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1 貴族令嬢たちは今日も私を敵視する

 ────恥知らずなメス猫令嬢様へ。ピンク髪の売春婦は娼館にお帰りになったら?



「……また?」


 登校早々目にしたのは、赤いインクでロッカーの扉に書き殴られた悪意だった。


「あら、お可哀想ね、クスクスクス」

「ちょっと顔が良いからと調子に乗っているからよ。いい気味ですわ」


 通りすがりの女子生徒たちが、聴こえるように嘲笑っていく。

 私、メリディアナ・オーリウィックは、亡き父がいつも褒めてくれたピンクの髪をかきあげて嘆息した。


 十五歳。高等部一年生。この国指折りの名家の当主・オーリウィック侯爵の姪であり養女。

 そんな私は、貴族や上流階級の子女が通うこの学園の中で、嫌がらせの標的になっている。


 ロッカーには『平民は出ていけ』だの『侯爵家の恥』だの『あばずれ髪の淫魔』だの落書きされ。

 教科書や学用品も目を離した隙に破かれ壊され。

 泥水をかけられたり、階段から突き落とされそうになったことさえ何度もある。



『ピンク髪の成り上がり令嬢といえば、可愛い子ぶって他人の婚約者をたぶらかす尻軽悪女』


 それが、若い娘に大人気なロマンス小説の、最近のあるある設定なのだという。

 私の容姿の特徴と、元平民、ちょっと珍しい魔力持ちというのが条件に合うらしい。

 共通点を強調して悪評を流す人がいるせいで、すっかり私は『尻軽ピンク髪令嬢』扱いされているのだ。


(それで学校の備品まで傷つけるとか、本当に意味わからないんだけど……)


 ……という部分でも怒りはあるのだけど、へこたれてはいられない。

 私には夢がある。

 官僚になってこの国の医療体制を強化するという夢が。

 男性も色恋も不要です。

 私は仕事に人生を捧げるので。


 教師たちに被害を報告した後、教室に入った。

 この学園は男女別学で、私と同じクラスにいるのは全員貴族の娘だ。

 今日も一日、クラスメイトの敵意を感じながら授業を受ける。


「……あの子ったら、また……らしいわよ?」

「あんなの絶っ対、魅了魔法を使ってるわよね……」

 

 同級生のヒソヒソ話は、大抵私の悪口なので、今日もずっと一番前の席で勉強に集中する。

 おかげでこの前の試験も一位です。

 ……みんな、勉強しよ?



 放課後。



(ああ、終わった……迎えが来るまで図書館で本を探そう)


 学園に隣接している図書館に向かおうと、私は廊下を歩いていた。

 すると、十人近い女子生徒の一団が私の前に立ちはだかる。


「メリディアナ・オーリウィック!

 ふしだらな真似はいいかげんになさい!」


 どうやら待ち構えていたらしい。

 本日二度目の『また?』を言いたい気持ちをグッと抑え、私は無理矢理笑顔を作る。


「皆様、どういったご用で……」


「白々しいわね、その態度!」

「この前はアギー侯爵家令息や騎士団長ご子息で、今度はズール伯爵の令息ですって!?」

「……婚約者のいる殿方ばかり誘惑して!」

「本当になんて節操がないのかしら。王子殿下にまで近寄るし!」

「魅了魔法とその胸で篭絡(ろうらく)しているんでしょう!」

「いやらしい体つき、淫らな髪の色……まるで典型的なロマンス小説の元平民の尻軽女キャラだわ」


(……今日も激しいなぁ)


 騒ぎ立てているご令嬢方は皆オーリウィック家よりも家格が下だけど『あなた本来の身分は平民でしょう?』と言いたげな顔だ。

 そして彼女らを矢面に立たせ、後方から二人の公爵令嬢が私をにらみつけている。

 この国の第二王子と第三王子の婚約者だ。


 面倒だけど、私は言い返す。


「皆様の辞書には、殿方に待ち伏せされて人気のない場所に引きずられそうになった女性も『泥棒猫』だと書かれているのですか? だとしたら今すぐ買い換えをお勧めしますね」


