第15話 ユニコーン乗れますか?
「ギャッハハ、娑婆の空気は最高だなお前ら!!!」
ベルディ国へ向かう馬車の中。
マッスル・タンパクが鼻の穴を膨らませながらガハハと笑った。
喜びに満ち震えているかのように大胸筋が大きく揺れる。
周りには男が十人乗っていた。
それぞれ牢獄に閉じ込められていたマッスルの手下である。
「いやあ、また人の首を切れるなんて、想像しただけでもヨダレがたれますわ。マッスル様のおかげですわ」
「ガハハ! 一応言っておくが、ヤマギシは殺すなよ! まあでも手足ぐらいならいいじゃないか? 邪魔するやつは殺せ。首切り鼠よ」
「へへ、ありがたき幸せですわ」
首切り鼠。
トラバで無差別に首を次々落としていった大量殺人犯である。
魔力を剣に変化させる能力を持つ。
「肉切りたいなぁ。女の肉がいい。いひひひ」
その隣のふとっちょの男の二つ名は鎌鼬。
遠距離から風の刃を飛ばす魔法を得意とする。
元々はトラバ軍に所属していたが、仲間を後ろから切り刻み投獄された。
ほかにも影喰いの悪鬼、骨折りの医師、月影の幻狼、星紡ぎの怪盗といった面々が揃っている。どれもドラバで有名な極悪人たちだ。
その一番後ろで頭を抑えていたのは――。
「マンビキィ! そこの水をオレ様によこせ!」
「は、はいぃ!」
お菓子を万引きした男、通称マンビキである。
「マッスル様、なんでこいつを連れてきたですか? ただのカスじゃないんですか?」
「こいつはカスだが使える能力を持ってんだよ。なぁ、マンビキィ」
「は、はい……」
マンビキが溜息を吐いた瞬間、馬車が大きく揺れた。いや、止まった。
「げへへ、到着ですかねえ」
「……いや、まだ先だったはずだ」
マッスルは眉をひそめながら影喰いの悪鬼に様子を見てこいと命令した。
その揺れで、ずっと後ろで眠っていたベドウィンが目を覚ます。
「……ん、どうしたマッスル」
「わかんねっす。いま影食いに確認してもらってます」
ふぁあとあくびをした後、突然、影食いの叫び声が外から聞こえた。
慌てて男たちが顔を見合わせる。
「鎌鼬!」
「へい!」
マッスルが声をかけると、ふとっちょがその場で馬車を内側から切り裂き、視界を広げた。
ボロボロと崩れ落ちていくと外が見え、全員の顔が青ざめる。
「……うそだろ」
「ひ、ひ」
馬車は森を走っていた。そのはずだった。
なのに地面は砂漠のようになっている。木々が枯れはじめていく。
その先に、ポツンと巨剣が地面に突き刺さっていた。
ただそれよりもおそろしいのは、周囲を虐殺蜘蛛が囲っていたことだった。巨剣がキラリと光ると、大量の虐殺蜘蛛が襲い掛かかってきた。
「な、なんでこんなこんなところに虐殺蜘蛛が!? マッスル! 私を助けろ! さもなければ爆破するぞ!!!」
「――クソ、お前ら、ベドウィン団長の近くで陣形をととのえ――」
「ひぎゃっああああああああああああ」
骨折りの医師が虐殺蜘蛛噛み殺される。
それを見たマッスルの筋肉が著しく萎縮した。
◇
「……え? ふぇ、ふぁっ!? ええええええ!? 依頼全部、もう終わっちゃったんですかあああああ!?」
冒険者ギルド、夜。
エリーナの叫び声が木霊した。ついでに桃色の髪がめちゃくちゃ揺れた。
そんな驚くようなことなのか? 俺たちは任務を達成しただけだ。
これが冒険者の仕事だろ?
