25 絵本で見たような舞踏会なんて
「マクシーナ嬢。いまの自分の立場を省みて物を言うことを勧めたいが?」
私の前に出たシルヴァ様が低い声で言うと、マクシーナ様はビクッとした。
マクシーナ様派の生徒たちはシルヴァ様への誹謗中傷をするけれど、彼女自身はルーク殿下同様、やっぱりシルヴァ様に強くは出られないらしい。
「わっ、私はルーク殿下の婚約者でっ……」
「だったらなおさらだろう。殿下の婚約者のままでいられるのなら、だが」
「わっ、私は……」
わかりやすく狼狽える。
アナスタシア様の前での、不遜さを隠さない態度とも、ルーク殿下に対する媚びる態度とも、まるで違う。
正直、別に無視していても良かったのだけど、彼女のことが気になってはいたので一応聞くことにした。
「あれから体調はどうですか?」
「な!? ……何よ、あなたがどうしてそんなことを」
「あれ? 聞かされていますよね?」
『患者』のプライバシーなので、一応周囲に聞かれないよう配慮して近づき「……魔力暴走のこと」とささやく。
「……! なんであなたがそれをっ」
「はい、私が治しましたから」
「は……?」
魔力暴走したことを聞かされているのなら、さすがに、私が処置したことも伝えられたはずだけど。
今こうして目を剥いているのは、直後に怒り狂って人の話を聞いていなかったのだろうか。
釈放後は、彼女の周囲に新たに護衛が増えているはずだ。
その正体は護衛ではなく、万が一魔力暴走が再発して対処が不可能な時に、速やかに彼女を討伐するための刺客。
この刺客は一生涯つけられるのが決まりだ。
二度と以前の日常には戻れないマクシーナ様は、日々、重圧を感じて暮らしているはず。
「そうだな。もし次に事が起こったときに対処できる人間がいなければ、そのまま討伐対象になるな。何せ、対応できる人間は数少ない」
シルヴァ様の補足した言葉に、マクシーナ様は青ざめる。目が泳いでいる。落ち着かない様子で唇を噛む。
たぶんマクシーナ様には『恩』というものは通用しない。
してもらって当たり前、尽くされて当たり前という感覚が染み付いているようなのだ。
ウィール宰相の教育のせいなのか、何か彼女を歪める経験があったのかはわからないけれど。
だからたとえば、魔獣を私とシルヴァ様が倒したこと、そうでなければマクシーナ様自身も王子たちも亡くなっていたかも、私のおかげでそれを回避できたのに……と迫ったとしても、マクシーナ様が真っ向から受け止めることはないだろう。
彼女にとっては、日頃嫌がらせをしている相手の私ですら、自分に尽くして当然なのだ。
だからマクシーナ様の心を動かせるとしたら、これから先の自分の損得だけ。
そして彼女は、態度は大きいけど気は小さい。
国のためなら命を懸ける、なんて人ではない。魔力暴走の再発とその先にある自分の死を恐れているはずだ。
「あ、あなた……メリディアナ・オーリウィック……次も、私のこと治してくれるわよねぇ……?」
動揺し始めた。
これだけ青い顔をしているということは、それなりに酷いことをしてきた自覚はあるのだろう。
そういえば、今日は周囲にいつもの取り巻き令嬢たちがいない。
「どうでしょう。そのタイミングですぐには駆けつけられないかもしれませんし」
「わ、私は王族よ! い、言うことを聞くのが臣下の務めでしょう!」
「再発に気をつけてお過ごしになるのが一番ですね。それでは失礼いたします」
「待っ、待って……!」
すがりつくような声を上げたマクシーナ様。
「メリディアナ・オーリウィック! また、わしの娘に嫌がらせをしているのか!」
おっと。大声を張り上げたウィール宰相がノシノシと近づいてくる。
日常的に嫌がらせをする側でありいじめっ子側だけど、何かあれば大きな声で一瞬で被害者側に回って見せる、というのが特技である。
感情的で大きな声が彼の武器なのだ。
「シルヴァ様がついていながら、どういうことですかな!」
「貴殿の娘の無礼だ。わかっていて言っているだろう」
「おっ……お父様、メリディアナ様がわたくしにひどいことを……」
「またか! オーリウィック侯爵は娘にどういう教育を施しているのだ! 今日という今日は厳重に抗議……」
「宰相、マクシーナ嬢、いい加減に……!」
「ああそうですか。でしたら私は二度とお嬢様を治療しませんので安心してください」
ピタッ……と、宰相とマクシーナ様の動きが止まった。
二人の顔がみるみる青ざめる。
「では、参りましょう、シルヴァ様」
「……そうだな。行こう」
「待って! 本当に待って!」
「そそそんな脅しになど屈するか! か、かわりの魔法医師などっ……すぐにっ……」
シルヴァ様が間髪いれずスッと腕を差し出してくださり、一瞬躊躇したけど、私はその腕に手を添えた。
手袋越しのシルヴァ様の感触に胸がムズムズする。
宰相とマクシーナ様を置いて再び歩きだす。
彼らと離れて、私は深く息をついた。ダンス二回といざこざでドッと疲れた。社交界デビューは、もっと平和な夜会が良かったな。
まぁでも、絵本で見たような、キラキラした素敵な舞踏会なんて、物語の中にしかないのかも。
現実はやっぱり、殺伐とした権力闘争の場で……。
「あ、すみませんシルヴァ様。とても助かり……」
シルヴァ様の腕から手を離しながら言いかけると、目の前に、シルヴァ様の大きな手が差し出されていた。
「あの……?」
「一曲踊っていただけませんか」
「………………え?」
一瞬言葉の意味がわからなかった。
それから頭が真っ白になって、何か言おうとしたのに言葉が出てこない。
「踊ってくれ。俺と」