「……え?」「……は!?」


「とっさに蹴り……いえ、逃げましたので事なきを得たまでです。

 先生方には報告し、ズール伯爵家には義父(ちち)より厳重に抗議をしております。

 髪色は生まれつきですし、女性の胸の大きさは性欲云々ほぼ関係なく遺伝的要因が大きいというのが定説です。

 あと人の体型にぐちぐち言わないでください性的侮辱(セクハラ)です。

 それでは失礼いたします」


 一息に言いきったあと丁重にカーテシーをし、私は彼女たちの横をすり抜けようとした。


「ま、待ちなさい!」


 一人が必死で進路をふさいでくる。


「さ、誘ってきたのはあなただと彼は言っていたわ!

 自分が誘惑しておきながら被害者ぶって彼を陥れているんでしょう。最低よ!」


「ああ、あの人のご婚約者様ですか?

 では鎖つきの丈夫な首輪でもつけて目を離さないでおいていただけますか。

 放し飼いにされると本当に迷惑なので」


「なっ……何よ……!」


 顔を真っ赤にして言葉に詰まった彼女が、私の顔めがけ、へたくそなビンタをしようと手を振り上げた。その時。


「────何をしているんだ!」


 男性の声。荒い足音とともに、声の主が駆けつけてくる。

 男子生徒の取り巻きと従者たちまで引き連れて。

 もう一度言うが、この学園は男女別学。ここは女子棟だ。


「またよってたかってメリディアナ嬢をいじめているのか!?

 彼女の美貌や、学園一の魔力に対する嫉妬か!?

 大勢で卑劣な真似をするなど、言語道断!」


(…………)頭が痛くなってきた。


 この国の第二王子、セオドア殿下。

 眼鏡をかけた高等部三年生。

 美形ながら生真面目な雰囲気の彼はなぜかいつも、私が女子生徒に絡まれていると助けようとする。

 そして毎回事態を悪化させるのだ。


「殿下」


 公爵令嬢のうち一人が、氷のような眼差しで殿下を見据える。

 金髪碧眼、長身で華やかな顔立ちの美人。

 高等部三年生、殿下の婚約者アナスタシア様だ。


「メリディアナ様に注意をしていただけですわ。貴族の女性として少し目に余るものがおありでしたので」

「こんな集団でか!?」

「何度お話ししても聞いてくださらないので、こちらも少し力が入ってしまったのです」

「大丈夫かメリディアナ嬢。こんな大勢に詰め寄られて恐かっただろう?」


「……いえ、まったく?」


 確かに、彼女たちには中等部の頃から何度どころか何十度も詰め寄られている。

 男子生徒に言い寄られるたび、私から誘惑したに違いない、あるいは魅了魔法をかけたのだろうと決めつけてくるので、毎回話が平行線なのだ。


(たぶんそれ、みなさんが私を『ピンク髪の尻軽』って吹聴しているせいですよ?)


 要は、私はモテているのではなく、この学園の男子生徒たちから『ヤれそうな女』認定されているのだと思う。

 この王子殿下も、きっと同じだろう。


「そんな風に強がって……本当はつらいのだろう? こんなにも敵意を向けられて」

「殿下、近いのですが」

「そ、その……きっと人がいると話せないことだってあるだろう。い、一度、二人きりで話を聞かせてくれないか。君の本音を」


 いやもう、ほんとやめてください婚約者の前で顔を赤らめないで。

 アナスタシア様が爆発寸前なんですよ。気づいて。


「……しっ、失礼いたします!」

「あっ、メリディアナ嬢!」


 一瞬の隙をついて、私は逃げ出した。


 「まっ…待ってくれ、メリディアナ嬢!」


 セオドア殿下たちが追ってくる。

 制服の長いスカートをたくしあげた私は、階段を三段飛ばしで駆け下りる。


「ごめんなさい勘弁してくださいっ! 私の平穏を願うなら話しかけないでください!」

「やはり嫉妬され嫌がらせを受けているのだな?! 遠慮せず私を頼ってくれ!」

「だから! そうじゃなくて!」


 中庭に駆け込んだ。

 整えられた植え込みが目に入り、とっさにその陰に隠れる。

 セオドア殿下たちは私を見失ったらしく、「あっちか!」「どっちだ!」などと言っている。


 一旦()くことはできた……かな?


