12 最後にそれを止めたのは
魔力暴走……相当強い魔力を持った人間に稀に起こる現象で、感情の高ぶりなどで魔力をコントロールできなくなるものだ。
治すことができなければ、そのままモンスターと同じく『討伐対象』になってしまう。
本当に珍しい現象だけど、対処できる魔法医師は少ない。
生前の父のもとにも、魔力暴走した人を止めてくれという依頼が何度も飛び込んできていた。
だから私も、対処を教わっている。
殴りかかってきた魔杖を、かいくぐること数度。
私はマクシーナ様の懐に入ると、顎先にヒュッと掌底打ちを入れた。
彼女はがくんと膝をつく。
「〈氷結拘束〉!」
ビキビキビキビキビキ……!
私でない女性の声とともに、マクシーナ様の下半身を氷が包んで拘束した。
お腹を殴られた痛みにまだ苦しい表情をしているアナスタシア様(魔力属性:氷)が、身体を引きずり起こしてこちらに手を伸ばしている。
拘束魔法をかけてくれたのだ。助かった。
マクシーナ様の魔力暴走は続いている。
終わらせないと。
獣の口の形を模した掌印を、私は彼女の鼻先に突きつける。
「〈魔力悪食〉!」
大量の魔力が一気に私の中になだれ込む。
(……念のため、ちょっと多めに吸収しておこう。気を失う程度に調整して)
過剰な魔力を吸収しきると、マクシーナ様は前のめりに突っ伏した。
そのまま意識を失ったようだ。
深呼吸しながら、私の身体に入ったマクシーナ様の魔力の流れを慎重に整えていく。
ここが正念場だ。失敗するとこちらが魔力暴走を起こしてしまう。
濁流のように荒れ狂った魔力の流れが、少しずつ、少しずつ、落ち着いて……。
「………………終わった」
良かった。
二人とも討伐対象にならなくて済んで。
地面に倒れているマクシーナ様の魔杖が目に入った。
危ないし、これも回収しておかないと……。
(!)
魔杖に触れる寸前感じた異変に、とっさに大きく後退った。
それを証明するように、魔杖の先からボボボボボボボ……と……無数の魔法陣が出現しては空中に浮き上がっていく。
(……なんでここで召喚魔法!?)
これ、マクシーナ様の魔力じゃない。
……魔杖に、何か仕掛けがあった!?
魔法陣から黒い瘴気の塊が出る。
それが次から次へと狼のような形を作りムクムクと大きくなっていく。
特殊な魔獣だ……。
魔力のみで身体を構築したエネルギー生命体。
全部で十数頭もいる。
(この魔獣……〈崩壊闇狼〉?)
魔力の強い人間が大好物で、特に光属性の魔力を好むとか。
子どものころ、図書館で夢中になって全巻読破したモンスター図鑑に出てきた。
実物を見るのはもちろん初めてだけど。
「大丈夫ですか、オーリウィックさん!」
異変に気づいた先生方が、魔法防壁を解除して入ってこようとするのを、私は「解かないで!」と制止した。
解いたら他の生徒たちが襲われてしまう。
幸い、光属性の魔力のせいか、魔法防壁に囲まれた黒い狼たちは、すっかり私に狙いを定めている。
だから逆にやりやすい。
狼たちは入念にこちらを取り囲んでおいて、一斉に大口を開けて私を噛もうと迫ってきた。
深呼吸して私は掌印を構える。
「────〈光刃〉!!」
360度全方向に放たれた光の刃が、すべての狼を一気に両断した。
断たれた狼の身体は黒い靄となって消えていく。
光の刃は魔法防壁にあたって砕けた。
(よし。全部仕留めた)
観客席のどよめきが聞こえる。
周りに被害がでなくてよかった。
もうさすがに、これでおしまい……
(……じゃない!?)
目を離した一瞬で描かれるなんてあり得ないほどの大きな魔法陣が、地面に描かれている。
真っ黒い闇が、黒インクのように精緻な魔法陣を描いていた。
紫のもやが魔法陣を取り囲み、突如バチバチとした雷撃と風が放たれる。とても近づけない!
(……何、あれ!?)
魔法陣の中央から、真っ黒く巨大な頭が出てこようとしている。
はっきりと見えないけど、文字通り山のように大きい。魔力の強さも全然違う。
グン、と、地面からでてきた魔獣の目が、ジロリと私を見た。
たぶん相当まずい状況────これは……私、死……。
「────下がれ、リディ!」
「!?」
人間は私たち三人しかいないはずのこのフィールドで、私は後ろから腕を強く引かれた。
(!? え……!?)
よろけて後退した私は、なぜかフィールドの外に出ていた。
先生方の手でなければ解除できないはずの魔法防壁に、あかないはずの大穴が空いている。
入れ違いに、私の腕を引いただろうその人が魔法陣の雷撃のただ中に突っ込んでいる。
(えっ……)
すでに魔法陣から完全に顔を出した、山のように大きな真っ黒なモンスターの頭に、その人が飛び乗った!
「待っ……!!!!」
────ド ド ド ド ド ジ ュ ン ン!!!!!!!
地に響く恐ろしい轟音。
あの手が触れた刹那、暴風も雷撃も大きすぎる魔獣の頭までもが消滅した。
まるで、一瞬で地面に押し戻されたかのように。
まるで、魔法のように、無効化された。
「あ…………」
すべてをかき消して、その人は地面に立っていた。
「シ……シルヴァ様!」
私は夢中で駆け寄った。