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4 【過去】魔法の使えない王子様

 それからシルヴァ様は、たまにうちにいらっしゃるようになった。

 畏れ多いことに、父の蔵書が大変お気に召したらしい。


 ほとんどの場合、本を借りてすぐ帰ってしまうけど、軽くお話しして帰ることもあり。

 そういう時は私も同席させてもらうことができた。


 シルヴァ様は国民の生活をお知りになりたいらしく、学校のことや、庶民の子どもたちの日常について私に訊いていらした。

 緊張で物言いがたどたどしくなりながら、私は必死に答えた。


 慣れてくると、シルヴァ様ご自身のお話も聞かせてもらえるようになった。

 王太子としての日常。

 こなす公務や課題などなど。


 ある日、シルヴァ様が何か布の袋に包まれた長いものを持っていらっしゃったことがあった。


「シルヴァ殿下、これは何ですか?」

「君に土産(みやげ)だ。よかったらあげる」

「お土産……?」


 言われるままに、袋を開いてみる。

 すると、何やら綺麗な装飾が入った、太い筒のようなものが出てきた。

 太い筒と、細い筒が重なっている形。

 両端に固くて透明でツルツルしたものがはまっている……?


「リディ。細い方を目に当てて、窓の外を向けて覗いてごらん」


 いたずらっぽく笑う父に言われ、そーっと目を細い方に近づけて、アッと声をあげてしまった。

 うちから少し離れたところにある家が、信じられないほど近くに見える。


「お、お父さん、これ、すごい! なにこれ!?」

「望遠鏡だよ。殿下が趣味でお作りになったそうだ」

「ぼっ、ぼうえんきょう!? ……殿下が!?」


 子供向けの科学の本に出てきた、すごく遠くまで見えるという道具。

 一度覗いてみたいなって思っていたけれど、それを作った……?

 シルヴァ様は少し照れ臭そうに「一度自分でも作ってみたかったんだ。気に入ったなら良かった」と言う。


「う、うれしいですけど、私がいただいてしまって良いのですか?」

「ああ。残念ながらアナスタシアはこういったものにあまり関心がなくてな。俺が何か作って贈っても微妙な反応なんだ」

「ああ……そうなのですね」


 これまでにも何度か話題に上っていたその人は、シルヴァ様の、婚約者最有力候補だった。


「彼女は、詩集や物語の本なんかは喜ぶんだが……あとは花や髪飾りか」

「ハハハ、殿下はちょっと好みが独特でいらっしゃいますからね。アナスタシア様のお誕生日プレゼントに手作り天球儀を贈ってらしたときはいろいろ心配になりましたよ」

「せ、先生! 今は気を付けています!」 


 顔を赤くしたシルヴァ様は、こほん、と咳ばらいをした。


「……ま、まぁ……人には好みがあるから、趣味じゃないものを押しつけても仕方がないしな。贈る相手には喜んでほしいし」


 王族のご令嬢、アナスタシア・ドラウン様。

 シルヴァ様の従妹にあたり、とても頭が良く、美しい方だという。

 疑う余地のない政略結婚。だけど、シルヴァ様の話を聞いていると、仲がよくて遠慮がなくて、まるでもう家族みたいだ。


 顔も知らないその方のことを思い浮かべると、なぜだろう、ちょっと胸がチクッとする。

 手作り天球儀も、私だったらものすごく喜んだと思うのに。

 名前もつけられないもやもやした気持ちを抑えこみながら私は「ありがとうございます。望遠鏡、大切にしますね」と笑顔を作ったのだった。



   ***



 シルヴァ様が婚約したというニュースが国中を駆け巡ったのは、その翌年のことだった。


 お忙しくなったのだろう。我が家にいらっしゃることもめっきりと減って、寂しく思っていた。

 そんなシルヴァ様が、半年ぶりぐらいにうちに来てくださった日のこと。


 シルヴァ様の手に、包帯が巻かれていた。


「おけがをなさったのですか?」

「ああ、剣術の鍛練の時に、少し」

「そうなんですね」


(切り傷ぐらいなら治癒魔法でかんたんに治るはずなのに……侍医さんがお休みだったのかな?

