第1話 たった一人で前線を止めていた俺に「役立たずが」だと?
「ヤマギシ二等兵。役立たずとは、お前のことをいうのだな」
前線から戻り、テントで一息ついていたら、突然軍服を着た男たちが現れた。
汚れのない綺麗なシャツを着ている。お付きの二人は後ろで少しニヤニヤしていた。
「立ち上がって敬礼しろ。私の階級が見えないのか?」
「失礼しました」
襟には中尉の階級。そもそも、突然そんな言葉をかけられたのだ。一体何のことかわからなかった。立ち上がり敬礼するも、上官は不服そうだ。
「ふん。泥だらけの肌に小汚い黒髪、これだから流れ者を入隊させるのは嫌だったんだ」
「髪は生まれつきなので難しいですが、事前に通知をいただければ、泥は払っておきました」
「ふん、常に綺麗にしておけばいいだけだろう」
このあたりはぬかるみが酷く、外に出たらすぐ汚れてしまう。
それに水にも限りがあるんだがな。
まあここに長くいなければわからないことか。
この前線に配置されたのは半年前。俺たちの暮らすトラバ国は今、近隣諸国から戦争を吹っ掛けられている。
きっかけは農作物。周辺国一帯が干ばつになってしまって、飢えるくらいなら、ということで戦争を仕掛けられた。
だがそれは南側の国。北側から攻撃を仕掛けられるそぶりはなかったらしく、念のためと一人監視の任務についた。
ボーっと地平線を眺めているだけの楽な仕事、そういわれていたが、実際は大きく違った。
のんびりできたのは一日目だけで、二日目から敵が攻めてきたのだ。
初めは一部隊。それから二部隊、三部隊と増えていった。流石に一人ではきつかったし、敵が来る時間もバラバラだった。
幸いここは左右が壁に挟まれていて、道は一本しかない。
問題は交代要員がいなくまともに眠れなかったことだ。
おかげで眠りながら気配察知を習得してしまった。眠りが浅くなったので、あんまり嬉しくないが。
もちろん報告書にも記載した。
合わせて、援軍要請も出していたのだが、今の今まで誰も来たことがなかった。でも、ようやく来てくれたのだろう。
「ヤマギシ、お前はもう終わりだ」
「……終わり?」
「報告書のことだ。わからないのか?」
連絡がこない間に敵の戦力は増えに増え続け、先週は魔戦特務隊と名乗る連中が深夜に攻撃を仕掛けてきた。
高速魔法を使う部隊で、とにかくすばしっこかった。
「魔戦特務隊のことですか?」
「ああ、お前が撃退したんだろう?」
「はい。特に、リーダーのアルネが強く、大変でした」
「――くっくくっはっはは!」
すると突然、上官が笑い始めた。それにつられて、隣の男たちもだ。
「何もわかってないみたいだな、ヤマギシ」
「何がでしょうか?」
「墓穴を掘ったな。どこで名を知ったのか知らんが、お前が撃退したという相手はとんでもないやつだぞ」
「とんでもない?」
「無知なお前に教えてやろう。いいか、報告書に上がっていた部隊は、通称虐殺隊。誰もその姿を知らず、見えず、倒せず、だが唯一名前のわかっているアルネは希代の英雄と言われている暗殺者だ。お前がどこでその名を知ったのか知らんが、虚偽と一発でわかるほどに浅はかだった」
虐殺部隊? 希代の英雄? 俺は、先週の事を思い出す。
『……あなた、名前は?』
『――ヤマギシ二等兵』
『……嘘でしょ?』
『何がだ?』
『これほどの強さで、二等兵?』
『強い? 俺がか?』
『……そうやって誤魔化すのね』
『別に俺は大したことないぞ』
『……ねえ、うちの部隊に入らない? 金は言い値で払う。最高の家も、環境も用意する。……欲しければ嫁も』
『何の話だ?』
『……冗談。そんなに強ければ国の大事な人だろうしね。――私たちは完全に敗北したわ。私の名前はアルネ。じゃあね、世界最強さん』
アルネとは、俺をからかって消えていった女性だ。追いかけようとしたが持ち場を離れるわけにはいかなかった。虐殺部隊とは、さすがに情報が間違っているとしか思えない。
どこかですれ違いがあったのだろう。
「私は、一切虚偽の報告はしておりません。敵部隊の情報もすべて真実です」
俺が気付いたことはすべて書いてある。
それをちゃんと見てないのだろうか?
すると上官はさらに不服そうな顔をした。
「それは軍法会議で判断することだ。結果は分かりきっているがな」
「軍法会議? 私がかけられるのですか?」
「当たり前だ。お前以外に誰がいるというんだ? 報告書が事実なら、一人でここを守っていたのだろう?」
「はい。おっしゃる通りです」
「くっくっく、ははは、嘘もそこまで突き通すとはプライドを感じるな」
上官は高らかに笑い始めると、下卑た目で俺をにらんだ。
「それと、これはなんだ?」
上官は、立てかけていた巨剣に視線を向けた。
俺の身長ほどある大きさで、大事な相棒だ。
「自前のものです。正規の剣は折れてしまいました。それも報告書に記載しましたが」
「はっ、このデカいのがか? お前みたいな細い体で扱えるわけがないだろう。大方必死に持ってきたんだろうが、虚勢を張りたいのがみえみえだ。だったら振ってみせろ。ほら、できるか?」
「……今ここで振ってよいのですか?」
「ああ、許可してやる。ほら、やって見せろ」
俺は巨剣を手に取り、ブンと軽く一振りして見せた。
これで嘘ではないと信じてくれるはずだ。
だが上官は予想に反して怯えた様子で声を上げた。
「ひ、ひぃ。き、貴様! 上官の前で武器を振るうとは何事か! 覚悟しておけよ! お前ら、つれていけ!」
「「はっ!」」
すると男たちは俺の腕をつかみ始めた。
一体、なんでこんなことになった? 報告書は時間通りに送っていたし、やるべきことはやっていた。
まあいい。何かの手違いのはずだ。
こんなことで俺を罪人にするほど軍の上層部もバカではないだろう。
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