39 診断結果
回復したアナスタシア様は、気乗りしない様子だったけれど、私は彼女を何とか馬車にのせることに成功した。
「……やっぱり。脳干渉魔法らしい感じは確かにありますね。専門医に診てもらわないと断言はできませんが」
アナスタシア様の額に触れ、脳の深層部の魔力の乱れを読み取りながら私は言った。
私に触れられたくなさそうな顔をしながら、アナスタシア様は問う。
「どういうことなの?」
「脳干渉魔法はかけられていると見抜くのがすごく難しいんですけど、最近簡易チェックのための試験紙が開発されたんです。アナスタシア様を医務室に運んだ時、校医の先生が念のためにそれでチェックしてみて、反応が出たという感じです」
「…………何かの間違いではないの?」
「試験紙自体は、見落としがないように曖昧でも反応が出るように作ってあるので、まだ何とも言えないですね。うちの邸に専門医の先生をお呼びしているので、診ていただきましょう」
アナスタシア様は険しい表情だ。
知らないうちに脳干渉魔法にかけられていた、というのは、多くの患者にとってかなりショックなことらしく、どんなに言ってもかかっていることを認めたがらない患者も多い。
「脳はとても繊細で複雑です。無理矢理脳干渉魔法で脳をいじられた後遺症の中には、睡眠リズムが大きく乱れたり、正常に食事をとることができなくなったりするケースがあります。
……アナスタシア様の症状に合致します」
「でも、もしも、誰かが私にそんな魔法をかけたとして……一体誰が、何のために?」
「何か最近、判断力が落ちたりとか、普段ならそんなことしないのにってことをやってしまったりしていませんか? それか、何か大きな失敗とか……」
そうは言っても、本気で悪意をもって脳干渉魔法をかけたら認識すらいじるから、何かおかしなことをしてしまっても自分では気づけなくなる、
(…………とにかく、ちゃんと診てもらって……できればしばらく学園を休んで療養に専念できたほうがいいんだけど。アナスタシア様は嫌がるかな)
「…………大きな、失敗、ね」
「あ、いえ、含みがあったわけではなくて!」
「確かに…………私は、どうしてあんなに物証があったいじめを、自作自演だと思い込んだのかしら」
「…………?」
そんなことを話しているうちに、オーリウィック侯爵邸に着いた。
帰るなり侍女が伝えてきた。
ご連絡した専門医の先生はもうすぐいらっしゃるそうだ。
急な呼び出しに応じてくださってありがたい。
それからシルヴァ様も、あと二時間ほどでいらっしゃるとか。
そのお名前を聞くと、ビクンとアナスタシア様は肩を震わせた。
(そういえば、この人、もう婚約者はいないんだ)
アナスタシア様がその気になれば、シルヴァ様に堂々と求婚することもできる?
でも、父親のドラウン宰相があんな感じだから、さすがにありえないだろうか?
シルヴァ様は、アナスタシア様のことを今はどうお思いなんだろう。
浮かんでくる雑念を振り払った。
この人は、いまは患者。
いまは治すべき相手。
「少し待っていてくださいね。もし良かったら本でもお持ちします」
「結構よ」
そんな会話をしながら居間にアナスタシア様を連れていくと…………義兄アバクスと義姉レイチェルが先に居間にいた。
(…………?)
