7 決闘とシルヴァ様
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「────メリディアナ・オーリウィック!」
「…………」
授業を終えて、放課後また図書館に向かおうとしたら、今日も女子生徒たちに足止めされた。
五、六人の女子生徒たちの中央にいるのは、マクシーナ・ウィール様。
昨日いたもう一人の公爵令嬢であり、私に決闘を申し込んできた張本人だ。
一緒にいるのは昨日もいた取り巻き令嬢たち。
「決闘召喚状は読んだかしら? これでいよいよあなたに制裁を下すことができるわ!」
鼻息荒く言うマクシーナ様。
くるくるした巻き毛が良く似合う可愛らしい顔立ちなのだけど、我の強さが全面に出ている。
「わざわざそんなお話しをなさりに?」
「ええ! あなたの絶望している顔を見にね! 平気そうな顔を装っているけれどわかっているのよ。王族令嬢にして、二年生女子では魔法の成績トップを誇るこのマクシーナ・ウィールを相手にすることに震え上がっているのでしょう?」
「いえ、まったく」
「どうせ、本命はルーク殿下なのでしょう! 元平民の女に魅了魔法なんてかけられて、お可哀想……」
「だからかけてませんてば」
「そんなことをしたって王妃にはなれないというのに。でもそうよね、あれだけお美しい方ですもの。あの方を手に入れたいと思ってしまう、その気持ちは痛いほどわかるわ」
「シルヴァ様の方がかっこいいと思います」
「でも! ルーク殿下の名誉を汚すことは許さないわ。退学してしまえば、あなたのご自慢の魅了魔法もかけられない。そうすれば殿下も正気に戻られるわ!」
「だから、そもそも魅了魔法ってすごく危険な……」
「退学の後は、今までの悪行の証拠をすべて洗い出してあげるわ! すべてを失うのを楽しみに待っていなさい!」
押しの強いドヤ顔で言いたいことだけ恐ろしい勢いで並べ立てたマクシーナ様は「行くわよ!」と取り巻きたちを連れて去っていった。
うんまぁ、実害はなかったけど。
「……人の話を聞かないのは王家の血ですか?」
思わず呟いた。
シルヴァ様は例外だけど。
マクシーナ様は、自分が一番でないと気が済まない人で、同性は敵視するか見下すかのどちらかだ。
昨日は一緒に来ていたけど、同じ王族かつ、美人で成績優秀で非の打ち所がない令嬢と讃えられるアナスタシア様のことも、本当は大っ嫌いらしい。
とあるストーカー王子が訊きもしないのに悪口を言ってきたことがあった。
……と、ここからもわかるように、ルーク殿下のことを好きだと死ぬほどアピールしているマクシーナ様に対して、ルーク殿下は彼女を死ぬほど嫌っている。
(政治的な都合で押し付けられた婚約だし、ルーク殿下にも気苦労はあるんだろうな)
だからこそ。殿下に必要なのは、他の女性に癒しを求めることじゃない。
ちゃんと婚約者と(あるいは国王陛下や周りの人と)話し合って問題を解決することだろう。
私が巻き込まれる理由も侮辱されるいわれもない。
気を取り直して。図書館に着いた私は、目当ての資料を閲覧し始めた。
この学園で行われた、過去の決闘に関する資料だ。
「うーん。なかなかないなぁ。今回ほど酷い言いがかりみたいな決闘って……」
「本当だ、相当酷いな」
「!」
手に持っていた書類を後ろからひょいと取られ、恐る恐る振り返る。
「……シルヴァ様」
「決闘召喚状と共に出された、マクシーナ・ウィールの訴状の写しだな。訴えが何から何まで事実に反している」
「あ、あの、もしかしてもうご存じで……?」
「大学部にも噂が回ってきた」
早い。
まぁ、宰相の令嬢の動向なら、大学部の学生たちも気になるのだろう。
「過去の決闘の資料を調べていたのか?」
「はい。決闘には応じるつもりなのですが、マクシーナ様からの訴状の内容が酷かったので、訂正する反訴状を出しておこうかと。間違った訴状でも、こうして記録に残ってしまいますからね」
学園の決闘制度では、決闘を受ける側も、勝った時の相手への要求を設定できるようになっている。
なので、反訴状に添えて、私が決闘に勝ったらマクシーナ様は今後自分の派閥の女子生徒たちに嫌がらせをさせないこと、というこちらの要求を盛り込もうと考えていた。
