40 終わっていた恋と、まだ知らない願い
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「……つまり……『魅了魔法』ならぬ『脳干渉魔法』にかけられていたのは、王子殿下方ではなく、わたくしたちということなのね」
王都の病院に急遽入院したアナスタシア様のもとを訪れると、かなり弱気になった声でそうおっしゃった。
アナスタシア様の父親である宰相は当初外聞をきにしてか入院を拒んだそうだけど、脳干渉魔法にかけられているという診断書を見せると、しぶしぶうなずいたそうだ。
実の娘を役立たず呼ばわりして他の家の娘を養女にしようとしておきながら、なんとも腹が立つ態度だ。
「そうですね。大半が女子生徒でした。まだ公表はされていませんが、症状が重篤な生徒からひそかに治療に入っています。
マクシーナ様もその疑いがあるので、診察できるように交渉中です」
「…………わたくしも含めて……操られているのは自分たちのほうだとも知らずに、男子生徒たちがみんな魅了魔法にかけられているなんて言って馬鹿にしていたのね。……恥ずかしいわ」
これまでの自分を支えていた矜持が粉々に砕けたかのようなアナスタシア様の暗い声。
「あなたにあらぬ疑いをかけて、申し訳ないことをしてしまったわ。謝罪いたします」
ゆっくりと紡がれる声に、私はうなずいた。
私もとても大変だったし、ようやく謝罪してもらって良かった。
婚約解消のショックとか親との関係とか、大きなストレス要因もある。
医者としては、アナスタシア様の今後の回復のことを考えると、あまり落ち込みすぎたり、自分を責めすぎたりはしないでほしい。
「それで、わたくしを含めた操られた生徒たちは、あなたに対する悪い情報を誇張して増幅していったのね。それもなぜか、ロマンス小説の悪役女性のイメージで」
「たぶん、このピンクの髪のせいなんでしょうね。それで……うちの義姉まで巻き込むことになってしまって……」
義姉レイチェルは、アナスタシア様に比べると軽症で健康体だったけれど、同じ病院に入院している。
自覚がなかったとはいえ、言葉を操作されて私の悪評を撒くのに荷担してしまっていたことに、本人はかなりショックを受けているようだ。
「……犯人は、誰なのかしら」
「それが問題ですよね。ここまで大掛かりだと……やっぱり私個人よりも、義父かオーリウィック侯爵家に恨みを持つ者のたくらみでしょうか?」
「どうかしら。普通に貴女個人が狙いの可能性もあるのではなくて? そもそも貴女、かなりの有名人のようだし」
「有名人? 誰がですか?」
「この記事」
アナスタシア様が突き出してきた新聞を見ると、『被災地の女神オーリウィック侯爵令嬢”聖女”の地位を辞退!? 背景に王族からの圧力か!?』
という見出しが飛び込んできた。
「被災地の女神……?」
「あなたの渾名じゃないの?」
「いや知りませんし初めて聞きましたし」
「平民は貴女が無理矢理辞退させられたと思っているようね。辞退撤回を求める運動が一部で起こっているみたい」
「うわ……皆さんちょっとほっといてくださいよ……私は普通の人間ですけど?」
「普通の人間は魔獣の群れを瞬殺できないんだけど? ……要は貴女、目立つのよ。能力も魔力も経歴も考え方も容姿も髪色も。目立つ人間には悪意も集まるわ」
「…………」
アナスタシア様、落ち込んでいるかと思ったらズバズバ言ってくる。
さすが、将来王妃になるために鍛えられた女性。精神の強靭さが違う。
新聞をみているとイナン帝国での女性皇帝即位の記事も目に入った。
新皇帝『鉄腕皇女』は戦場で片手を失いながらも、魔道具の鋼鉄の義手をつけて戦い続けたとか、戦友の喪に服して黒の鎧をまとい、常に頭を剃り上げていたとか。
そのイナン帝国からは、もうじき使節団がこの国の王都にやってくる。
