー? どうしたのぉ?」
マンビキは上着とシャツを脱ぎ、突然半裸になった。
目を逸らし、二人に手渡す。
「き、汚くてすまん。で、でも……女の子がその恰好じゃマズいだろ」
「……はっ、借りるぞ」
「ええぇー! なになに優男すぎるんですけどぉー!? もしかしていいやつー?」
「いや俺は……悪いことをした人間だ」
母のことを想いながら、マンビキは一人空を見上げる。
それを見たアルネが声を掛けた。
「人は誰だって罪を犯す。問題はこれからどう生きるかだ」
「……ありがとう」
「なんか人生損してそうな顔してるねえー。うまく生きなよー。人生は楽しいよー」
現在進行形の出来事。
*ヤマギシとフェルンが依頼を達成し、エリーナのお家へ。
*フェルンが酔いつぶれている(幸せそうに)
*極悪集団+1が巨剣&虐殺蜘蛛に襲われてほぼ壊滅状態?
*ベドウィンの行方は不明。
*アルネと後輩が下着姿で登場。マンビキと出会い、ベルディ国へ向けて移動開始。
扉絵的な同時進行。
*ボーリーが髪を使いこなしてきている。
(――右方向から攻撃。左方向から攻撃。上から下に突き上げ)
「……魔物が、こんな簡単に……」




