15 『おすわり』
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(……女の子に応援してもらった……)
教室の中でついつい思い返してしまう。
初等学校の時の平民の友達とはたまに会うけれど、この学園の中で表だって味方してくれる女の子には会ったことはなかったので、ちょっと嬉しい。
そんな私を見た同じクラスの女子生徒が、ササッと避けるように後ろの方の席に向かっていく。
(……あらら)
教室の中は、また違った意味で以前と変わっていた。
私が在籍しているのは貴族令嬢のクラス。
貴族のほとんどはウィール宰相派閥かドラウン前宰相派閥に属している。
そして、別にそんなルールなどないのに、生徒たちも親の立場に準じるかのようにクラスのグループを形成していた。
そんな中、ウィール宰相派閥、つまりマクシーナ様派の女の子たちが、最近ビクビクして私を警戒している。
悪口も言わないで、放課後もそそくさと帰っていく。
日を追ううちに察した。彼女たちは決闘当日に応援に動員されていたのだ。
私がマクシーナ様に勝ったのも、処刑車輪を壊したり魔力暴走を止めたり魔獣の群れを倒したりしていたのも、目の前で見ていたということになる。
大した実力もないのにチヤホヤされている女だと思って嫌がらせを続けていたら、案外強いことがわかって、仕返しをされないかビクビクしている……そんなところか。
(仕返しに怯えるぐらいなら、最初から嫌がらせなんかしなければいいのに)
一方で、決闘を見に来ていなかったドラウン前宰相派閥=アナスタシア様派の子たちも、何となく空気を察し、様子を見ている感じだ。
ただ、よくある話で、集団の中には妙に攻撃的な言葉を口にしたがるタイプの子がいる。
過激なことを言って注目を集めたい、グループの中でより優位に立ちたい、そういう子が。
そんな子は変わらず私の悪口を言うし、加えて、ここぞとばかりにマクシーナ様の悪口を言ったりしている。
この日もまた、そんな感じだった。
「ねぇ聞いて? マクシーナ様ったら子どもの頃からルーク殿下に狙いを定めて、ベタベタしていらっしゃったそうよ」
「聞いたわ! 殿下が嫌がって逃げ回っても、しつこく追い回していらしたとか」
「そんなお相手と婚約させられるなんて、ルーク殿下もお可哀想。魅了魔法にかかってしまわれたのもそのせいかしら?」
「そうねぇ。魅了魔法にかかる殿方なんてどうせいやらしいこと考えていたからでしょうと思ってしまうけど、ルーク殿下はお可哀想よね」
(…………)
休み時間のたびに繰り広げられる、アナスタシア様派の女子からの聞こえよがしな悪口攻撃。
ルーク殿下とマクシーナ様の子どもの頃のことは、私も初めて知った。
(だからルーク殿下はあんなにマクシーナ様を毛嫌いしていたのか)
そんな話を聞けば、ルーク殿下に同情する気持ちも少し湧いたりするのだけど。
どちらかというと私は、彼女たちが魅了魔法について間違ったことを口にするたびに(うーん……)と思っていた。
放課後。
先生が教室を出た瞬間「それにしてもマクシーナ様ったら……」また悪口大会が始まる。
「……ほんと、頭脳も能力も美貌も何もかもアナスタシア様には及ばないのに、あれで張り合おうとなさっているなんておかしくてたまらないわ!」
自分のことを全部棚にあげて好き放題よく言えるなと、呆れを通り越して感心する。
「あらでも、そんな完璧なアナスタシア様だってセオドア殿下が、メ……他の女性に夢中じゃない!」
おや、ようやくマクシーナ様派の女の子が反論した。私の名前は恐くて口にできなかったらしい。
「そんなの……同じでしょ! セオドア殿下はルーク殿下と違って、男子では一番の成績をとってらっしゃるそうよ!」
「男子ではね! でも学年では、アナスタシア様に負けて万年二位でしょう!」
「ルーク殿下がそんな上位に入られたことおありだったかしら! セオドア殿下は公務にも真摯でいらっしゃるし、どちらが王の器かなんてはっきりしているわ!」
「あら! でも魅了魔法にかけられるようなだらしない男性が王の器だっていうの?」
「ルーク殿下だって同じでしょ! お心がたるんでらっしゃるからよ!」
王子殿下方に魅了魔法なんかかけられていないし、そもそも皆さん魅了魔法への誤解が酷すぎる。
頬杖ついてため息ひとつ。
そして私は校則違反する覚悟を決めた。
「──────〈おすわり〉」
ザザッ!
