2 突きつけられた決闘
「不敬か。淑女に無体を働く行いにどう敬意を払えと?」
「……こ、これは……あ、後から合意になるはずだったんだっ」
「なるわけないでしょ永遠に!」
ルーク殿下のあまりの言い分に、私もつい突っ込んだ。
その声を聞き付けたのか、セオドア殿下たちの声が近づいてくる。
(しまった、どうしよう)
困ったのも束の間、シルヴァ様がルーク殿下を手放し、私を背中にかばってくださった。
「……あ、兄上っ!? なぜここに……ルーク、貴様!」
「いや、集団で追いかけてたテオの方が恐いよ!?」
「わ、私は、そのっ……メリディアナ嬢を助けたかっただけ……で……」
シルヴァ様を前にして、セオドア殿下の声が小さくなっていく。
「逃げる婦女子を集団で追いかけ回すことがか?」
「そ…………それ、は…………」
兄の圧に、セオドア殿下の声が震える。
一瞬気の毒になったけど、いや、情状酌量の余地はないですね。
「あのー殿下方。私、帰宅したいのですがよろしいですか?」
ちょっとずるいけど、長身のシルヴァ様を楯にして顔を出しながら、私は主張した。
さすがに図書館は諦めよう。
ついてこられると他の利用者に迷惑だから。
シルヴァ様は長兄で元王太子。
王子ではなくなった今も、弟二人は長兄には勝てないのだ。
先に頭を下げたのは、セオドア殿下だった。
「メ……メリディアナ嬢……大変申し訳なかった。今日はこれで失礼する。だが、何かあればいつでも助けを求めてほしい」
そう言って、くるっと背を向け去っていく。
セオドア殿下の取り巻きと護衛の皆さんも後を追っていった。
一方、ルーク殿下は未練がましく、シルヴァ様越しに私の顔を見ようとする。
「あのさぁ、メリディアナ……ほかの男は君をピンク髪の淫乱と思っているかもしれないけど、俺は違う。俺にとって君は特別な、ただ一人のヒロインなんだ」
頭が痛い。
うーん。そういう問題じゃなくてですね?
「そもそも私、恋愛なんて要らないんです。勉強したいんです。普通の生徒として過ごさせてください」
「え? ハハッ……君が普通だとか冗談でしょ。何せ君は、この国で百年ぶりに生まれた光の魔力の持ち主だよ? ほら、二年前、俺を助けてくれた時だって……」
「ルーク」
シルヴァ様が低い声で、ルーク殿下の言葉を遮った。
「現実に生きている人間を、勝手に自分の物語のヒロインに嵌め込むな」
「…………!」
目を見開き、言い返したげに口を開いたルーク殿下。
けれど言葉が出てこなかったのか、悔し気に目を伏せ「……『殿下』をつけろよ、この偽善男」と呟く。
「ちょっ……兄君に向かって!」
「いい。今更だ」
私の抗議をシルヴァ様が止めるのを悔し気に睨み、ルーク殿下は踵を返し走っていった。
やっと嵐が去った。
シルヴァ様に深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました」
「大丈夫か?」
「ええ、平気です。いつもお手数をおかけしてしまってすみません」
「謝るな。全部うちの弟たちが悪い」
「あははっ……まぁ、そうですね」
ロマンス小説に出てくるピンク髪の女キャラは『人の婚約者を奪う』ことが多いのだそうだ。
あの二人が私にアプローチ(?)し始めた去年から悪評がひどくなり嫌がらせが激増したのは、そういうことなんだろう。
(……あのお二人も、ほんとどうしちゃったんだろう)
シルヴァ様の大事なご家族をあんまり悪く言いたくないけれど、いずれはどちらかが次の国王になるというのに。
「迎えの馬車まであとどれぐらいある?」
「一時間ほどです。どこかで時間を潰します」
図書館に寄るつもりだったので、時間が空いてしまった。
元平民なので、迎えを待たずに徒歩で邸まで帰っても全然苦ではないけれど、同級生たちに見られるとまた悪口の種になりそうだ。
そんな私の顔をシルヴァ様がのぞき込む。
「俺はこの後図書館に行くつもりだが、一緒に来るか?」
「! よろしいんですか!?」
「ああ。何かお薦めの本があれば教えてくれ」
「ありがとうございます!」
「それに、嫌がらせのその後のことも聞きたい」
「……あー……はい、それは……」
シルヴァ様は女子生徒たちからの嫌がらせのことも、ずっと気にかけてくださっている。
とはいえ、勉学に公務に忙しい中でお手を煩わせるのは正直申し訳なくて、なかなか私の方から相談に行けない……というのまで見透かされている気がする。
「行こうか」
「はい」
それでも、シルヴァ様が心配してくださると思うと、つい嬉しくなってしまう。
赤くなっているかもしれない顔を両手で隠しながら、私はシルヴァ様と歩きだした。
***
図書館でたくさん本を借りた私が、迎えの馬車に乗り、王都の一等地にあるオーリウィック侯爵家に帰りついたのは夕刻だった。
