オリバーの献身
読んでいただきありがとうございます。最終回です。
ビビアンが可愛すぎる。僕の身体の事情を打ち明けたのに離縁をやめてくれた。
しかも好きだったとまで言ってくれた。僕の女神だ。全身全霊で彼女に尽くさなくては男が廃る。でも子供を抱かせてあげる事が出来ない、いつまでもその事が僕を蝕む。
取り敢えず気を取り直してアーリーモーニングティーを彼女の部屋に運ぶことにした。紅茶の淹れ方は彼女の侍女に特訓を受けた。ダージリンが好きらしい。こんな事も知らなかった。扉をノックし返事を待って部屋に入ると、侍女だと思っていたらしく慌てたビビアンが見られた。可愛い。寝間着の上にガウンを羽織っている。今度寝間着とガウンを注文しようかと考えた。
「僕の奥様はどうして驚いているのかな」
「旦那様が来られるなんて驚きますわ。紅茶を淹れてくださったのですか?」
「君のために練習をしたんだ、飲んでみて」
白いシャツに黒のトラウザーズの旦那様が微笑みながら紅茶を渡してくれた。イケメンが過ぎると思う。心臓が止まりそうだ。
ビビアンの白い綺麗な手がカップを掴む、優美だ。彼女の愛おしい口が紅茶を一口飲んでほうっと息を吐いた。
「美味しいですわ、私の好きなダージリンですわね」
「これから毎日運んでくるよ」
朝一番に目に入るのが憧れていたオリバー様の整った顔なんて、凄いご褒美だ。
カーテンを開ける手つきまで慣れてない?イケメンは何をしても様になるのかしら。
紅茶を飲んだらユーナを呼んでもらい着替えを手伝ってもらった。今日のドレスは私のショップの薄桃色のドレスにした。
先に座って待ってくれていた旦那様はシャツの襟をきちんと止めて水色のジャケットを着ていた。お洒落だ。
「ビビアン綺麗だ、春の妖精のようだね」
「旦那様も素敵ですわ」
この話術こそが社交界で令嬢達をきゃあきゃあ言わせていたのかと思ったら、少し切なくなってしまった。
「冷めないうちに食べよう」
かぼちゃのポタージュスープにサラダ、白いパンにカリカリに焼いた厚焼ベーコン、ふわふわなチーズ入りオムレツ、デザートは林檎のコンポートだった。
「今日は何か予定が入っているの?」
「ショップに顔を出してお客様の注文と進み具合をチェックしようと思っております」
「その後でいいから少しだけ僕に付き合って欲しいんだけど、良いかな?」
「では昼食後にいたしましょうか?その頃には終わっていると思いますので」
「僕も頑張って仕事を片付けるよ。迎えに行くからよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
離縁を回避出来た言ってもついこの間のことだ。壁を作っていたのは僕なのだから頑張って歩み寄ろうと思っている。領地の復興もビビアンの家の支援のお陰で順調だ。一時減りかけていた使用人も戻ってきてもらうことが出来、屋敷も順調に回っている。屋敷の雰囲気も明るくなった。
ビビアンをショップまで迎えに行きエスコートして昔から馴染みの宝飾店に連れて行った。今の自分に買えるような値段の物を用意してもらえるように支配人には話を通している。もっと豊かになり借財が返せるようになれば、もっと素晴らしいものをプレゼントしたいと思っている。
旦那様がショップまで迎えに来てくださった。歩いている時に視線が旦那様に集まっているのがわかる。私がエスコートされているにも関わらずだ。旦那様が私ばかり見てニコニコしているので引いたみたいだけど。
連れて行ってもらった宝飾店では支配人が待っていてくれ、可愛くてお洒落な指輪やネックレスを見せてもらった。
緑のエメラルドの指輪が目に止まった。
「それがお気に召しましたかな、奥様は目利きでいらっしゃる」
「支配人これを妻の指のサイズに合わせてくれ」
「かしこまりました」
「紫水晶のアメジストはあるかしら、そちらを指輪にしていただきたいわ」
「ご主人様のサイズにされるのですね」
「そうよ、男性用らしく大ぶりのものがいいわ」
「宝石は妻のものと大きさを合わせて欲しい」
「かしこまりました、ではこのようなデザインでいかがですか?」
オリバーの瞳の色の緑色のエメラルドとビビアンの瞳の色のアメジストでペアリングを作ることが出来た。お互いにプレゼントするということになり支配人に生温かな目で見られたような気がする。
出来上がったら伯爵家に届けてくれるというので頼んでおいた。
今度は馬車に乗って移動した。郊外に花の丘と呼ばれるところがあるようでそこに案内された。降りるとハナツメクサのピンク色の絨毯が一面に広がりそれは見事なものだった。
「綺麗ですね」
「君のほうが何倍も綺麗だけど、ここの景色は素晴らしいよね。息をするのが辛くなるとここに来て勇気をもらっていた。僕と結婚してください」
跪いた僕はもう一度きちんとプロポーズし直した。
「はい、喜んで」
ようやくスタート地点に立てたと思った。まだこれからだ。
