第14話 一目惚れ。
冒険者ギルドに移動した俺たちは、壁に貼り付けられた依頼書を見つめながら頭を悩ませていた。
初めて受ける依頼だから簡単なほうがいいのか、それとも『A』ランクの恩恵を受けられる高額な依頼を受けたほうがいいのか。
それとも、土地勘のない俺たちは国の中でできる依頼を受けたほうがいいのか、それとも、それとも……。
……ダメだ。俺には難しすぎる。
「フェルン、この賞金首の奴らを全員ぶっ殺そう。高額なやつから血祭りにあげる感じでどう?」
「うーん、見つけられないから高額なんじゃないんですか?」
「……たしかに」
ちなみに大雨は止んだ。ぼちぼちと冒険者がやってくると、壁の依頼書を手に取り、受付に移動していく。
急がなければ飯にありつけなくなってしまう。
俺は戦うのが得意だ。何かを探すよりは、できるだけぶっ殺す系がいいんだけどなあ。
その辺に悪いやつ歩いてないかなあ。この際、悪そうなやつでもいいんだけどなあ。
「何かお困りでしょうか? 私でよければお聞きしますよ」
そのとき、後ろから声を掛けてきてくれたのはギルドのお姉さんだ。胸元に受付の名札を付けている。
エリーナ、と書かれていた。
前に冒険者の説明してくれた人とは違う。
淡い桃色の長い髪、目鼻立ちが綺麗だ。
魔力の流れを見る限りでは結構強そう。
ん? 胸――。
っと、フェルンがなんか俺の目線を気にしている?
ここの言及はやめておくか。
「ありがとう。俺たちどの依頼を受けるか悩んでるんだよね」
「なるほど、お二人はパーティーさんということですね」
「は、はい! 色々ありすぎてどれがいいかなと話していたんです」
「ふむふむ、今までのご依頼達成率はどんな感じでしょうか? 良ければ傾向などもみましょうか?」
「それがまだ一度も受けたことがないんです。先日合格したばかりで……あ、こちらですね」
フェルンが胸元のネックレスを取り出して見せる。
それを見て、お姉さんが声を上げた。
「え、『A』!?」
続けて俺も見せると、更に驚いていた。
「ふ、ふたりとも!? あ……そういえば試験でボーリーさんに勝ったお二人がいると……あなた達だったんですね!? 凄い……」
なんだか照れる。でも、褒められるのって嬉しいかも。
簡単な自己紹介をして、握手をした。
フェルンがじぃっと見ていたような、気のせいかな。
「申し遅れました。私はここで受付をしているエリーナです。最近はずっと本部で働いていて、今日は久しぶりに戻ってきたんですよ」
「へえ、本部って?」
「冒険者本部です。ここから南側へ行くと茶色の大きな建物があるんですけど、それですね。今は色々忙しくて……」
「ふーん、何かあるの?」
俺の問いかけに、エリーナは少しだけ間をおいてから口を開いた。
「狂乱のバーサーカー、のお噂は御存じでしょうか?」
狂乱。
あー、そういえば初めてここへ来たときに冒険者たちが噂してたやつか。
精鋭部隊をハゲにしたとか。後、めちゃくちゃ強いんだっけか。
「強いやつってくらいは」
「私も聞きました。精鋭部隊の毛根を奪いとったと」
あ、フェルンも聞いてたんだ。
するとエリーナが顔を近づけ、小声で話しかけてきた。
「すみません、そこは……ちょっと声を落としてもらえると嬉しいです。なにせセンシティブなお話なので……後、毛根が残ってる方もいます」
「ご、ごめんなさい。つい!?」
「いえ、こちらからお聞きしたのに申し訳ありません」
なるほど、ハゲはセンシティブだから声を大きくしない。
よし覚えた。
しかしエリーナは丁寧な人だな。この国は優しい人が多い。
「話を戻します。狂乱のバーサーカーは、今この国で最も有名な人物です。私たちの国の侵攻をすべて食い止めた恐ろしい相手でもあります。どんな攻撃も食らわず、どんな魔法も効かず、といっても誰もその本当の姿は見たことがありませんが」
すげえ。カッコイイ……。そんなやつがいるんだ。
「見たことはないとは、どういうことなんですか?」
「顔を隠しているみたいです。正しくは、泥除けの服を着ていたみたいですが」
泥除けか。なんか前線を思い出すな。
狂乱も俺と同じように苦労していたのだろうか。風呂にも入れず、毎日泥と戦っていたのだろう。
しかし国の侵攻をすべて食い止めるなんて、めちゃくちゃヤバイやつだな。