シルヴァ様に誘われ、私たちは近くの利用者用の机に座る。
「こんな正当性のない決闘申請を承認して、生徒会はまともに審査をしているのか?」
「ああ……それは……」
「彼女か」
「…………」
否定できないまま沈黙すると、シルヴァ様の顔に影が落ちる。
決闘申請を承認したのは、高等部生徒会長、アナスタシア様だ。
強欲な大人たちの権力闘争さえなければ今ごろは結婚に向けて準備を進めていたはずの元婚約者のことを、なんとも思わないなんて無理だろう。
「俺が彼女に話を」
「大丈夫です」つい、さえぎった。
「どうして。おかしいだろう、こんなの」
「ですよねーおかしいですよね! 本当にそう思います」
シルヴァ様のまっとうな言葉が嬉しい。
この人が私のために怒ってくれるだけで、すさんだ心はとても癒される。
「ただ、それでも嫌がらせを止めるチャンスだと思うんです」
だからあまり甘えたくはないのだ。
払える火の粉は自分の手で払いたい。
銀の睫毛に縁どられた神秘の青。
ミステリアスなその目に、鼓動が速くなる。
恐いくらい何もかもを見透かしてくるようで。
(綺麗だなぁ……この目)
望遠鏡と一緒に机の奥深くにしまいこんだ感情が疼くのを、無理矢理グッと押さえつけた。
「心配しないでください。私、勝ちますから。
このままじゃシルヴァ様にもご迷惑をおかけするばかりですし。
マクシーナ様と決着をつけられるだけでも、私にとっては良い機会なんです」
シルヴァ様は少し考え「……わかった」とうなずいた。
目を伏せると銀の睫毛の長さが際立つ。
もう知り合って八年以上になるのに、毎回違った魅力を見つけてしまって困る。
「だが迷惑だなんて思うな」
「いえ、そんな」
「俺も君に救われた」
「……え?」
つい聞き返したけど、シルヴァ様はそのまま目をそらしてしまった。
(何かあったっけ?)
思い返してみても、シルヴァ様を助けるようなことをできた覚えがない。
父が亡くなったあの日からお世話になりっぱなしだ。
……廃嫡され婚約破棄されたあの時も。
そのあと一年ほど、傷ついたシルヴァ様が荒れている時も。
私には見ていることしかできなかった。
もっと何かできたんじゃないかと今も考えてしまう。
その時、背後の方で女子生徒のヒソヒソ声が聞こえた。
悪意のこもった耳障りな声……。
「────ほんと、あのピンク髪は節操がないのね。魔力なしの欠陥品にまで」
「────そうよね、触られたら魔力なくなるんでしょ?」
(!)
思わず立ち上がりかけた私の腕を、一瞬早くシルヴァ様が掴んで止めた。
「すまない。
俺も君の悪評の原因になってしまっているようだ」
私以外には聴こえないだろう声でささやく。
向こうに気づかれないようにか、私の方を見さえしていない。
だけどその大きな手は、確固たる意思をもって私を止めている。
背後の無礼な輩にも、手出しをしてはいけないと。
(……そんな澄ました顔で……シルヴァ様……)
そんなことされたら、振り返って女子生徒たちをにらむのが精一杯だ。
ビクッとした顔をして二人とも逃げていった。
顔覚えたぞ……まったく。
(廃嫡までは、みんなシルヴァ様を大切にしていたのに)
魔法が使えない以外は王の資質にまったく問題ないと、誰もが言った。
それどころかその多才ぶりから初代国王の再来とさえ讃えられていた。
そんなシルヴァ様が突然廃嫡されることで起こった反対の声や不満の声。
それらを押さえ込むために、ウィール宰相とその一派は、悪評をばらまいた。
王子としては欠陥品だとか、魔力無効化障害の子が王家に生まれるなんておかしい、本当に王の子か疑うべきとか。
中には、シルヴァ様に触られた人間は魔法が使えなくなってしまうなどの、酷いデマさえあった。
もちろん、多くの理性的な貴族たちは、その誹謗中傷やデマに乗ることはなかった。
だが学園の中では、ウィール宰相派閥の親をもつ令息令嬢たちが今もそれを吹聴し、シルヴァ様を馬鹿にしているのだ。
(ほんと……みんな最悪だ)
ウィール宰相も、押し切られてシルヴァ様の廃嫡を決めた国王陛下も、そ知らぬ顔で何一つシルヴァ様を庇わなかったドラウン前宰相も、デマを広げる生徒たちも……。