宗教は違うけれどかなりの大国なので、我が国としても関係を築いておきたい相手だ。そんなタイミングで王家の内情はバラバラ。なかなか厳しいものがある。
「まぁ、目立つというのなら、この髪も本当は、切ってしまうか染めてしまうかしてしまったほうが良いんでしょうけど」
さすがにそれはできないし───と言いかけたその時、廊下のほうで何かがバサッと落ちる音がした。
扉の近くに立っていた私の護衛が、駆け寄ってパッと扉を開く。
すると……
「シルヴァ様?」
落としてしまったらしい書類をあわてたようすで拾いあげているシルヴァ様と目が合った。
「あ、いや……これは」
「アナスタシア様のお見舞いにいらしたのですよね? すみません、私出ますっ」
「いや、君の迎えに。なんで出ようとする?」
「それは……その」
元婚約者で、廃嫡以来お話をしていないとはいえアナスタシア様はシルヴァ様のことがまだお好きな様子で、セオドア殿下との婚約もなくなった。
シルヴァ様のお気持ちはわからないものの、お二人でお話しするなら、私は邪魔になるのでは、と思ったのだけど。
「……つ、つもるお話とか、おありでは?」
「話? 話、か」
困った様子でシルヴァ様はしばらく考え、アナスタシア様を見て口を開いた。
「この前より顔色が良くなったようだな」
「……ありがとうございます。おかげさまで」
「お大事に。まだ君たちの話がおわっていないようなら俺は階下で待っているからゆっくり話しているといい」
え、それだけ?というような短い会話を終えてシルヴァ様はそそくさと病室を出た。
予想外のシルヴァ様の反応に戸惑っていたら、アナスタシア様がため息をつく。
「……当たり前でしょう。シルヴァ様のお気持ちを考えなさい。三年も前に婚約破棄した相手と、何を話せというの?」
「それは……アナスタシア様は良いのですか?」
「今さら何かシルヴァ様にお話しする権利が、わたくしにあると思う?」
まるで自分を糾弾するような口調で、アナスタシア様は言う。
「三年前、親も立場も国民への義務も何もかも捨ててシルヴァ様だけを選べば良かったのよ。でも、わたくしはそうしなかった。王族として生まれて、死ぬまで『良い姫』でいないといけないと思い込んでいた。その時点で終わっていたの。終わっていたのよ。
あなたに言われた『未練たらたら』って言葉、本当にその通りだわ。シルヴァ様を選べなかったくせに、シルヴァ様の幸せを勝手に自分の思う形に嵌め込んでいた」
「アナスタシア様……」
「もう、貴女たちの婚約には何も言わないし、脳干渉魔法をかけた犯人を捕まえる協力もするわ。それで少しは……」
アナスタシア様はなにか続きを言いかけて「……何でもないわ」と打ち消すのだった。
お話を終えた私が階下に降りると、病院の待合室でシルヴァ様がお待ちになっていた。
「もう大丈夫か? 義姉君のほうは?」
「はい、お迎えありがとうございます。義姉にはアナスタシア様の前に会ってきたので大丈夫です。さっきお持ちになっていたのは」
「この病院に入院している生徒たちからの証言をまとめた調書だ」
馬車に乗りこんだ。護衛士は御者の隣に。シルヴァ様と私は座席に向かい合って座る、
揺られながら、目の前のシルヴァ様を見ては考えてしまう。
────シルヴァ様の幸せを勝手に自分の思う形に嵌め込んでいた。
アナスタシア様のさっきの言葉が、私の胸にも刺さっていた。
ついさっき、シルヴァ様はアナスタシア様と話したいんじゃないかと決めつけた。
王太子に戻りたいはずと思い込んでいた。だから、王位継承権を失う形になってはいけないと思った。
シルヴァ様は本当は、どういう未来をお望みなんだろう?
何がシルヴァ様にとって幸せなんだろう?
「……メリディアナ」
「は、はい!」
「……そちらに座っても良いか?」
「…………え?」




