あんバター餃子
「食後は、なんか甘いもんが食いたくなるんだよなぁ」
あんバター餃子が誕生したのは、弦月庵の常連である、銀次郎さんの一言がきっかけだった。
弦月庵は、下町にある餃子のお店だ。
店主の健さんは、まだ三十代くらいの気さくな兄ちゃんで、安くて美味しい餃子を食べさせてくれる。
健さんは株を売買するデイトレーダーでもあり、見かけによらず、お金持ちらしい。
この店も半分は趣味みたいなもので、メニューは餃子とビールのみだし、営業時間は午後六時から午前零時までで、土日月は定休日というやる気の無さだ。
なんでも、弦月庵の店舗が入っている三階建てのビルを現金一括で購入したそうで、二階と三階は住居にしているのだとか。
そういうわけで、健さんは採算など度外視で、常連客からリクエストのあった餃子を作ってくれることがある。
「甘いものかぁ。うちは餃子屋だからなぁ」
常連客の銀次郎さんから、食後に甘いものが食べたいと言われて、健さんは顎に手を当てて考え込んでいる。
そこへ、別の常連客が声を上げた。
「餃子の皮に、甘いものを包んで焼いちまうってのはどうだい?」
声の主は、白髪混じりの頭を短く刈り込んだ、荒木さんというおっちゃんだ。
荒木さんと銀次郎さんは、同じ警備会社で働いている同僚で、年齢も近くて仲が良い。
「甘いものって言っても、カスタードクリームとか生クリームとか入れたら溶けちゃうしなぁ」
健さんは、餃子を焼きながら思案顔で呟く。
「あんことか、どう?」
カウンターの端っこで焼き餃子を頬張っていたタカシが、話に入ってきた。
タカシは和菓子屋の倅で二十歳になったばかり。
みんなから『タカちゃん』と呼ばれて可愛がられている。
「なんだよタカちゃん、自分の店のあんこを売り込みたいだけじゃないか」
健さんが苦笑すると、タカちゃんは慌てて顔の前でブンブン手を振り、否定する。
「違うってば、そんなんじゃないよ。ほら、あんまんとか胡麻団子とか、あんこを使った中華のメニューって割とあるからさ。あん餃子ってのも有りかなと思って」
「確かにそうだな。あん餃子、旨そうじゃないか。健さん、作ってみてくれよ」
銀次郎さんが頼むと、健さんも乗り気になったようで
「そうだなぁ。それじゃあ試しに作ってみるか。あんこだけじゃ面白くないから、真ん中にバターを入れて、あんバター餃子にするってのも良いかもな」
とブツブツ言いながらレシピを考え始める。
「それなら、あんこはうちのを使ってくれよ。安くしとくからさ」
タカちゃんが言うと
「やっぱり売り込みじゃねーか」
と健さんが返し、店内は笑いに包まれた。
翌日、昨日と同じメンバーが店に顔をそろえると、健さんは焼きたての“あんバター餃子“を出してくれた。
普通の餃子に比べると小ぶりな一口サイズで、ほんのり甘い香りが漂ってくる。
「ずいぶん可愛らしい大きさだなぁ」
荒木さんが箸でつまみ上げながら言うと
「甘いからね。あんまりデカいと胸焼けしそうだから、小さくしたんだ」
と健さんが答える。
「なるほどね。よし、それじゃ早速いただいてみようかね」
銀次郎さんが、ひょいと口に放り込む。
餃子の皮に歯を立てるカリッという音がした後、銀次郎さんの口の中で、コリコリと小さな音がする。
「あれ? これ何だ? 何か歯ごたえのあるものが入ってるぞ」
「クルミも入れてみたんだ」
「うん、いいね! 旨いよ! ほら、荒木とタカちゃんも食べてみな」
二人も箸を伸ばして口に入れる。
「へえ、バターの塩気があんこに合うね」
「ホントだ、美味しい! バターの良い香りがするし、クルミの食感もアクセントになってる」
タカちゃんのコメントに、健さんが笑い出す。
「何だい、気取ったこと言っちゃって。テレビの食レポみたいじゃないか」
「褒めてるんだからいいじゃないか」
タカちゃんは言い返しながら、パクパクと餃子を食べ進める。
「おいおいタカちゃん、一人でそんなに食うんじゃねぇよ」
銀次郎さんも負けじと餃子を口に運ぶ。
「俺は甘いのはもういいや。健さん、いつもの餃子とビール!」
荒木さんの注文に
「はいよ!」
と健さんが元気よく応える。
そこへガラガラと戸が開き、他のお客さん達が入ってきた。
「いらっしゃい!」
今日も下町にある小さな餃子屋さんは、常連客で賑わっている。
健さんは、みんなが美味しそうに飲み食いする姿を満足そうに見ながら、汗だくになって餃子を焼き続けた。




