20 【過去】セオドアの後悔
城のバルコニーからは闘技場がよく見える。
トーナメント方式で行われる騎士団の剣術の練習試合に、シルヴァ兄上の姿があった。
「…………いった!」
兄上の剣が対戦相手の剣を弾き飛ばし、間髪いれず剣先を喉元に突きつけて動きを止めた。
騎士団の猛者たちを相手に一切引けをとらない。これで三連勝である。
「やっぱりすごいですね! 剣筋が全然読めませんでした!」
興奮して叫ぶメリディアナに「ああ! それに踏み込みの速さも切り返しの巧みさも尋常じゃない。さすが兄上だ!」と返す。
「一瞬で間合いを制圧しますよね……すごい。魔法抜きでここまで」
……兄上は身体強化はじめあらゆる魔法を使えない。
ただ、魔力無効化障害であるために、対戦する相手にも強制的に身体強化魔法なしの生身での戦闘を強いることになる。
『だから、相手からすれば弱体化させられて試合をさせられるようなものだ』
と兄上は謙遜するけれど、体格も筋力も経験もずっと上回る歴戦の騎士たちを、14歳の生身の身体と技量で圧倒できるのだから、私はやっぱりすごいと思う。
「……少し休憩に入られるみたいですね」
メリディアナが呟いた。
彼女の視線の先にはシルヴァ兄上ではなくて、婚約者の応援に来たアナスタシアの姿があった。
すぐそばにいることも、アナスタシアならば許される。
汗を拭きながらシルヴァ兄上が、笑顔で何か言葉をかけている。
目をそらすと、メリディアナと目があった。
「……アナスタシア様も見に来られて良かったですね。あの方も、いつもお忙しそうですから」
こういう時の取り繕う笑顔が、意外とメリディアナは上手い。
私もそこにあえて言及はしない。
節度を保つ彼女は、近頃はシルヴァ兄上と適切な距離を保とうとしているようだ。
ここしばらくずっと、言葉を交わしているところを見たことがない。
きっとメリディアナは、時間とともに自分の恋心に区切りをつけるだろう。
私はその時を待っていた。
だが、待つと自分で決めたにも関わらず、焦燥感にかられて、時々たまらない気持ちになる。
「……メリディアナ嬢は」
そう、胸がジリジリして、たまに無性に探りをいれたくなるのだ。
「……婚約の打診などは来ていないのか?」
「え! いえ? 私は結婚しないつもりなので」
「それは前にも聞いたが……か、官僚を目指すからと言って結婚自体を諦めなくても良いのではないか? た、確かに貴族の娘の結婚年齢は一般的に早いが、仕事をしていても縁はあるのではないだろうか。その……仕事関係などで」
気持ちに気づかれないようにと思ったら、ついつい言葉数が増えて早口になる。
「志を同じくする相手がいれば……気が合うのではないだろうか。相手によっては、より仕事がやりやすくなるのでは……どうだろうか」
シルヴァ兄上への気持ちに区切りがついて、他の男との結婚を視野に入れるようになれば。
そんな私が隠した下心には気づかないように、メリディアナは「うーん」と困った顔をした。
「何か、結婚したくない理由があるのか?」
「…………いえ、うーん……そうですね……そもそも私、あんまり結婚にいい印象がないんです」
「そうなのか? オーリウィック侯爵ご夫妻はとても仲が良いようだが」
「その、私を産んだ母親が……私と同じピンクの髪をした人だったそうなんですが。私が赤ん坊の頃に出ていったらしくて」
遠くを見ながら、極力なんでもないことのように彼女は言う。
「近所の人が言ってたんですけど、立派な馬車に乗ったいかにも身分の高そうな男の人が迎えに来たんだそうです。母親がどういう人なのか、最後まで父に教えてもらえなかったんですけど……きっと、下町での貧乏暮らしが嫌になってしまったんでしょうね。
それでもお父さんは『いつかお母さんが僕らを迎えに来るから、そしたら家族みんなで暮らそう』って笑ってて……父が亡くなるまで、そんな気配はかけらもないままでしたね」
あはは、と笑った彼女の寂しそうな横顔が、とびきり綺麗なのが哀しかった。
たった一人の家族だった父親を亡くし、貴族の世界で生きることになった。元気ではつらつとして見える笑顔の下で、どれだけの寂しさを抱えてきたのだろう。
(いつか、この想いを伝える時には……)
そんな寂しい想いは二度とさせないと彼女を抱き締めたい。そう思った。
***
「────あの時に、告白しておくべきだったのか」
学園から城に帰る馬車の中でそう呟くと、「まぁ、今よりは状況がマシだったかもね」とルークがため息混じりに言った。
「どのみち、結婚する算段がない状態じゃ、メリディアナからお断りされて終わりだろうけど」
「……そうだな」
「進展がない分、国王が露骨に苛立ってるよね。あいつらがメリディアナに変なこと仕掛けてこなきゃ良いんだけど」
ルークの不穏な言葉に、私もため息をついた。
***