フェルンはそれを聞いて何か考えている様子だった。どうしたんだろうか。
「世の中には凄い人がいるんだな。で、それがどうしたの?」
「前提としてトラバと私達の国が戦争状態にあるのは知っていますか?」
「もちろん。だって俺はトラバぐ――むぐっ」
突然、フェルンに口を押えられた。
目で訴えかけられる。そうだ。忘れていた。トラバ軍から来たなんていったらマズイことになる。
「トラ・トラ・トラ! ですトラ・トラ・トラっていう掛け声が、私たちの中で今流行りなんですよね! ねえ、ヤマギシさん!」
凄い言い訳だな。とりあえず合わせこう。
「すみません。トラトラトラなんです」
「ふふ、よくわかりませんが面白いですね。トラトラトラですか」
なんとかうまくごまかせた。
むしろ気に入ってくれて、響きがいいですねと喜んでくれた。
「トラバと戦争をしていることはもちろん知っています。ええと、でもなぜ戦争しているのかは知らないんですが……」
そこで、フェルンが問いかけた。そういえば知らないのか。
あたり一帯が干ばつ地帯になって、飲み水や食料がなくなって、それで戦争を仕掛けてきてるって――いや待てよ。
そういえばこの国に来てから美味しい食事しか食べていない。
水も冷たくて美味しかったし、街を歩いていても誰も苦しそうにしていない。
……おかしいな。どういうことだ?
「トラバ軍は国境を越えての違法にダンジョンを無断で登頂したり、国で保護されている動物を誘拐したり、ずっと揉めていたんですよ。でも、一番の理由は魔物の違法改造を軍が行っているんです。それをやめさせようとしているんです」
ん、そんな話は知らないぞ。どういうことだ?
「本当の話なのか?」
「もちろんです。連盟に加盟している国はみな知っています。だからこそ、多重攻撃を仕掛けているのです」
エリーナの魔力の流れが正常だ。
つまり、本当ってことか。
トラバ軍は嘘をついてたのか。
上層部は流石に知っているはず。
前線の監視が少なかったのは、あえてそうしていたのか。
何かあったとき、バレる人数は少ないほうがいいもんな。
「トラバ国は全滅させるのか?」
「そんなことはしません。あくまでもトラバ軍との問題ですから。一般市民の方には手を出すつもりはありません、と総意で決まっています」
それからエリーナは、狂乱のバーサーカーの姿が最近見えないらしいということまで教えてくれた。
とはいえ確実ではないので、これからも慎重にいくらしい。
「次の侵攻では、軍と冒険者ギルドが力を合わせて、となっているんです。すみません。話が大きくそれましたね。依頼についてご一緒に考えましょうか」
「いや、すっきりしたよ。ありがとう」
それからエリーナは依頼について詳しく教えてくれた。
薬草の位置とか、魔物の場所やまとめたノートまで。
「魔物の中には共食いで強くなる別種もいるので、気を付けてくださいね」
「ありがとう」
本当にいい人だな。
この国に来てから悪いことが一度もない。
なのに公園の壁ぶっ壊しちまったなあ。
「そういえば一つ聞いていい?」
「なんでしょうか?」
「あの片隅の依頼書、随分と汚れてるけどなんで?」
俺は、壁の隅っこにある依頼書に目を向けた。
さっきから気になっていたからだ。
「ああ……“塩漬け”依頼になってしまってるんですよね」
「塩漬け?」
「すみません。冒険者の言葉なんです。任務の難易度と報奨金に差があると、割に合わないということで誰も受けてもらえないんです。その状態が続くと、塩漬けされた食べ物みたいに放置されている、という意味で……恥ずかしいです。そこまで手が回らない私たちの責任でもありますから」
そこでフェルンと顔を見合わせた。
どうやら同じ気持ちらしい。いい人には、できるだけ同じことをしてあげたい。
ああよかった。フェルンの気持ちがわかった。
目を合わせて頷いて、エリーナ声を掛ける。
「それを受けたいな。できればずっと放置されてるやつがいい」
「え? ありがたいですが、お伝えしたように……Aランクの方々からするとかなり実入りが少ないのもありますが……」
「それでもやりたいです! ねえ、ヤマギシさん」
「ああ、そうだな。困ってる人もいるだろうし」
するとエリーナは突然頭を下げた。
「ありがとうございます。あなた方みたいな人が冒険者になってくれた事を大変嬉しく思います」
本当にいい人だ。