 でも、お父さんだってすぐに治せるのに何で治してあげないんだろう)


 父が席をはずしたタイミングで、私は思いきってシルヴァ様に言ってみた。


「シルヴァ殿下、そのお手てに治癒魔法をかけてもいいですか?」

「え?」

「私、得意なんです。平民の学校では魔法は習わないですけど、お父さんが魔法をいろいろ教えてくれるので……あれ?」


 詠唱を口にする前に、違和感を覚えた。

 シルヴァ様の手にかざした自分の手に、魔力が集まらない。

 いや、全身からこの手に集めているはずの魔力が、消えていく……?


「魔力が使えないだろう?」


 その時のシルヴァ様の表情をどう表現すればいいだろう。

 薄く微笑みながら、その裏に悲しみと達観がひそんでいるような……同じ子どもとは思えないお顔。


「……あ、あの……えっと……?」

「君のせいじゃない。俺に魔法はかけられないし、俺のそばでは魔法は使えない」

「ど、どういう……ことですか?」


 私はただ息を飲んで、次の言葉を待った。


「俺は魔力無効化障害なんだ」


     ***


「魔力無効化障害というのはね、百万人に一人といわれる特異体質なんだよ」


 シルヴァ様が帰られた後、父に訊いたら教えてくれた。


「そもそも魔法を使えるだけの魔力を持っている人が、この国のなかでもすごく少ないのは知っているね?」


「うん。貴族とか聖職者でもほとんどの人は魔法を使えないんだっけ」


「そう。魔力をまったく持たない人だってありふれている。そういう人でも、私たちがかける医療魔法は効くだろう? ところが魔力無効化障害だと、自分の周囲の魔力を無くしてしまうんだ」


「無くしてしまう……?」


「うん。検査に魔法が使えないので魔力無効化障害の研究はほとんど進んでいないんだが、その皮膚に、自分の意思と関係なく魔力を無効化してしまう力が宿っているようなんだ。だから医者はシルヴァ殿下に医療魔法をかけることはできず、通常医術しか施せない。シルヴァ殿下自身も魔法を使うことはできない」


「そうなんだ? たいへん……ケガをしたら治るまで時間がかかるのね。かわいそうシルヴァ殿下」


「そう……そう、だね」


 歯切れの悪い返事をした父は「リディは優しいね」と何だか切なそうに微笑んだ。


「実は、お父さんは、シルヴァ殿下のお身体に効くような魔法を開発したいと思ってるんだ。いろいろ試しているんだけど、難しくてね」

「そうなの? お父さん、がんばって!」

「はは。がんばってみるよ」

「もしお父さんができなかったら、私もお医者さんになるから一緒に魔法の研究しよう!」

「おお。それは楽しみだね」


 当時の私は知らなかった。

 国民全体からすれば魔法を使えない人の方が圧倒的に多いけれど、王族にとって魔法は『使えて当たり前のもの』であることも。

 特に古い考えの貴族たちや聖職者たちの間で、魔法が『王としての力を象徴するもの』とみなされていることも。

 王宮の権力闘争は激しく、シルヴァ様の魔力無効化障害及び『魔法が使えない』ことが、反王太子派の攻撃材料になっていることも。

 シルヴァ様がどれだけの重圧のなかでどれだけのものを背負って日々努力し続けているのかも。

 子どもの私は、何も知らなかった。


「ねぇお父さん、私も殿下みたいに剣術やってみたい!」

「ええ? どうしてだい?」

「だって、自分でもやってみたら、どういうケガをするかわかるでしょ? 治癒魔法の研究に役に立つと思うの!」

「そうか……でも剣術はなぁ……女の子に教えてくれる先生がいないから」

「ね、お父さん、お願い! 剣術が無理ならほかの武術でもいいから!」


 うーん……と、しばらく考えてから、父はニコッと笑った。


「そうだね。武術は魔力コントロールにもつながるらしいから良いかもしれないね。確か護身武術だったら女性も教えてもらえるはずだから、知り合いを当たってみようか」

「やったぁ! ありがとう、お父さん!」


     ***

護身武術の参考:バーティツ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%84

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