離縁と真実
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とうとう約束の一年がやって来た。スターレイル家の領地は災害からかなり復興を遂げることが出来ていた。サウザンド商会の支援の力は計り知れなかった。
広大な農地には芋や小麦が豊かに育ち始めていた。氾濫を起こした川も土手を直し、治水事業も順調に捗っていた。
オリバーとビビアンは応接間で向かい合わせで座っていた。先程メイドにお茶を淹れてもらい喉を潤した。二人の間のテーブルに初夜の時の書類が置いてあった。離縁届も用意されていた。
オリバーがサインをし続いてビビアンがサインをした。これで二人は他人だ。
◇◇◇◇◇
オリバーが緊張した顔で話してもいいかと尋ねてきた。
「これでお別れになるからきちんと話すのは最後になると思うんだ。言い訳がましいのはわかっているのだけど、最後だから君に聞いて欲しくて」
「そうですわね、別れた夫婦が話すなんてなかなか出来ないでしょうね」
オリバーはまず初夜の言葉を謝った。
「酷いことを言い傷つけて大変申し訳なかった。あんなふうに言うつもりはなかったんだけど、君に触れないようにするためにはああ言うのがいいと思ってしまい済まないことをしてしまった。とても後悔した。他に言いようがあったと思った。君が嫌いだったわけではないんだ」
「愛する方がいたんですよね、あの時否定されませんでしたわ」
「誓ってそんな人はいなかった。君はとても可愛いと顔合わせの時から思っていた。でも僕は男として子供ができない身体だと言われていたので、本来なら結婚をするつもりはなかった。子どもの時に一週間高熱が引かなかった時に子種が無くなっているかもしれないと医者に言われたらしい。後継は親戚から貰うから心配いらないと言われて育ってきた。けれど災害があり君の家の援助を受けないと立ち行かなくなってしまった。申し訳ないとずっと思っていたんだが僕の意思では断ることも出来ず君に一番辛い思いをさせてしまった」
「女性が子供を産まないと婚家からうるさく言われるのに何も言われなかったのはそういう事情があったからなのですか」
「僕は君に母になる喜びを与えてあげられないどころか借金までするような男だ。最低だと自分を責め君をなるべく早く解放しないといけないと思って過ごしてきた」
「婚約期間から素っ気なくされていたので失敗かなとは思っていたのですが、憧れの方の側にいられれば良いと嫁いできてしまいました。とどめは初夜の言葉でした。失敗したなと思いました。想われてもいない人の側にいるのは辛いものでした。これは一年で終わらせないと、とずっと思ってきました。
子種なんて試してみるようなものでもありませんものね。手を出さないと言われたので愛人の方がいるとずっと思っておりました。
それで私は洋服を作って一人で生きていく道を考え始めたのです」
「領地が災害に遭っていなかったら君にこんな失礼な話は持ち込まなかった。君を苦しませるだけだっただろうに嫌な顔をしないで嫁いできてくれてありがとう。伯爵家だけ得をした形になって申し訳ないと思ってる」
「再婚される時は始めに話されると良いと思いますわ。お子様はご親戚から貰われるのでしょう?」
「再婚はしない。気持ちが悪いかもしれないが、君のことを想いながら生きて行きたいと思っている」
「私のことを想って生きてくださる?好きでもないのに?何故なのかよくわかりませんわ。罪悪感でしょうか。
事情があったのなら初夜の時に話してくだされば良かったのに。貴方に憧れて嫁いできていたのですから。
冷たくされてこれは馬鹿な私に罰が当たったのだと思いました。
私には関心がないとわかっておりましたのに側にいるだけで幸せだと勘違いをしておりました。いつもご令嬢方に囲まれておられましたのに。婚約者の方もおられたとか」
言いながらビビアンは辛くなってきた。
「没落寸前だとわかったら元婚約者は逃げて行った。騒がれてはいたけれどただそれだけだ。誰にも好意を持ったことなどない。かわすのが下手だったのだろう」
「お金があれば好かれてもいない私でもお側にいられると甘い夢を見てしまいましたの、それは思っていたより辛いものでした。お金で伯爵令息様を買ったと陰口を言われておりましたが本当のことでしたので胸が痛かったです。子供でしたわ」
「好意を持っていてくれたのか、それなのに僕は事情を打ち明けもせず冷たい態度を取って君を傷つけ続けて、遠ざけようとするばかりだったんだね。愚かな事をした」
ビビアンの頬にいつの間にか冷たいものが流れ落ちていた。オリバーが側に来てハンカチで涙を拭いてくれた。