少しずつ気まずさが取れて眠る前のお茶を一緒に飲み話が出来るようになった。頑張って彼女の部屋にお邪魔している状態だ。湯上がりの少し赤く色づいた肌が艶めかしいが我慢をしている。夕食の後に執務を片付け大急ぎでシャワーを浴び彼女に会いに行くのが楽しみでならない。
「今夜もとても綺麗だね、流れるような髪に目が釘付けになってしまう。少しだけ触れてみてもいいだろうか」
ビビアンは恥ずかしそうにコクンと頷いた。
「シルクのような手触りだ、艶があり美しい」
「旦那様の巻き毛も柔らかそうです」
「嫌でなければ触って貰って良いよ」
ビビアンはそっと髪を触ってみた。ふわふわでカシミヤの毛のようだった。
ちょろすぎないか私。あれからオリバー様がひたすら甘く尽くしてくるから乙女心が決壊寸前だ。絆されまいと頑張っているけど無理かもしれない。
離縁を撤回した時点で白旗を上げていたのだろうと思う。でもまた冷たくされたら怖いので、そうなれば心が壊れる前に別れるつもりだ。辛い思いは二度と嫌だ。信じられないわけではないけど、トラウマが私を脅かす。
お茶がアルコール度数の低いワインに代わる頃にはかなり打ち解けることができるようになった。隣に座って来るオリバーにどきどきしていたが、恥ずかしくて顔に出せない。オリバーはビビアンの髪を弄びながらワイングラスを傾けていた。
オリバー様がかっこよすぎて直視出来ない。何なのこの男、自分の色気をわかってやってるのかしら。無自覚なら罪深いわ。あれから侍従のように接してくるので、動悸が止まらないビビアンである。一度諦めた恋心が再燃してきたと思う。
やけに気分が上がったビビアンはワインをぐっと飲み干した。驚いたのはオリバーである。ワインを飲む喉元が艶めかしいのに何という飲み方をするのだろうと思わず見つめてしまった。
「オリバーしゃまもグッとお飲みください、ふわふわして気持ちが良くなってきました。疲れが取れていい感じ」
ビビアンはお酒に弱かったのかとオリバーはワインの瓶を確認した。アルコールは低めだったが飲み方が良くなかったらしい。
「あこがれてたオリバーしゃまのおそばににいりゅだけでいいと思ってたのにじっさいちゅめたくされてわかれなきゃとおもったら・・・胸がくるしくてたまらなくて、ばかですよね」
と涙をポロポロこぼし始めた。うろたえたオリバーは
「もういいから、悪いのは僕だから」
と言いながらビビアンからグラスを取り上げるとグラグラしている妻の身体を抱き寄せた。
花の香のする柔らかなその人は眠ってしまっていた。
ベッドに連れて行きそっと降ろして寝かしつけようとしたらビビアンの手がシャツを掴んだままだった。「可愛すぎるよ、僕の前でしかお酒は飲ませない」
と呟いたが結局朝までこのまま添い寝をすることになったオリバーだった。
途中で胸に顔を擦り付けて来たり腕の中に収まってこようとするので一睡もできなかった。
朝目が覚めたビビアンは隣に白くて硬いものがあったので何だろうと思ったらオリバーの白いシャツだった。逞しい夫がいたのでさっと目が覚めた。
昨夜のことをゆっくり思い返してみた。確かワインを二人で飲んでいたところまでは記憶にある。それからのことは覚えていない。しかもシャツの裾をしっかり掴んでいる。
「ごめんなさい、オリバー様」
「役得だから気にしないで。昨夜は可愛かったよ、でも僕の前でしかお酒を飲むのは禁止ね」
「絡んだりしたのでしょうか?」
「ただ可愛いだけだったよ、今夜から側で眠ってもいいだろうか?手は出さないと約束する。見ているだけで幸せな気持ちになるんだ」
「今夜は飲みません」
「うん、色々話をしながら眠るのもいいかもしれないね。君の髪がサラサラで触っているのが好きなんだ。そうだアーリーモーニングティーを用意してくるから待っていて」
ひと掬いした髪の毛にキスを落としながらオリバーが言った。
「好きなのは髪だけですか?」
自分で言った言葉に一番驚いているのはビビアン本人だった。あっという間に真っ赤になり俯いてしまった。
「君の全てが好きだよ、愛している。我慢しているのに煽るなんて悪い奥様だ」
抱きしめられた時には、ベッドに押し倒されていた。
「いいの?」
熱のこもった蕩けるような瞳がビビアンを捉えて離さなかった。
出来たのは頷くことだけだった。
一年後懐妊が分かった。オリバーの喜びようは半端なくビビアンを抱きしめて離さなかった。幼少からの苦しみから解き放たれた、その喜びと我が子ができた喜びでオリバーは泣いていた。
離縁を取りやめた時、子供がいなくても生きていく覚悟がビビアンにはあった。その上で復縁を選んだのだから。でも夫の嬉し泣きを見ていると良かったのだと思う。子供は神様からの授かりもの、ますます過保護になったオリバーを見ているとそう実感するビビアンだった。
男の子二人と女の子一人の親になった。ビビアンを取り合って言い合いをしている親子を見ていると可笑しくて幸せな気持ちになる。
あのときの決断は間違っていなかったと思えるから。
誤字報告いつもありがとうございます。お読みいただきありがとうございました。
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