28 嘘
心臓が跳ねて、思わず息が止まる。
もちろん、求婚された事実も受けた事実もない。
嘘だ。
シルヴァ様がここでそんなことをおっしゃるメリットもない。
ひとつだけ理由を考え付くのなら。
(────私を守ろうとして……?)
「おや、おかしいですな」
意地悪そうに目を細めてドラウン公爵は言い返す。
「シルヴァ様は長らく国外に出ておいでだったと記憶しております。例の亜竜召喚の日以降、今日までメリディアナ嬢に会われる機会はなかったのではないですか?」
「求婚はその日です。その場で彼女は受けました。家長であるオーリウィック侯爵にも話は通してあります。そうですね侯爵?」
シルヴァ様が組み立てる強引なストーリーに「あ、ああ、そうです、そのような話もありましたな」
と義父が焦ったように乗る。
「こちらに一切の報告がないが?」と国王陛下。
「陛下。おそれながら、私から報告するとオーリウィック侯爵にはお伝えしておりましたが、直後に出国することになり国王陛下にご報告の機会を失いました。私の落ち度ですので、ご報告が遅れましたこと、皆様には深く御詫び申し上げます」
「いずれにせよ、国王としてそのような婚姻は認めることができん!」
「ええ。貴族の結婚は国王陛下の承認が必要です。ですが『婚約』は成立しております。いまの私は王家を出た身であり、国王陛下の庇護下にはございません。姓を与えられた1つの家の主です。よって、私とオーリウィック家当主の同意のもとに『婚約』は成立しております」
「そんな屁理屈が通用するか! 聖女だぞ! 我が国からは二百年ぶりに出た聖女だぞ! そのような身勝手な婚約は今すぐ解消しろ!」
「聖女と認定される前の、ただの侯爵家令嬢のメリディアナ・オーリウィックを相手に成立している婚約であります。成立段階で瑕疵はない。ならば何をもって婚約を解消しろとおっしゃるのです?」
国王陛下と渡り合いながらも、私の手に添えられたシルヴァ様の手。
焦りと混乱がおちついていく。
一方で、頭が冷えると同時に、シルヴァ様がいまかなり危ない橋を渡っていらっしゃることも理解せざるを得なかッた。
いまシルヴァ様は、聖皇庁と王家、ふたつの権威を敵に回している。
そのうちひとつは、もともとシルヴァ様を敵視している。
ただ、シルヴァ様の嘘の効果はあったようだ。
枢機卿の表情に焦りが見える。
「…………枢機卿猊下。聖女の認定には、この婚約の情報はなかったはずです。これを含めて改めて吟味検討なさってはいかがでしょうか」
「っ、僭越ながら、聖力を無効化するその身で、強大な聖力を有した聖女と結婚なさろうとおっしゃるのですか? これは国家的損失です。大きく国益を損なうでしょう。彼女の聖力を受け継いだお子が産まれれば……」
「順序が逆です。私の婚約者を聖皇庁が後から聖女だと宣言したのです。そもそも奇跡の事実認定に誤りがあります。亜竜を消したのは彼女ではありません。一度聖皇庁にお持ち帰りいただき再検討されるのが良いと愚考いたします」
「………………」枢機卿が黙る。
確かに、聖皇庁が『悪魔の落とし子』と呼ぶシルヴァ様との婚約が成立していて、それを聖皇庁が把握していたなら、そもそも私が聖女と認定されることはなかっただろう。
この場でそれを言い返しているシルヴァ様。
私は自分のことなのに、未だに何も有益な、戦える言葉が見つからない。そもそも私の意思を誰も確認していない。私はこの場で、無力だ。
「……クソッ」国王陛下が舌打ちする。
「シルヴァ、貴様……このような国家的大事に、貴様は何という妨害を」
「私の落ち度によりこの場を混乱させてしまいましたこと、皆様には深く御詫び申し上げます。それでは退出させていただきます」
シルヴァ様から差し出された腕。すがりつくように掴んだ。
「シルヴァ! どこへ行く!」と国王陛下が怒鳴る中、シルヴァ様と私は、会場の出口へと向かう。
「シルヴァ様」ドラウン公爵が、冷たい声をかけてきた。
「聖女ではないメリディアナ・オーリウィックと結婚なさるということは、王位継承権を自らお捨てになるということですかな?」
(!)
「そのつもりです」
「シルヴァ様! それは……!」
「メリディアナ、行こう」
ドラウン公爵の言葉が刺さったまま、私はシルヴァ様に連れられて会場を後にした。
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