「本当に申し訳なかった、我が家の犠牲になってくれた君にどんな償いをしようかといつも考えていた。一生かかっても償えないのはわかっていたのだけど。遠ざけて触れないようにするのが最善だと思い込んでいたんだ。愚かすぎて吐き気がするよ」
「伯爵令息様に嫌われていたわけではないとわかって救われました。貴方のことが好きでしたから」
「僕も君が好きだった」
「嘘です」
「嘘じゃない、初めて会った時から可愛いと思ったがこの人をこれから我が家の復興の為に犠牲にするのかと思ったら、自分が恐ろしくなった。かと言って縁談を無しに出来る力はなかった。せめて傷つけないようにしようと思ったのに酷い言葉しか出なくて自分が嫌になった。ただの臆病者だ、申し訳なかった」
涙が止まらなくなったビビアンをオリバーは抱きしめた。今までの悲しみが堪えきれず子供の様に声を上げて泣いている花のようなこの人を、ここまで追い詰めたのは自分だと罪悪感を持ち、唇を噛み締めながら胸を貸した。
ビビアンが気の済むまで泣くと
「君は有名デザイナーとしてこの国で輝いていくのだろうな、遠くで見守っている」
「遠くで?」
「領地が落ち着いたら家からは出て遠くの国に行き平民として暮らそうと思っている。それが罪の償いになるのではないかと思っているんだ。家は父が領主だし跡継ぎは親戚から見つけてくるだろう。自分の役目はもう果たしたと思う」
「一生かけて償ってくださるのではないのですか?私への罪滅ぼしをそう簡単に済ませようとしないでください。離縁は取り消します。私の心の傷が治るまで尽くし続けてください」
「君はそれでいいの?僕だけが得をしてしまうけど」
「嫌われていると思ったので私は貴方と別れたほうが生きていきやすいと離縁を選んだのです。愛情が無くても嫌われていないなら心の傷が癒えるまで侍従のように仕えてください」
「愛しているんだ。本当にいいのかな、挽回のチャンスをありがとう、侍従でも奴隷でもいい、一生君に尽くすよ」
「一生償って貰うんですから覚悟をして下さいね。それに形だけではなく心がなくては嫌です」
「何度でも信じてもらえるまで言う。好きだよ、愛している。後継のことはいいのだろうか?」
「それはこれから考えましょう、取り敢えず今日はもう目いっぱいなので部屋に戻らせていただきます」
オリバーはビビアンを横抱きして部屋に連れて行った。人生初のお姫様抱っこに驚いたが、泣きすぎて酷い顔になっているビビアンは顔を胸に押し付け隠す他なかった。
部屋に戻ったビビアンはユーナを呼んでさっきのことを話した。
「あのヘタレ、やっとお嬢様へ告白をしやがったんですね。すっかり目が腫れてしまったじゃないですか、冷やしますよ」
「ユーナ、言葉使いが変よ。けどありがとう」
「いいんですよ、これくらい。さんざんお嬢様を苦しめたんですから」
「そうなんだけど、これからどうするか考えなくちゃいけなくなったわ」
「外国に支店を出すのはありなんじゃないですか?視察がてら旅行もできますし。お嬢様には気晴らしが必要です」
「それは楽しみだわ。それと今までは嫌われていると思っていたので女性のことを警戒する必要はなかったけど、これからは対策も必要になってくるわね」
「お嬢様が離縁するという噂が出ただけでも、ご実家には凄い数の釣り書が沢山届いているそうですよ。お嬢様は優良物件なんです。自信をお持ちになってくださいませ」
「お父様が何と思われているか心配になってきたわ。実家に行ったほうがいいかもしれないわね」
「先触れを出してご都合をお聞きしておきます」
一週間ほど後のお父様の都合の良い日に夫と里帰りすることになった。
子爵家は贅の限りを尽くしてはいるが、あからさまに分かるようにではなく品の良さを出した屋敷になっていた。私はこの屋敷が大好きだった。
応接室で怖い顔のお父様と会うことになった。
「大変ご無沙汰致しております。この度のご支援誠に感謝に堪えません。お陰様でどうにか復興の目処がついてまいりました」
「オリバー君、この頃ビビアン宛の釣り書が何故か沢山届いているのだが心当たりはあるだろうか?」
「一部の貴族に私達が不仲であると噂を流した者がいるようで、私の不徳の致すところだと反省をしております」
「では事実ではないのだな?」
「私は妻を愛しております。よそ見などするはずもありません」
「私はねこう見えて娘が可愛くて仕方がない。君には思うところが大いにあるがビビアンに免じて今回だけは見逃してやろう。しかし二度目はない。よく心に刻んでおくように。ビビアン我慢は良くない、お父様は何時でも味方だ。覚えておきなさい」
オリバーは背中に冷や汗が流れた気がした。義父は全てを知っている。それが一流の商売人の基本だ。絶対に裏切らないようにしようと心に刻んだ。
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