物音とともに、教室の中の生徒たちが全員、私に向かってひざまずいていた。
「……え?」
「……は?」
どちらの派閥の女の子たちも、派閥に属していない子も、なんで今自分がそんな動きをしたのかわけがわからないという顔でいる。
私は続けて口を開く。
「────〈お手〉、〈おかわり〉、〈三回まわってワン〉」
わけがわからない顔のまま、生徒たちは皆私の指示どおりの動きをして「「「「ワン」」」」と鳴く。
「────また〈おすわり〉」
そして皆、またひざまずく。
「……え、なに」
「なん、なのっ、これ……」
勝手に動いてしまう身体と口に、クラスメイトたちの表情は、困惑から恐怖へと変わっていく。
「魅了魔法は脳干渉魔法の一種。昔は精神干渉という呼び方をしていました。
今のは、即効性の脳干渉魔法の一番弱いものです。
身体を動かしているのは脳の命令なので」
「「「「「…………?」」」」」
「ちなみに私は、魔法治療の手段として脳干渉魔法を扱う資格を持っています。
今のは後遺症を残さないためと『逆らえない』感覚をわかっていただくため、動作だけ干渉しています。
が、実際に悪意をもって脳干渉魔法をかける人間は認識までいじります。かけられた人は自分が何かおかしなことをしていると認識することもできなくなります。
着替えとか挨拶とか、普通のことをしているつもりで、三回まわってワンと鳴くわけです。
さて皆さん、これが精神論とか根性論で防げると思います?」
「「「「「………………」」」」」
「魔法医師として結論を言います。防げません。
防げるのは魔法をかけてきた人間よりも自分の魔力が強い場合、魔道具等で正しい対策をしている場合ぐらいです。
つまり『魅了魔法にかかるなんてだらしない』みたいな見当外れのことを言って油断している人ほど危ないということですね」
皆ひどく気まずそうな顔をしてはいるけれど、話には静かに耳を傾けている。
「後遺症として精神疾患が出ることもあります。脳はとても繊細で複雑です。無理矢理脳をいじられた人の治療は、本当に難しいんです。
家族にかかる負担も半端なものではありません」
何人かの顔が、だんだんと青ざめていく。
もし自分や家族がそういう状況に追い込まれたら、を想像したのだろうか。
「もっと恐ろしいのは、専門家でさえ脳干渉魔法にかけられた人を見抜くのはとても難しいということです。
私が皆さんに魅了魔法を軽く考えてほしくない理由、わかっていただけましたか?」
これで魅了魔法、脳干渉魔法の恐ろしさが十分伝わっただろうか?
伝わったなら、被害者に偏見の目とか向けたりしないでほしいんだけどな……などとかんがえていたら、
「……ご、ごめんなさい……」誰かが呟くように言ったのを皮切りに、
「も、もう、嫌がらせしないからっ」
「もうかけないで、お願いっ」
ひざまずいたままのクラスメイトたちが懇願し始める。
「え……あの?」
先ほど楽しそうに悪口を言っていた少女たちも、ぶるぶる震えて真っ青な顔をしている。
どうしたんだろう。
そんなに青い顔するほど、恐い話したかな?
「…………わかったから……もう、いいかしら?」
(!?)
教室の外から声が聞こえ、私はあわてて声がした出口に駆け寄った。
ちょうど教室に入ろうとしていたところだったのか……生徒会長アナスタシア様が、こちらは顔を真っ赤にしてプルプル震えながらひざまずいていた。
(……………………)
ここにいる、ということは、つまり……。
廊下にいる生徒たちが、何か見てはいけないものを見たかのように顔を引きつらせている、ということは。
(……やってしまった)
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