ふたり向かい合って座り、空気が緊迫していて、とてもお茶を楽しんでいたりする雰囲気ではない。
義兄は、表情がわかりにくいけど額に青筋を立てていて怒りモード。
義姉は、青ざめた様子でうなだれている。
「あの、一体何が……」
「ああ、メリディアナ帰ったか……なんでアナスタシア様が?」
「ちょっといろいろありまして、専門医の先生に診ていただこうかと……どうなさったんですか?」
「どうもこうもない。レイチェルが……」
「お兄様、本当に、私、覚えがないんですっ」
「嘘をつくな。これだけ証言が集まっているだろうが」
「嘘なんてついてませんっ」
状況が見えないでいると、義兄が紙の束を渡してきた。
それは手書きの調査書のようなもので……義姉レイチェルの言動について聞き取り調査をしたものらしかった。
「どうもレイチェルの様子がおかしいと思ってな。学園に許可をとって、同じクラスの女子生徒たちに聞き取り調査をした。すると、その有り様だ。直接的じゃなく匂わせる形で、かなりおまえの評判を落とすようなことを言っている」
「だから、私は…………」
義姉レイチェルには、もしも私の悪口を言ってきた人がいたら適当に同調しておいてくださいと伝えていた。
下手に私を庇えば、義姉まで嫌がらせの標的にされかねないと思ったから。
義兄の報告書にあった義姉の言葉は、それとは異質なものだった。
直接的な表現は巧みに避けながらも、義妹がオーリウィック邸に来てから両親が義妹ばかり贔屓するようになったとか、母親が死にかけたところを義妹の応急処置で助かってからは母親が義妹ばかり可愛がるようになったとか、自分に縁談が来ても皆結局義妹のほうに夢中になるとか。邸に男性が来るたびに媚びた目を向けていて男性と出歩くことも多いとか……そんな風に私のことを言及していた。
「聞いたが、こういう嫌な姉妹というのも、最近の女向けロマンス小説とやらのあるあるネタらしいな。こんな物語みたいなわかりやすいぶりっ子悪女が実際にいるんだと、同じクラスの女子生徒はレイチェルに同情したらしい」
それが悪評の一因になっていた……?
「わ、私……そんなこと言ってないんです……」
「まだ言うか。一人や二人の証言ならともかく、これだけの人数からの証言だぞ!」
義姉の人となりはわかっている。
確かに時々現実とフィクションの区別が曖昧になる人だけど、それでも、物語に対してリスペクトは抱いている人だ。
「……この調査書の中のお義姉様の台詞は、いくつか、有名なロマンス小説の文章をそのまま流用していますね」
「? 知らんが、そうなのか?」
「ええ」
『これ、ものすごく面白かったの! 人生でベストかも!』とキラキラした笑顔でおすすめしてきた小説だ。よく覚えている。
「もし、私を内心すごく嫌っていて嫌がらせをしようとしたとしても、お義姉様ならこんな盗作めいたことはなさらないと思います」
とはいえ、何も起きていない時にこれを突きつけられたなら、私も思わず義姉を疑ってしまったかもしれない。
だけど、今は……ここにアナスタシア様という状況証拠がある。
「……レイチェルお義姉様。最後にシルヴァ様にお会いになったのはいつですか?」
「え、シルヴァ様……? 待って、ええと……この前も私出席できなかったし、たぶん、ここ二年ほどはずっとお会いしていないんじゃないかしら……?」
そうだ。シルヴァ様に会いそうな場を前にしたら、いつだって義姉は体調を崩したり、早く家を出たりしていた。
結果、シルヴァ様にはずっと会っていなかった。
会わないように、行動をずっと操作されていたのではないか。……自覚なく。
そして言葉も操作された。自分で言っているつもりの言葉と、全然違う言葉を言わされたのではないだろうか?
「アナスタシア様は?」
一瞬答えづらそうな顔をしたアナスタシア様だったけど、
「…………シルヴァ様と同じ場に居合わせたことはあるけれど、近くでお話をしたことは……婚約解消以来、ないわ。決闘の日に、少し近くにいらしたことはあるけれど」
公務に当たっているアナスタシア様ならシルヴァ様ともお話ししているだろうと、私は無意識に思い込んでいた。
たぶん、二人が会わないように周囲の人が気遣っていたのだろう。
ただ、シルヴァ様の無効化領域は、半径約3メトラ(≒3メートル)。
シルヴァ様は決闘の日、アナスタシア様とそれぐらいの距離までは近づいていらしたと思う。
あの時魔法が解けたなら……それ以降、また誰かに脳干渉魔法をかけられている?
「これからいらっしゃる専門医の先生に、アナスタシア様だけじゃなく、お義姉様も診ていただきましょう」
────その日のうちに。
義姉レイチェル、アナスタシア様、二人とも、年単位で脳干渉魔法にかけられているという診断が下りた。
そして専門医の先生と、そのあと邸にいらしたシルヴァ様の進言により────翌日、学園の生徒たち全員に一斉に脳干渉魔法にかけられていないか検査がおこなわれることになり……結果、学園の生徒の二割近くに、脳干渉魔法がかけられた痕跡がみられると判明したのだった。
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