プロローグ 4
「マスター。このお嬢さんに、女性が一番頼む人気メニューを」
「オーケー」
店員は青年からお金を受け取り、奥へと消える。
なんなんだろうか、この青年は。ひょっとしてお金持ちなんだろうか。
「君、ひとまず隣に座りなよ」
「は、はい」
言われた通りに座る。すると、青年にニッコリ微笑まれた。
「俺はファード。君は?」
「ニリハ、です」
「どうして、野菜の皮なんかほしがったの?」
「そ、それは。私、お金なくて、お腹減ってて」
「家は?」
「借り長屋です」
「家出?」
「いえ、けど、まあ、そうです。私の家は、ここからずっと遠くにあるんです」
「ふうん。どうしてヨツヘインに?」
「それは、ここなら、治安が良いって言われて」
私は昨日あった出来事を、語って聞かせた。
青年、ファードはうなずく。
「そっか。大変だったね、ニリハ」
「はい」
「良かったらだけど、ニリハ。うちで働かないか?」
「え?」
「俺はガラス職人なんだけど、母がガラス用品店を開いてるんだ。家族経営さ。そこで、働かせあげるよ」
「い、いいんですか?」
「うん。ニリハが望むのなら」
「よろしくお願いします!」
私は思い切り頭を下げた。
「あはは、こちらこそ。それじゃあ、食べたら店と家を紹介するよ。今日はうちで泊まっていって」
「ああ、それはありがたい申し出なのですが、一度、借り長屋に帰りたいです。友達が、待っているはずなので」
「そっか。そうだね」
「あの、ジュアラも働かせてもらうことは可能でしょうか?」
「もう1人? うーん、それは難しいなあ」
「そうですか」
そうだよね。私を雇うだけでも、きっと無理をしているはずだ。もう1人抱えてもらうなんて、土台無理な話だろう。
けど、それでも、私だけ先に職場が見つかるというのは、ジュアラに申し訳ない。いや、もしかしたらジュアラももうどこか見つけてるかもしれないけど、まだ素直に喜ぶことはできない。
「では、お願いです。ジュアラの働き先も、一緒に探してもらえないでしょうか?」
「うん。そのくらいなら、いいよ。力を貸そう」
「ありがとうございます!」
「はい、ナポリタンだ」
この時、私の前に料理が運ばれてきた。
「あ、ありがとうございます」
目の前で料理を見つめた途端、私のお腹がグーッと鳴った。
「ははは、さあ、遠慮なく食べて」
「はい。では、いただきます」
「ん、おいおい。手づかみじゃダメだよ。ちゃんとフォークを使って食べないと」
「え?」
フォークの使い方がわからず戸惑った私の前で、ファードはフォークを使って器用にナポリタンをすくって、クルクルと回してまとめてみせた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
村での生活では、フォークなんてもの、なかった。全部手づかみだ。でも、ここではこれが常識らしい。
私は顔から火が出る程恥ずかしがってから、今のやり方を見様見真似で憶えて、頑張ってナポリタンを食べた。
ナポリタンは、今まで食べたものの中で一番美味しかった。
店を出た私達は、ファードの案内でガラス洋品店を教えてもらった。
その店の後ろに、ファードの家があった。2軒は庭でつながっている。
「ここが店で、裏が家。明日から、ここに来てほしい」
「はい。わかりました」
「じゃあ、夜道は危ないから、送っていくよ」
「え、いいえ。いいです。1人で帰れます。大丈夫」
「年頃のお嬢さんがそんなこと言わない。ここは送ってもらうところだよ」
「そんな、迷惑じゃありませんか?」
「全然。さあ、借り長屋へ行こう」
「ありがとうございます」
ファードは歩きながら、いろいろ話をしてくれた。
私はほとんど相槌を打つことしかできなかったけど、彼は、良い人なのだろう。
借り長屋に帰ってきた。
「ここか」
「はい。ファード、ここまでありがとうございました」
「ねえ、やっぱり俺の家に泊まろうよ。なんというか、ここは安全じゃない気がする」
「でも、友達も待っていますから。また明日、ファード」
「う、うん。おやすみ、ニリハ」
私はファードを見送ってから、借り長屋に入った。
「ジュアラ、いる?」
「あ、ニリハ、おかえり。どうだった?」
「なんとか、働き先を見つけられたわ」
「え、もう!」
私はファードっていう人から働き先を紹介してもらったことを話した。
「だから、ひょっとしたらファードがジュアラの働き先も紹介してくれるって」
「そっか、ありがとう。ニリハ」
「ジュアラの方は、どうだった?」
「う、うん。ダメ。全然。全滅。どこも私なんていらないって」
「そう」
私はジュアラを抱きしめた。きっと、落ち込んでいるだろうから。
「ジュアラ、ファイトだよ。まだ一日目じゃない」
「うん。そうだよね。でも、ニリハはもう働けるのかあ。すごいな」
「ううん、たまたま運が良かっただけ」
「やっぱりニリハは、きれいだからかな?」
「そんなことないわよ。ジュアラも十分きれいだわ」
「そう言ってくれるのは、ニリハだけよ」
ジュアラがそう言って、そっと私を抱きしめ返す。
「ねえ、ニリハ。いつまでここに戻ってくる?」
「ん。ジュアラが心配だから、いつでも戻ってくるわよ」
「そんなのいいよ。ニリハは、見つけられた仕事を優先して。私は、私1人で頑張るから」
「そういうわけにはいかないわ。ジュアラは、私のたった1人のここでの友達だもの」
「けど、それだけだよね」
「ジュアラ」
「ニリハ。私は、ニリハの荷物になりたくない」
「そんなこと、私は思わないわ」
「私が思うの。だから、ニリハ。何かがあった時、私のことを優先しないで。私は、私1人の力でもちゃんとやっていけるから」
「ジュアラ。ごめんね。やっぱり、私1人だけ先に良くなって」
「全然良いって。私だって、自分のことだけを考えて働き口を探してたんだから。でも、町って、思ってたより良いところじゃなかったんだね」
「そうかも。でも、力になってくれる人もいるわ」
例えば、ファードとか。私は幸いにも、見つけられた。
「ジュアラも、きっと見つけられる」
「うん。そう願っとく」
そう話して、私とジュアラは今日も抱き合って寝た。
早くジュアラにも、良いことがありますように。