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35 シルヴァの保護

「その後、身辺に変わりはないか」

「そ……そうですね。おかげさまで、護衛の皆様にも良くしていただいています」

「そうか。問題はないか」

「は、はい! 特に、女性の護衛の方にはきめこまやかに対応していただいて……」


 シルヴァ様とすごす時間は好きだ。

 大学部で習う学問の内容をうかがったり、公務のお話を聞くのも好きだ。

 ……ただ、いまは、私が過剰に意識しているだけ。



 舞踏会のダンスは本当にやり直したいぐらいだけど、それでも何度も何度も思い返してしまう。

 そして国の貴族がぞろりとそろったあの場で、国王陛下と枢機卿を相手に私を守ってくださったこと。

 館に連れていかれて、シルヴァ様にかけられた言葉も。


 ────今夜この館に君が泊まった事実があれば、貴族たちはもう、君と俺をそういう関係だとみなす。

 ────実際には何もなくてもな。


 今さらあのときの言葉を反芻して、鼓動が早くなる。


 あの夜のシルヴァ様は……いつものカッコ良さにくわえて、何故かゾクッとするぐらい色気が増して見えた。

 当たり前だけどシルヴァ様は男性で。

 その男性であるシルヴァ様の、生々しい何か、に触れた。


(いやでも……さすがに……私に対して、どうこうというお気持ちはないと思うけど)


 今までそういう男性の生々しさは、欲という形で見えることが多くて、垣間見えただけでちょっと引いてしまう自分がいた。


 なのに、シルヴァ様のそれは。


(……知りたい)


 率直にそう感じてしまった。


 無邪気だった子どもの頃、私は、シルヴァ様のことを理想の王子様だと信じていた。

 いまの私は、シルヴァ様が物語の王子様なんかじゃなく、生身の、一人の人間だということを知っている。

 私のよく知る面、それから私の知らない顔があることも、わかっている。

 

 ────恐いか?


(私がもしあの時の言葉に、素直に答えていたら)


 シルヴァ様のもっと違う顔も見られたんだろうか。

 


(……意識しすぎ、意識しすぎ)



 目の前にシルヴァ様がいて、二人で言葉を交わしている。

 その状況は私にとって間違いなく幸せなのだから。



 学園に到着し、馬車が停まった。

 するとシルヴァ様が先に下りて、私に手を差しのべる。



「あの……これも、必要でしょうか??」

「婚約者同士が馬車で来たのだから、こうしないと逆に不自然だろう」


 言われて、手袋ごしにシルヴァ様のお手にそっと手を置いて、踏み台を踏みしめ馬車を下りる。

 お手に触ったことがないわけじゃないのに、手袋ごしなのに熱く感じる。

 こういう淑女扱いがくすぐったい。

 やっぱり意識しすぎてしまうのだ。

 いまはドレスじゃなくて制服だから、全然足元は危なくないのに。


「下りられました。もう大丈夫ですので……」


 一人でもう行けます、と言う前に、シルヴァ様にスッと腕を差し出された。

 まるで夜会のエスコートのごとく。


「おはようございます、シルヴァ様、メリディアナ様。」


 今日こそ自分で持とうと思った学生(かばん)は、すでに馬車つき場に待機していた女性の護衛が、当たり前のような顔をして手に取っていた。


 有無を言わさぬ空気に負けて、私はシルヴァ様の腕に、手を添える。


 本物の婚約者同士でも、さすがに学園内で朝からこんな風に歩く学生はいない。

 ものすごく恥ずかしい。


 それでも……いまは、私たちに視線を向ける人がほとんどいないのでまだマシかもしれない。


 あの日の『聖女認定拒否事件』から、男子生徒も女子生徒も、私を恐れるように近寄らなくなった。


 聖女に認定されるような相手だとは知らなかった、ということなのか。シルヴァ様との(偽)婚約が、義母の言う通り男避けになっているのか。


 一つ言えることとしては、私に嫌がらせをしていた生徒たちは、たぶん皆、火の粉が自分に振りかかることを恐れていると思う。


 ────昨日、マクシーナ様の処刑日が決まった。

 事件自体世間には公表されないことが決まっていたが、ウィール公爵派の貴族は仲間内同士で即その情報を共有し、自分たちへの影響におののいていた。


『毒じゃなくて媚薬だったの!死にそうになるなんて思いもしなかった。ただルーク殿下と既成事実ができれば結婚してもらえると思っただけなのに』


 捕らわれ、厳しい取り調べを受けたマクシーナ様は、そんなことを言って泣きじゃくっていたらしい。

 ルーク殿下を殺しかけたことへの謝罪と反省も口にしたそうだけど、本当に……他人に薬物を飲ませるということがどういうことなのか、こうなるまで何もわかっていなかったのだろう。


 宰相だった父親・ウィール公爵も共謀を疑われ、収監されている。

 娘は悪気がなかったのだと言って、日々泣いているそうだ。


 言い分はあるのだと思う。だけど罪を犯してしまっては擁護できなくなる。

 ルーク殿下は亡くなるかもしれなかった。

 その命を軽んじることはできない。


 王子二人の婚約は正式に破棄された。

 アナスタシア様の父親のドラウン公爵が宰相として復帰したのに、アナスタシア様も『聖女』への加害の罪に問われたためだった。

 当の『聖女』はその認定を全力拒否しているというのに。


「……じゃあ、また帰りに」

「すみません、シルヴァ様。ありがとうございました」


 女子棟の玄関の前で、いつもシルヴァ様と離れる。

 ここのところのシルヴァ様は、妙に過保護だ。

 私がそこそこ強いことは知っているはずなのに。


 近づいてきたシルヴァ様は、私より頭一つ分ほども背が高い。

 その高いところから、私の頭に優しく口づけを落とす。


(……………!!!)


 髪ごしとはいえ、その唇の感触に、息が止まりそうだ。


「────良い一日を」


 誰もいなかったら、その場にへたり込んでしまったかもしれない。

 ああもう……。

 婚約者のふりだとわかっているのに、不意にこんなことをされると、ますますシルヴァ様で頭がいっぱいになる。


 意識的に顔を上げて、女性護衛とともに女子棟に入る。


 シルヴァ様のご配慮のおかげで、ありがたいことに、学園で私につく護衛は皆女性になった。

 本来男子禁制(約二名の王子が堂々と無視しているけれど、シルヴァ様は絶対入らない)の女子棟に男性の護衛を連れて入るのはちょっと引け目があったし、新しい護衛もみんないい人で仕事熱心で、それは本当にありがたかった。


 さて、教室に急ごう。

 早足で歩きだした私は(────!)廊下を歩くアナスタシア様を見かけた。


 異様なほど顔色が悪く、明らかに具合が悪そう。

 なのに、それでも背すじをぴんと伸ばして歩くその姿は、やはり女王のようだった。



     ***

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