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第10話 髪の啓示

「伸縮性が抜群で、着心地も良いかと思います」

「おー、確かにすげえ動きやすい。これにします!」


 食事を済ませた後は、服屋で新しいのを見繕ってもらっていた。

 上下真っ黒で、白い縦線が入っていて好きだ。

 流石に返り血を浴びたまま試験を受けるのは印象が悪いだろう。


 で、それ以上にフェルンの布切れが穴だらけで、街の人がジロジロみていた。

 本人はハーフエルフだからといっていたが、俺は目を見れば相手の思っている事が何となくわかる。

 食堂でもそうだったが、この街の人たちはあまり差別がないみたいだ。

 追いはぎ軍団は、もしかしたらここの出じゃないのかもしれない。


「お待たせしました」


 そのとき、小さくて肌の白い、耳がピンと立った美少女が現れた。

 上は緑っぽいドレスで、下は黒ショートパンツ。

 誰だ? と思っていたら、すっかり見違えたフェルンだ。


「誰かと思った」

「もしかして、また猫みたいな……感じですか?」

「いや、あまりにも綺麗だったから」


 俺の発言の後、フェルンはなぜか顔を逸らした。

 なんでだろ?


 会計が終わり、外に出ると気持ちが晴れやかだった。

 泥だらけじゃない服。動いても肌に泥の感触がない。


 素晴らしい。これがちゃんとした服だ。


 おいっちに! さんしっ!


「ヤマギシさん、謎の動きは街の中ではやめておきましょう」


「はい」

「はい」


 その後、ばれないように歩きながら踊っていたらまた注意された。

 フェルン、厳しい!



「ではこちらにお名前を記入していただき、裏庭に移動お願いします。もうすぐ試験が始まりますので」


 冒険者ギルドに移動した俺たちは、早速試験についてを受付のお姉さんから教えてもらっていた。

 思っていたよりもギリギリだったらしい。

 フェルンが、小声で話しかけてくる。


「実際、何をするんでしょうかね?」

「さあ。でも多分、戦うんじゃない?」


 そういえばフェルンが直接戦うのを見たことがないな。

 戦えない、とは言ったことないし、ちょっと楽しみだ。


 実際、魔法剣はかなりの強度だった。

 めっちゃ強かったら、一度手合わせお願いしたい。


「ヤマギシさん、なぜ私の横顔を見てるんですか」


 後、目線にもよく気づくので、多分強いんだろ。



 裏庭から外に出ると、だだっ広い原っぱに出た。

 食堂の店員はやめておいたほうがいいと言っていたが、十人くらいはいる。

 全員、屈強な男たちだ。


「いつもは百人ぐらいいるのに、流石にすくねえな」

「そりゃそうだ。ボーリーが試験官のときの合格者はゼロだからな」

「けど合格すりゃそれだけで一気にランクが上がるらしいじゃねえか。何より箔が付く。第一、俺が負けるわけがねえ」


 かなり気合入ってるな。しかしいいこと聞いた。

 ランクが上がればその分依頼も増えるだろう。


 原っぱに視線を戻すと、さっきまで誰もいなかった場所に男が立っていた。

 長い黒髪、まるで女性みたいな艶やかだ。

 目から口にかけて斜めの傷がある。驚いたのは、怪力という名のは割には細身だったことだ。

 服はゆったりとしていて、なんだっけ。和風っぽい。


「よぉ、オレが試験官のボーリーだ。簡単な自己紹介だけしておこう。冒険者ランクは『A』。けど普段はベルディの軍で働いてる。ま、二足の草鞋ってやつだ。――知ってると思うが、この国は今戦勝状態だ。なのに試験官をしろと駆り出されてオレは機嫌が悪い。用事もあるんでな」


 小声で、フェルンが試験官は、高ランクの人から選ばれると教えてくれた。

 なるほど、そういうことか。


「本来ならめんどくさい試験が必要だ。学科とか、指定した魔物を狩ってこいだの。けど、オレにそんな時間はない。――このオレに一撃を与えてみろ、それだけで合格だ」


 なるほど、わかりやすい。

 俺の隣にいた男たちが「マジかよ!」と嬉しそうに声を上げた。

 確かに複雑なことを考えなくていいのは楽だ。


「誰でもいい。サッサと終わらせて帰りたいからかかってこい」

「――よっしゃあ、俺様がいくぜ!」


 隣のデカイ男が、デカイ声を上げた。

 武器はめずらしい。とげとげの鉄武器だ。


「けど、ボーリーさんよ。あんた武器がねえじゃねえか」

「オレはなくていい。開始はそうだな、お前が攻撃を始めた瞬間にしよう」


 ボーリーはかなり自信満々みたいだな。

 気にまったく乱れがないし、姿勢もいい。

 後、髪が綺麗だ。


「――そうか、なら遠慮なく!!!!」


 すると男は、問答無用でハンマーを右から降り、ボーリーの横腹を狙った。

 いい攻撃だ。あれは避けづらいだろう。


 と、思っていたら――。


「はい、次」


 男の身体が、ピタリ止まった。

 ほどなくして男は膝から崩れ落ち、周りの仲間たちが叫んだ。


「お、おいどういうことだよ!? なにしやがったぁ!?」


 視えてなかったのか。

 ただボーリーが、男が動いた後、素早く右手を突き出し、喉元を突いたのだ。

 それもかなりの速度、そして力だった。

 怪力だけじゃなくて、素早いのも特徴なんだな。


「クソ、俺が仇を取ってやる!」


 元気よく叫んだ男は、数秒後、同じく膝をついた。


「で、次は?」


 後は誰も名乗り出なかった。

 そこで、俺が前に出る。


「じゃあ、俺が!」

「ああ」


 フェルンは「気を付けてくださいね」と声をかけてくれた。

 正面で対峙して、ふうと深呼吸する。


「お前、武器は?」

「ないよ。そっちも素手だし、これで」

「そうか」


 フェルンに氷剣をお願いしてもいいが、フェルンの手の打ちを明かすことになるしな。

 さて、大事な試験だ。楽しみだな!

