41 君の意思で
向かいに座っていたシルヴァ様が、私の隣に座る。
一気に距離が近くなる。視界の端に、憧れていた横顔。見飽きない鼻筋。体温。
「……あの?」
「聖女の件は、聖皇庁と決着がついた」
「! ありがとうございます。あの……直接交渉いただいたのですか?」
「ああ。どうにかな。少し、人の力を借りたが……」
「……?」
「脳干渉魔法の犯人のほうは……どうやら学園の中ではなく、茶会や夜会の場で、主に社交界デビュー済みの令嬢を狙ってかけたようだ。
ただ君の姉に関しては、言葉を細かく操作するために学園に職員を送り込んだと見られる。一人失踪している職員がいる」
「ありがとうございます……犯人は絞れそうでしょうか?」
「そうだな……何人かには。君の邸に寄って、後で詳しく話したい」
確かに、義両親や義兄もいる場でお話しを聞いたほうが良いかも。
報告の内容にホッとした私に、シルヴァ様が声をかけた。
「ひとつわがままを言って良いか?」
「? 何でも大丈夫ですが」
「君の髪は……そのままが良いとおもう」
「…………???」
なぜ髪の話に?
「君の髪を見るたび癒される。色も綺麗で、まっすぐで風に流れるように揺れて……俺はその髪をずっと見ていたい」
「え、あの……アナスタシア様とお話ししてたことですかっ」
恥ずかしい。あんな会話が聞こえていたのか。
「し、しませんよ!? 染めたり切ったりなんてっ。私、自分の髪が本当に気に入っているんですからっ」
「……本当に?」
「は、はいっ」
父と私を捨てた母親も同じピンクの髪だったということが引っ掛かりはするけれど、それ以上に、父は私の髪をいつも褒めてくれた。
この髪は、私のアイデンティティのひとつだ。
「……良かった」
「そんなにピンクがお好きだったんですね?」
「違う。君の髪が好きだと言っている」
「あの……まさか、あの時書類をおとしたのって」
「……言うな」
耳を赤くして、シルヴァ様は顔を背けてしまった。
不覚にも可愛いと思ってしまい、混乱した。
今のは髪の話であって、私の話じゃない。
自分に言い聞かせる。
平常心、平常心。下手なことを口走らないように。
「……触れて良いか」
「え、ど、どうぞ。お好きなだけ」
わざわざ手袋を外したシルヴァ様の指が、ゆっくり私の髪をとかしはじめる。
その感触が気持ち良くて、一方で胸のなかは、蝶が羽ばたくみたいに心臓が躍っている。
指先が時々、首筋や肩や背中に触れると、思わず目を閉じてしまう。
「……心労が多いが、休めているか?」
「は、はい。睡眠と栄養はしっかりとっています」
「こんな時でも君は強いよな」
「いえ……力不足を実感してばかり、守られてばかりです。脳干渉魔法のことだって、もっと早く気づきたかったですし」
「そういうところだ。そこが強くて眩しい」
「えっと……」
「なのに時々ずいぶん赤くなって可愛いらしい」
「……か、からかわないでください!」
「本音しか言っていない。……ずっと君に言いたかった言葉がたくさんある」
シルヴァ様は髪に触れていた手をおろし、私の手に、そっと重ねる。
「あの……」
「この病院は、あの場所に近いな。二年前の」
「…………あ、そうでしたね」
二年前。心身とも荒れていた時のシルヴァ様と、この近くで再会した。
「三年前までは、ただ大事な友達だと思っていた」
「……?」
「それに、オーリウィック先生との約束があるから守らなければならない相手だと。
廃嫡の後は……正直、自分のこと以外考えている余裕がなかった。直後は運命を受け入れたつもりで、これからは弟たちを支えようと思った。
だが、自分を取り巻くあらゆることが変わってしまった現実に一つ一つ向き合っていくと、耐えがたくなって……王太子だという支えがなくなれば自分はこんなにも弱かったのかと、消えたくなった」
「シルヴァ様……」
「そんなどうしようもなくなった俺を、君は探してくれた。それから……」
シルヴァ様は言葉を切り、そして噛み締めるように続けた。
「あの時君がいてくれたから、俺はもう一度ちゃんと人生を歩もうと思えた。俺は君に救われたんだ」
「…………そんな」
そんな風におっしゃっていただけるほど、大したことはしていないのに。
「褒章授与式の夜は、魔が差した」
「え?」
「このまま夜を過ごせば、君は他の誰のものにもならないと思った。君は一貫して結婚なんてする気はないと言い続けてきたから。それならいっそ、俺以外の誰にも奪われないようにしたかった」
手に触れられているだけなのに、まるで抱き締められているように感じる。シルヴァ様の声が身体の芯に響く。
「でも、やっぱりそれは違う。君は、人生を自分で決められる人だ。自分の痛みを自分でしっかり引き受ける覚悟がある女性だ。流されて外堀を埋められるんじゃなく、自分で考えて道を選択するのが似合っている」
「シルヴァ様……」
「俺は、君の意思で君に選ばれたい」
「……え」
私の手を取り、吸い込まれそうな青い双眸で私をジッと見つめながら、シルヴァ様は口づける。
「メリディアナ・オーリウィック、俺と……」
───────ズズズズズズン!!
恐ろしい音と共に、馬車が激しい揺れに襲われた。