制服から着替えて居間に行くと、義姉のレイチェルが、いつも通り読書にいそしんでいる。
「あら、メリディアナお帰りなさい」
「お義姉様、ただいまもどりました……新刊ですか?」
「ええ。今日届いたの!」
茶色の髪に茶色の瞳。丸い眼鏡をかけ、おっとりした雰囲気を醸し出す美人。
高等部の三年生で、アナスタシア様と同じクラスに在籍している。
テーブルの上には、今日もロマンス小説が山盛り。
ハードカバーもペーパーバックも、翻訳小説もごちゃ混ぜだ。
「今回の新刊も最高……子どもの頃は、貴族の子女が平民の本を読むなんてと馬鹿にされたけれど、最近は貴族の同級生たちもみんなロマンス小説を読んでいるのよね。いい時代だわ」
「はは……良かったですね……」
「あ、ごめんなさい。虚構と現実の区別がつかない人たちのせいで、あなたがひどい目に遭っているのはわかっているのよ。でもね、私、小説そのものには罪はないと思うの!」
「……まぁ、そうですね」
それにしても、ピンク髪が悪役って一体どこからきた発想なんだろう。
私だって、自分以外にピンクの髪をした人を知らないのに……顔も知らない『あの人』以外は。
「あ、そうだわ。ルーク殿下とセオドア殿下から、お詫び?の贈り物とお手紙が届いていたわよ?」
「────返品します」
全然こたえてない、あの二人。しかも早すぎ。
「えぇ……いいの?」
「これ以上のトラブルの火種はごめんです」
「それはわかるけど……やっぱり私、ルーク殿下って素敵だと思うのよ」
「この流れからなぜ」
「セオドア殿下って、恋人より公務や国のことを優先なさりそうじゃない? ルーク殿下の方が絶対あなたを優先してくださるタイプだわ」
「国が傾くやつですよね。歴史の本でよく見ます」
「もぉ……メリディアナはドライなんだから」
なぜか義姉レイチェルはルーク殿下が『推し』らしい。
顔が良いとか、強引なのは本気の証拠だとか、ロマンス小説の『ヒーロー』っぽくて素敵とか。
おっとりした口調で、何かにつけてルーク殿下を『推して』くるのだ。
「王子殿下方は婚約者様がいるじゃないですか」
「そうだけど……もしかして水面下で婚約解消を検討なさっているのかも。特にルーク殿下のお相手はあの方だし。それに、学園でのあなたへのいじめはまだ続いているのでしょう? ルーク殿下なら守ってくださるわよ」
「そもそも殿下が原因の一つですけど!?」
むしろ二人の王子が私に近づかなくなれば、嫌がらせが激減するかもしれない。
ぜひそうなってほしい。平穏な未来、大歓迎。
……私は、つい先ほどのシルヴァ様との会話を思い出した。
図書館の中で、最近の状況を聞き出したシルヴァ様は
『やはりもう警察に介入させるべきだと思う』
と結論づけた。
学園の先生方は都度対応してくださっている。
でも、犯人が特定できなかったり、誰かから圧力がかかって思うように犯人を処分できなかったりということが続き、嫌がらせを止めることができていない。
そもそも、器物破損、窃盗、身辺への危害などは犯罪だ。犯罪の対処は教師の仕事ではない。
学生間のトラブルだからと尻込みせずに、警察に介入させるべきだと。
『でも……警察が入って大事になってしまったら』
『大事にしたくないなら、なおさらこれ以上君が傷つけられないうちに蹴りをつけるべきだ。エスカレートして君の身に何か取り返しがつかないことが起きる可能性だってある』
シルヴァ様が本当に私のことを気遣ってくださっているのが伝わって、嬉しかった。
とはいえ火種が飛び火すれば、家同士の対立や、下手をすれば政治抗争に発展してしまいかねない。義父母や義姉に迷惑をかけるのは恐い。
それに将来私が官僚になった時のことを考えると、仕事相手の高官の妻がかつての加害者で……という状況が十分ありうる。
とりあえず義父に相談すると言って、その場は終わったけど、やっぱり悩むなぁ……。
「あ、そうだわメリディアナ。忘れていたわ。手紙が生徒会から届いていたのよ」
「生徒会から、ですか……?」
嫌な予感がしながら、渡された封筒を手に取る。
封蝋を砕いて、手紙を開き……私は「え」という声を思わず漏らした。
「なんて?」
「決闘召喚状です」
「なんで!?」
────高等部第一学年、メリディアナ・オーリウィック侯爵令嬢殿。
第二学年マクシーナ・ウィール公爵令嬢より、婚約者である第三王子ルーク殿下に貴女が接近し、その名誉を汚す行為をしたとの訴えあり。
ついては、ウィール公爵令嬢の希望および、学園則第百五条にのっとり、『魔術決闘』を行うべし。
「えっ、えぇ!? 何をしたのメリディアナ!?」
「天地神明に誓って何もしていないです! ……でも、まぁ、この方が話が早いですね」
そう軽口を叩いた、その時には思いもよらなかった。
この決闘が、私たちの運命を大きく狂わせる大事件の発端になるなんて。
***