 

 俺はその場で少し力を入れた。

 いや、殺気を込めた。


 するとボーリーが静かに右手を突き出した。


 ん、なんだ?


「まいった」


 ……え?


 どういうこと? まいった?


「参りました」


 え、なんで!?


  ◇


 オレの名前はボーリー・コルン。

 

 こうみえて腕が立つ。


 幼いころから魔力が高く、身体能力を強化できる能力を持っていた。

 あだ名は怪力。ついでに目も良かったオレはケンカで負けることは一度もなかった。

 やがて冒険者になった。数々の偉業ってやつを達成してすぐに『A』まで到達した。

 その後、色々あってベルディ軍にも入隊。やがて精鋭と呼ばれる部隊へ配属されることになった。


「ボーリー、ついに『魔の北』に行くのか。絶対に死ぬなよ。そして、俺みたいになるな」

「何言ってんだよ。オレみたいにって、お前ピンピンしてるじゃねえか」

「……行けばわかる。いいか、正気を保てよ。深呼吸を忘れるな」

「ったく、ビビりすぎなんだよ。オレがすべてを終わらせてきてやるよ」


 戦争が始まってから、『狂乱のバーサーカー』の話は耳にタコができるほど聞いた。

 そいつは虐殺蜘蛛(デスクリーチャー)が出現する『魔の北』にたった一人で鎮座していて、どんな気配も見逃さず、どんな魔法も効かないという。


 ……なわけあるか。きっと何かカラクリがあるんだろう。


 精鋭部隊は、俺を含めて十人ほどだった。全員がそれぞれオレと同じで能力者(ギフテッド)だ。

 雑兵は連れていかない。邪魔になるからな。


 『狂乱のバーサーカー』は、細身な男だということしかわかっていない。

 泥除けの服を着ていて、顔を隠している。そして、強すぎること。


 ハッ、おもしれえ。オレはそいつを殺して、ベルディでもっと有名になる。

 そしていつか、アルネ(・・・)を……倒してやる。


「――ひぎゃっああ」

「――ぐっ」

「……ぐぇっぁっ」


 しかしそんな気持ちは、『狂乱のバーサーカー』らしき(・・・)奴と出会った瞬間、霧のように消え去った。

 姿がチラリと見えたかと思ったら、次は後ろに立っている。


 『寝る前の運動だ。手加減しておくよ』


 奴はそんなふざけた事を言いやがった。けど、その言葉通り、仲間が次々と一撃でやられていく。


 どいつもこいつも、ベルディでは無敵のような奴らだった。

 でもそれは、『狂乱のバーサーカー』からしてみれば一般兵士となんら変わらなかったのだろう。


 結論から言えばオレは負けた。それも一撃で。


 不思議と悔しくはなかった。圧倒的な力ってのは、プライドも奪い去るらしい。


 そして友人の言っている言葉もわかった。


「ボーリー……」

「すまねえな。お前の忠告を守れなかった」


 友人は、オレの頭部を見つめながら大粒の涙を流した。


 極限のストレス状態にさらされたオレは、いやオレたち精鋭部隊は、全員ハゲて帰ってきた。


 何よりも辛かったのは、兵士の誰一人もそれを笑わなかったことだ。

 同情し、ただ涙を流す。


 せめて……せめて笑ってくれよ。

 これじゃ精鋭部隊じゃなくて、毛根零部隊じゃねえかって……。


 その後、毛根零部隊の一人はあまりの辛さに田舎に帰った。

 神の手(ゴットハンド)の異名を持つ、究極魔法の使い手だった。

 残りの生涯を『毛根回帰術』の開発にすべてをそそぐらしい。

 ちなみに俺も、月に一度支援金を送っている。マジで頑張ってくれ。



 そんなオレは今、週に一度、怪しげな頭部マッサージに通っている。


 初めは嘘だと思った。そんなもんで生えるか? ってな。

 でも、先週生えたんだ。一本だけだけどな。……涙が出るほどうれしかった。

 そこで女性用のカツラも貸してもらっている。艶やかな髪を見るたび、鼓舞されるんだ。


 今日も予約を入れている。

 急がなきゃなんねえ。この一本を、大事に育てなきゃなんねえ。


「――次は俺の番だな!」


 ひょろい男だった。倒して、すぐに終わらせよう。


 そう思っていたら、なぜか俺の頭部が汗を流した。


 どういうことだ。何が起きている。


 対峙した瞬間、全身の鳥肌が立つ。


 そのとき、髪からの啓示があった。


 戦うな、引け、一本(わたし)を失ってもいいのか、どこからともなく聞こえてきたのだ。


 訳が分からない。でも俺の身体は正直だった。震えが、止まらない。


 気づけば降参していた。


 自分でもよくわからねえ。でもたぶん、正しかったんだろうな。


 試験官が参ったなんて、末代までの恥だ。


 でも正しい選択したと確信している。


 なぜかって? そりゃ髪に聞いてくれよ。


 俺はもう冒険者を引退するよ。


 これからはできるだけ、髪を労わるように生きる。


 そうしたほうがいいって、髪が言ってる気がするんだ。

【大切なお願い】


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