「どうしたの?」
「え、いや……確かに私は今朝、お二人にお任せしました。でも……もう終わっちゃったんですか?」
「うん」
「もしかして……早いとマズかったりするんでしょうか?」
フェルンも心配している。
エリーナは眉をひそめながら依頼書を確認した。
ピピン村の近くを根城にしていたエリートゴブリンの巣の殲滅。
縄張りの意識が強く、すぐに危険性はないが、日に日に増えているので何とかしてほしいとのことだった。
――達成。
Sランク薬草の捜索。
希少価値が高く、ギブソン伯爵家からのご依頼。
捜索困難で打ち切り多数。
――達成。
と、ペラペラめくっていく。
「……エリートゴブリンは本来数か月かけて殲滅するものなんですよ」
「そうなんだ? でもあいつら弱かったぜ。なあフェルン」
「ヤマギシさんが強すぎただけだと思いますよ。笑いながらゴブリンの首を飛ばして、倒したゴブリンの耳をつなげてネックレスにしたところで、エリートゴブリンが泣きながら土下座してましたし。恐ろしいのはそのあと問答無用で首を落としたことですけどね」
ちなみに耳ネックレスは今後禁止と言われたのでやめることにした。
仕方ない。鼻にしよう。それならフェルンも許してくれるだろ。
後、土下座する相手の首を落とすのはダメ、これも覚えておこう。
「ちなみにSランクの薬草どうやって見つけたんですか? 一年間、誰も探すことができずにいました。そもそも、このあたりに生息していないとまでいわれていましたけど」
「それはフェルンが見つけたよ。むしろ一番簡単だったよな」
「はい。私は精霊とお話ができるので、どこにあるのか尋ねただけですから」
エリーナが驚きすぎて顎が外れそうだ。大丈夫かな。
カクカク聞こえる。
「おい、エリーナちゃんがあんな驚いてるの初めて見たぜ」
「すげえなあの依頼書の束……あいつらが終わらせたのか」
「ボーリーの試験に合格してたやつらじゃねか。やっぱすげえんだな」
俺たちの話をしている。褒められている? のかな。
一枚めくるたびに、エリーナは奇声を発した。
ゴブリンみたいだなって呟きかけたら、フェルンがこっちを見てきたので言わなかった。
俺、成長している!
でもその後、オークみたいなデカイ声だなっていったら怒られた。
魔物で例えるのは良くないらしい。
ようやく落ち着いたエリーナは少しお待ちくださいと言って、後ろに消えていった。
それから巾着袋を持ってきてくれた。
「お待たせいたしました。こちらが報酬になります」
袋はかなり小さい。でもまあ一日しか働いてないし仕方ないかと思って中を開けたら金色でピカピカしていた。
ん、これって確か――。
「き、金貨!? それもこんなにですか!?」
フェルンが叫び、俺の記憶とも一致した。
すげえ、てか前線でのお金まだもらってない事にも気づいた。
巨剣と一緒にもらいにいかないと。
「達成貢献度を考えたらこれでも少ないくらいです。依頼書の中には高額なものもありました。それとエリートゴブリンの耳は素材としても高く売れるので、そちらも買い取りに回しました」
「おお、やっぱ耳ネックレス作って正解だったか!」
そういうことじゃないですから、とフェルンに言われた。
するとエリーナが、行きましょうかと声を掛けた。
「ん、どこに?」
「塩漬け依頼をこんなにも解決してくれたんですから、お二人をねぎらうための打ち上げです。大丈夫です。私が全部奢りますから!」
「え、マジ? やったな、フェルン!」
「ええ、そ、そんなの悪いですよ!?」
するとエリーナが、フェルンに歩み寄り満面の笑みを浮かべた。
「気にしないでください。冒険者ギルドの受付として当たり前のことですから」
「……そうですか。なら、嬉しいです」
「フェルンさんお酒は好きですか?」
「え? 普通くらいですけど、どうしてですか?」
「弱いですか?」
「ど、どうでしょうか?」
「酔うとふわふわしますか?」
「え? そ、そうですね」
「記憶がなくなったりしますか?」
「わ、わかりません」
「ユニコーンに乗れますか?」
「何の話ですか?」
その答えに満足したのか、にへへとエリーナが笑う。
「それじゃあヤマギシさん、フェルンさん行きましょうか。私の行きつけのお店があるので。お酒もいっぱい飲みましょう! 私のお家が近いので、疲れたらお泊りしてもいいですよ」
「お、それいいな! 楽じゃん!」
最高だ! といったところでフェルンが俺の服の袖を掴んだ。なんでだろう。
しかしいい人だなー、エリーナ。
フェルンの目をじぃっと見つめるときに舌をペロッとしてたけど、もしかして唇が乾燥しやすいのかな。
「エリーナさん、お口からヨダレが出てますよ」
「ふぇ!? だ、大丈夫です。ありがとうフェルちゃん」
「いえいえ。……フェルちゃん?」
「な、何でもないです! さあ、お肉食べましょう! お肉!」
「やったー! 肉いっぱい食うぞー!」
いやー楽しみだなー。最高だなー冒険者って。
「美味しそうだなあ、ほんと」
エリーナ、フェルンを見ながら言ってない?
現在進行形の出来事。
*ヤマギシとフェルンが依頼をいっぱい達成した。
*トラバ軍、極悪集団+1が虐殺蜘蛛に襲われている。
*アルネと後輩は現在行方がわからない。
*エリーナが、フェルンを見ながらヨダレを垂らしている
扉絵的な同時進行。
*ボーリーがついに覚醒した。
(悪人が死んだ。また死んだ)
「……頭から声が聞こえるけど、これなんだ?」




