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46 【過去】シルヴァと娼館の子どもたち

     ***


「…………シル…………えっと、スライさん?」

「…………あ、いや、これは…………」


 前回の遭遇からたった二週間だ。

 なぜこんな危険な場所でメリディアナと顔を合わせることになるのか、まったくわからない。


 王都の中でも随一と言われるほど、犯罪者が集まる裏社会の歓楽街。

 そこで鼻血まみれの男たちを十数人ほど地面に転がしている時に、なぜ彼女に遭遇するんだろう。

 いまやオーリウィック侯爵家令嬢であるはずの彼女と。


 顔にも手にも返り血。犯人は明らかに俺。男たちを殴り倒した言い訳がまったく思い浮かばないでいるうちに

「ゔわぁぁぁぁぁんスライイイイッ!!」

解放された子どもたちが三人、泣きながら必死で走ってきて俺にしがみついてきた。


「ええと……その子たち、バリー夫人の娼館の子どもたちですか?」


 相変わらず察しが早い。それは良いが、柄が悪い場所に一人で来るのは本当にやめろ。……と、いまここで言っている暇はない。


「……言いたいことはお互いあるだろうが、取り急ぎ子どもたちを連れて帰ってもいいか?」

「そうですね、少なくともここからは離れた方が良いですね」


 周囲の不穏な空気は言わずとも伝わったようで、神妙な顔をしてうなずいたメリディアナは、素直に俺についてきた。 



 ────バリー夫人の娼館まで三人の子どもたちを連れて帰ると、心配していたらしい母親の娼婦たちが館を飛び出してきた。

 号泣する者、泣きながら叱る者、叱った後は抱き締めてまた泣く者。

 世間の母親というのはこういうものなのらしい。俺は、母にも父にも抱き締められた記憶がない。

 

 いったい何がおきたのかとメリディアナに聞かれたので、状況を簡単に説明した。


 バリー夫人のもとで働いている娼婦の子どもたちの中で、年長の……といっても十歳ほどの年頃の子たちが男女四人集まって、大人はどんな遊びをしているのかという話をして盛り上がったらしい。

(子どもらは口を濁していたが、どうやら半分以上は性にまつわる興味だったようだ)

 そうは言っても住んでいる娼館の近くだと、親やバリー夫人に見つかって叱られるかもしれない。

 だから、子どもたちだけでちょっと離れた歓楽街に足を踏み入れたのだとか。

 そこが、普段いる場所よりもかなり恐しい場所だとも知らずに。

 挙げ句、子どもたちは悪い大人に捕まって売り飛ばされかけた。

 子どもの一人がなんとか逃げ出して、バリー夫人の娼館から別の場所に寝床を移していた俺に助けを求めてきた……という次第だった。


「…………なるほど。悪い子たちですね」


 泣きじゃくる悪ガキたちを呆れたように見るメリディアナ。


「でも、大人の世界が見たかったのはわかります。気になってしまう年頃ですよね」

「……そうだな」


 愚かで浅はかと言えばそうなのかもしれないが、子どもなら多かれ少なかれ必ずそういうところがあるだろう。

 残酷な大人たちにとっていかに自分たちが利用価値の高い存在か、気づいたときには地獄に落とされている。そして幼ければ幼いほど、心に残る傷は深くなる。

 本当ならもっともっと、守るためだけに手を掛けられれば良いのだが。

 親は親で、必死で自分と子らの食いぶちを稼いでいる状況で。


(…………ああ、そうか)


 なぜバリー夫人のもとが俺にとって居心地が良かったのか、いまさら腑に落ちた。

 俺の未熟なところをそのまま子ども扱いされたから。

 まだゆっくり成長していけば良いのだと、あるがままを受けとめられたからだ。


(……いろんな場所で、いろんな環境で育つ子どもたちがいる)


 バリー夫人の娼館の子どもたちはまだ親に守られている方だ。もっとひどい環境の子どももいれば、親に食い扶持を稼ぐよう強いられる子どももいる。

 犯罪を犯す以外に生きる道がないような形で放り出される子どもたちも。


 ……俺がまだ政治を動かせる立場だったなら。法や政策を決められたなら。

 そんなこと、考えても仕方がないのに。


「…………で、君は? なんであそこにいた?」

「あ……それは……」

「危険な場所だから、また誰も連れてこなかったのか? 髪を隠していたが、誰か知人に顔を見られてしまったら、文字通り命取りな醜聞になりかねなかったぞ」


 しばらく、メリディアナはシュンとしょげた様子だったが「……その……シル……スライさんが、いなかったので」と答えた。


「……俺が?」

「バリー夫人のところからいらっしゃらなくなって……どこに行かれたのかわからなくて……義兄に相談したら『きっとあの方のことだから、困っている人間がいる場所で、人を助けていらっしゃるんじゃないか』と」

「…………」


 結果的に何となく合ってはいたが、アバクスの中の俺はどんな聖人君子なんだ。

 そしてメリディアナ。『困った人がいる場所』と言われて、なぜ裏社会ど真ん中な場所にやってきた。

 いや、そもそもなぜわざわざ俺を追って……俺が姿を消したからだな。全部俺のせいか。


「……スライさんは、とても子どもたちに信頼されているんですね」

「……? 普通じゃないか?」

「いやいやいや……私も子どもたちに接する機会はありますけど、あんなに気を許して頼ってはくれませんよ?」

「それは……さすがに君もまだ子どもだから」

「子どもじゃないです、もうすぐ十四になります!」


 ぷくっ、と頬を膨らます表情がむしろ子どもらしくて安心した。


 ……ああ、俺はメリディアナに引け目を感じていたのか。

 楽な方に堕ちていく俺とは逆に、まだ十三歳なのに一人前の大人のように人を守り助けていくメリディアナが眩しかったのか。


「今いらっしゃる場所は、眠るとき暖かいですか?」


 急に変なことを聞かれた。


「……君が気にすることか?」

「…………もうすぐ寒くなるので。平民の建物の寒さは舐めてはいけません」

「……………………」


 これからまた俺が姿を消したら、彼女はまた俺を探すのだろう、確実に。危ないところにだって行ってしまうのだろう。


「…………バリー夫人のところに戻る」

「!」

「次から絶対に一人では来るな。それだけは徹底してくれ。あと、アバクスは連れてくるな」

「ふふっ……義兄はすねると思いますが、わかりました」


 彼女の身に万一があれば、オーリウィック先生との約束を破ることになるから。そう自分に言い聞かせた言葉は、どこか言い訳じみていた。



「…………ああ、それと、もうひとつ」

「は、はい! なんでしょうか?」

「男娼の診察には別の医者を探してくれ。さすがに十三歳女子(きみ)がするのはちょっと」

「……………………ええと……その……はい…………」


     ***

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