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36 セオドアの決別

     ***


 授業が終わってから私は、図書館へと急いだ。

 シルヴァ様のお迎えは、授業終了からほぼ間をおかない時間にやってくる。

 いらっしゃるまでに、この前図書館で借りた本を返しておこうと思ったのだ。


 すると────渡り廊下でセオドア殿下に遭遇した。


 そういえば、あの夜から全然顔を合わせなくなっていた。

 登校しているとは聞いていたけど、いまは女子棟にも全然入ってこない。

 おかげで私の日常は、平穏といえば平穏だ。


 望んだ通りかと言われると、ちょっとわからない。

 嫌がらせしてくる人たちに一矢報いたい気持ちはあったけど、マクシーナ様の処刑まではさすがに望んでいなかった。


「……大丈夫ですか?」


 思わず声をかけてしまったのは、今朝見かけたアナスタシア様と同じぐらい、セオドア殿下の顔色が悪かったからだ。


 一瞬眼鏡の奥の目を丸くして、それからセオドア殿下はため息をついた。


「ありがとう。少し色々あって疲れているだけだ。マクシーナ嬢とウィール公爵の処分もあったゆえ」


「そうですか……」


 セオドア殿下は護衛たちに目で合図する。

 護衛たちは、おそらく話を聞かないようにだろうか、後ろに大きく下がった。私の後ろの護衛も同様に動く。


「あれ以来国王陛下は兄上を許しておらず、兄上は遠ざけられてしまっている。もう少しこまめに情報をお渡ししたいのだが……難しいのだ」


 私はうなずいた。

 シルヴァ様は心労を隠すのが上手いところがある。あの後、大変な目にあっていないわけがなかった。

 だけど日々の送迎では、そんな素振りは見事に隠していらっしゃるのだ。


「それと、ルークは君のおかげですっかり回復して健康を取り戻している。マクシーナ嬢の処刑のことが心の負担にはなっている様子だが...…」


 健康……それなら良かった。


 あの夜。ほぼ死にかけて、どうにか一命を取り留めたばかりの、まだまだ絶対安静な状態のルーク殿下の告白に対して私は、たっぷり五秒ほども思考停止してしまった。

 ようやく、言葉の意味を咀嚼できたのだけど……頭がいつものようには回らず、


『おっしゃる意図は理解いたしましたが、困ります』


……混じりけなしの本音が口から出てしまった。


 身体目当ての口説きではないちゃんとした告白を断るのは、たぶん子どもの頃以来。

 きっと、何度経験したって慣れるものじゃないし、今回はタイミングが悪すぎた。

 ショックを与えていないか、もっと傷付けない言い方はなかったのか……言った端から後悔した。


 断りの言葉を口にしたとき、普段だったら何だかんだと理屈を捏ね回してイエスだと受け取ろうとするルーク殿下が、私の顔を見つめたまま、数秒固まっていた。

 それから『…………ごめん。ハッキリ言ってくれて、ありがとう。困るんだね』と、うなだれる。


『ねぇ。今となってはどうしようもないけどさ……』


 顔を上げ、すがるようにルーク殿下が私を見つめる。


『もしもシルヴァが廃嫡されていなかったら…………いや、違うな。俺がもし、婚約をどうにかちゃんと解消してそれから同じ言葉を君に伝えていたら、チャンスはあったのかな?』


 それは……他の女性だったら、もしかしたら結果は変わっていたかもしれない。

 あるいは、私がもしシルヴァ様に出会っていなかったら……?

 でも、そんな可能性の話さえ、するべきではないと思った。

 

『いずれにせよ、ご縁はなかったと思います』

『…………そっか』


 ルーク殿下は寂しげに笑った。


 その顔を思い出しながら、「アナスタシア様も、具合が悪そうでした」と私はセオドア殿下に言う。


「……そう……だな……私のせいだ」


 セオドア殿下は、呟く。


「彼女も、私と同じぐらいこの婚約に傷つけられていたはずなのに、それでも私の婚約者として、王族として、務めを真摯に果たしていた。そんな彼女を……過ちをおかしてしまうほど追い詰めたのは私だ」


「あの……アナスタシア様は結局、私への嫌がらせのことをしらずに、私の悪評を信じこんでいたってことなんでしょう? 私への嫌がらせを指示していたマクシーナ様とは違うのでは……」


「……正直、私はそれを疑っている。君への嫌がらせの証拠はすべて学園の教師たちが生徒会長であるアナスタシアに見せているのだ。あれを見ておきながら、他人の言葉だけで嫌がらせはすべて自作自演だと思い込めるほど、アナスタシアは愚かな女性ではない」


「…………」


「魔が差した、ということなのだろう」


 私よりもアナスタシア様のことをわかっているはずのセオドア殿下がおっしゃるなら、そうなのだろうか?


「声をかけてくれてありがとう。私のことはもう心配しなくて良い。君に心配してもらう資格はない」

「殿下……」

「…………自分の尻拭いは、自分で何とかする」


 そう言って、セオドア殿下はなぜか私に深く頭を下げた。


「メリディアナ・オーリウィック。今までありがとう」


     ***


 ────新宰相、ドラウン公爵が学園を訪れ、授業中の私を呼び出したのは、その翌日のことだった。



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