エリーナに依頼を整理してもらって、上から順番に受けることにした。
最初は少し離れた村から。
魔物のせいで作物の収穫ができないらしく、困っているらしい。
討伐系なので、俺的には嬉しい。
「ありがとうエリーナ、また達成したら戻ってくるよ」
「お待ちしております。私がいなければ、受付の方にお伝えしてもらえれば」
「ご丁寧にありがとうございました!」
そのまま外にでようとすると、エリーナに「最後にすみません」と声を掛けられる。
「まだ先なんですが、冒険者の方々から“傭兵”をお願いする予定なんです。狂乱のバーサーカーと戦うことになるのかもしれませんが、もしお力を貸していただけるようであれば考えて頂けると幸いです。ボーリーさんも参加予定ですので、喜ばれるかと思います」
傭兵か。トラバには巨剣を取りに帰らないといけない。
狂乱のバーサーカーとも戦ってみたいし、ありだな。
外に出て、フェルンにも尋ねようとすると先に声を掛けられた。
「ヤマギシさん、私は構いませんよ。あなたについていきます」
「ありがとう。そうだな、巨剣のこともあるしな」
「それに、私たちを捕まえたあの軍をとっちめてやりたいですから!」
明るいフェルンに思わず微笑んだ。
元気になってくれてよかった。
「よし、じゃあ初任務頑張ろうぜ。ちょっと遠いけど、走れば半日でつくだろ」
「そうですね。あ……あとヤマギシさん」
「ん、どうした?」
「その……もしかしてエリーナさんみたいな人がタイプなんですか?」
「え? なんで?」
「……いや、お嫁さんが欲しいっていっていましたし、スタイルも良かったですし……それに性格も……ずっと嬉しそうでしたから」
「んー、考えてなかったけど確かに、そうかも。エリーナみたいな人、良さそうだなあ」
「……そうですか」
「え、どうかしたか?」
「何でもないですよ。村の人たちが困ってるので早く行きましょう」
「え、でもなんか――」
「何でもありません」
どうしたんだろう。突然冷たいような。
「はい」
「はい」
やっぱり人の気持ちって難しい!
「でも俺、フェルンみたいな人が一番好きだな」
「……え?」
「だって、優しいし、一緒にいて楽しいから」
あれ、今度は嬉しそう。
◇
冒険者ギルドの受付場の裏で、エリーナは一人、書類を見つめていた。
「あの人たちがボーリーさんを降参させたんだ。二人ともいい人そうだったな。それに……可愛かったなあ。人懐っこい目に、白くてもちもちの肌。まだ……したことないのかなあ。初物、食べてみたいなあ」
そのとき、エリーナの頬からヨダレがたれ、慌てて拭いた。
「いけないいけない。真面目モード真面目モード。落ち着いたらアピールしてみようかな。きっと喘ぎ声も可愛いだろうなあ……ふふふ、フェルンちゃん、可愛かったなあ」
エリーナが見ていた書類はフェルンのだった。
彼女は生粋の百合である。
好きなものは小さくて可愛い女の子(*成人済)。
特に好きな物は初物。照れ屋だとなお良し。
「そういえばヤマギシさん……強そうだったな。一体何者だろ。――“傭兵”募集のとき来てほしいな。騎士団長に直接直訴してみようかな。あ、これ外さないと……」
胸のピンに気づき、ポケットにしまい込む。ヤマギシが気になってみていたものはこれだった。
鷹の上に三本の線が入っている。
ベルディでの副団長を示す階級章だ。
「冒険者の受付と二足の草鞋、いつまで続けられるかな。でもいろんな人と会えるから楽しいんだよなあ。……――あ、そうだ。騎士団長に任務の名前『トラトラトラ』にしてもらおうかな。なんか、響きおもしろかったしなあ。あー……また会いたいなあ。フェルンちゃん……仲良くなれたら、フェルちゃんって呼ぼうかな。ふふ、ふふふ。食べたい、食べたいなあ」
現在進行形の出来事。
*ヤマギシとフェルンが塩漬け依頼を受けた。
*トラバ軍、極悪集団+1がヤマギシを捕まえようとしている。
*アルネと後輩、巨剣に襲われている?
*エリーナが、フェルンを見てヨダレを垂らした。
扉絵的な同時進行
*ボーリーが頭部マッサージ店を週2通いに変えた。
(週2だ。いいか一本を増やしたければな)
「……週2にしようかな。そのほうがいい気がするな」
これからも、ちょっと変なヤマギシと百合に狙われているフェルンをよろしくお願いいたします。