(様子を見て、早くここから離れないと)


 そう思った矢先

「みーつけた」

「!?」

 耳元で別の男性の声、後ろから抱きすくめられる。

 私はためらわず、その男性の脇腹に肘鉄を撃ち込んだ。

「ぐふ!?」

 男性の手の力が一瞬緩んだ隙に片腕をとり、ブン!と背負い投げの要領で投げる。

 長身は宙に舞い、背中から地面に叩きつけられた。


「痛! いだだぁ……ちょ、王子に容赦(ようしゃ)なく肘打ちして投げるとか不敬すぎでしょ!」

「どうしてここにいらっしゃるんですか、ルーク殿下」


 顔をしかめながら起き上がった彼から、急いで距離をとる。

 第三王子ルーク殿下。二年生。

 こちらも美形で、女子生徒からの人気は高いらしいけど、私には関係ない。


(一人ってことは、またこの人護衛を()いたのかな……)


 背後からは、セオドア殿下たちの声。

 後ずさる私に、目の前の王子は迫ってくる。


「ハハッ。テオが騒いでいたのが聴こえたんだよね。というか君の魔力なら学園のどこにいても感知魔法でわかるよ?」

「うわ気持ち悪……いえ、授業以外の魔法使用、校則違反で先生に報告しますね」

「今日も薔薇のように麗しいね。その(みどり)の瞳の美しさにはどんな宝石も敵わないよ」

「だからそういう褒め言葉はご婚約者様にどうぞ」

「え、それって嫉妬? 可愛いね」

「人の話聞いてます? 近いんで!」


 こちらが逃げられないことを良いことにぐいぐい迫ってくるルーク殿下。

 顎を指で捕らえられ、とっさに私は手で口を覆う。


「ちょっと……ここは乙女的には恥じらいながら大人しく唇を奪われる場面じゃないの?」


(絶対に! 嫌ですけど!)


「いじめって最悪だよね。本当はつらいんでしょ? 俺のモノになれば守ってあげるよ。どう?」


(絶対に、嫌!!!!)


 業を煮やしたのか殿下は私の手を口から剥がそうとする。

 逃げられない。でも殴ったら怪我させてしまう。

 校則違反だから避けたかったけど……仕方ない。

 空いた方の手で、怪我をさせない程度の魔法を発動────


「……!?」

「いだ、いだだだぁっ!!」


 発動しかけの魔法が一瞬で消滅し、ルーク殿下は別の人物に片手で腕を捻り上げられていた。


「すまない。またうちの弟たちが」

「シルヴァ様!」


 私は心底ホッとする。

 艶のある、やや暗めの色合いの銀髪。

 美しい矢車菊の青コーンフラワー・ブルーの瞳。

 恐いくらいに凛とした強い眼差し。

 セオドア殿下やルーク殿下より背が高く、鍛え上げられた身体と隠しきれない気品。


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、シルヴァ様」

「お、おい! 痛、はっ、放せ! 不敬だぞ! シルヴァ、おまえはもう王子じゃない……いだだだだっ!」


 逃げられずわめくルーク殿下を、シルヴァ様は少し呆れたような目で見下ろす。


 十八歳、大学部一年生のシルヴァ様。三年前『魔法が使えない』ことを理由に廃嫡され王室籍を剥奪され、婚約破棄までされた元第一王子であり……私の亡き父の教え子だった。

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