34 婚約者のふりって必要ですか?
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────オーリウィック邸に迎えの馬車が今朝もやってくる、という知らせを従者が持ってきたとき。
ものすごく不機嫌そうな顔で「……おい、メリディアナ」と義兄アバクスが話しかけてきた。
「貴様……おそれおおくもシルヴァ様を毎朝の足がわりに使うとは、どういうつもりだ……」
「いえ、お断り申し上げたんですが」
「……しかも国王陛下の護衛は全部下がらせて、シルヴァ様が雇われた護衛をつけているだと……!? 貴様、シルヴァ様にいくらつかわせる気だ!」
「それを私に言われてもですね?」
このまえの褒章授与式の夜から……正確にいうとシルヴァ様の婚約宣言からずっと、義兄はこんな感じである。
あの夜、ルーク殿下が薬物を盛られて倒れる事件などがあり、最終的に私は、朝までシルヴァ様の館で過ごしたのだけど。
毒物専門の先生に後を託してオーリウィック邸に帰ってきたら、頭の上に暗雲が立ち込めた状態で義兄が待ち構えていた。
「ちょっとそこに座れ、メリディアナ」
の一言から、お説教という名の難癖タイムが始まる。
要約すれば『シルヴァ様になに迷惑をかけてるんだおまえふざけんなよ』で済む内容で三時間コースだった。
……ご迷惑をおかけしているのは重々承知しています。
ただ、教会にろくに縁もないのに突然聖皇庁に『あなたは聖女です』なんて言われるとは誰も予想できないと思う。
あまりに不意討ちで無茶苦茶すぎて。
シルヴァ様だってあんな……嘘をつくしか、どうにもできなかったのだから。
「あの、お義兄様がいらだってらっしゃるのもわかるのですが……本当に今だけですので。とりあえず、国王陛下と聖皇庁が諦めるまでは、なんとか粘らせてください」
「……阿呆が」
「何かおっしゃいました?」
「さっさと支度をしてこいと言ったのだ。万一シルヴァ様をお待たせなどする事態になったら、一日中火球で追いまわすからな」
なんて地味にキツい嫌がらせを思い付くんだ。この人マクシーナ様より嫌がらせの才能あるな。
そんなことを考えていたら「……メ~リディ~アナ~……」背中と肩にいきなり幽霊のように覆い被さってきた人がいた。
「お……お義姉さま……おはようございます重いです」
「ほんとに……ルーク殿下のこと……振っちゃったの?」
勉強会に出るため早く家を出るので、すでに制服に着替えている義姉レイチェルだった。
ここのところ、毎日私より一時間早く家を出ている。
あの日の義兄よりも、頭に、ずうううん……と暗雲を立ち込めさせた雰囲気で、呪いみたいな声で言う。
「は、はい」
「……駄目なの? ……どうしても?」
「そこをそんなに突っ込まれても」
「……シルヴァ様とは本当には結婚しないんでしょう? なのに?」
「お姉さま、勉強会に遅刻しますよ?」
「ううう……そうだったわ。もう出なきゃ……お兄様、メリディアナ、行ってきます……」
ヨロヨロと玄関に向かう義姉の姿を見て、義兄は眉をひそめる。
「あいつ、なんでルーク殿下なんだ。男として推すならシルヴァ様だろうが」
「そういう方向でもブレないんですね……お義兄様。なんかこう、組み合わせ萌え的な感じみたいです」
「そりゃ、おまえにはシルヴァ様はもったいないだろうが……それにしてもあいつ、あんなだったか?」
何やら首をかしげながら義兄は自室に向かう。
留学先から大量の課題が出ているらしい。本当はシルヴァ様のいる大学に行きたいのだが、やむをえず毎日自室でひたすら課題をこなしている。
────とはいえ。
「おはようございますシルヴァ様。本日も愚妹をお預かりいただきありがとうございます」
一時間後にシルヴァ様が私を馬車で迎えにいらっしゃった時、義兄は、ピシッ、と隙のない軍隊のような直立不動で挨拶した。
ここのところ毎日これである。
「ああ。アバクスもおはよう」
何だかんだでシルヴァ様に毎日お会いできることはまんざらでもないみたいで、声をかけられると義兄の顔がぱぁぁと明るくなる。
「よし行ってこいメリディアナ」
そう言ってグイグイ私の背を押す。
さっきシルヴァ様を足として使うなと言ったのは誰でしたっけ、という突っ込みは飲み込んでおこう。
私も毎朝、余裕がないのだ。
お迎えに来てくださる人が今朝も素敵なので。
玄関の前に停まっているのは、真新しい馬車。
今回、私のために新調したらしい。
「……あのぅ、シルヴァ様。この送迎は……必要でしょうか」
「しばらくはな。間違いなく婚約者同士だと示すのに効果的だろう」
「それは……そうなのですが」
「国王陛下に疑われているうちは、やれることは何でもやる」
いや、嬉しいは嬉しいのですが……二人きりの空間に、私の心臓が今日ももってくれるなら。




