プロローグ 11
「ニリハ、いきなり大金もらっちゃったねえ」
カウンター奥に引っ込む時に、サーナにそう言われた。
「ああ、うん。ひとまず厨房におかせてもらえる?」
「うん。いいよ。でも、ひょっとして犯罪?」
「違うから。絶対違うから」
それから、おじいさんも帰って、プラムローナーは暇になる。
その時に、マスターに少し話をしてみた。
「あの、マスター。ちょっといいですか?」
「なんだ」
「もし、私がここを辞めるって言ったら、どうしますか?」
「別に。いいぞ」
「い、いいえ。そういうわけではなくて!」
「ああ。だが給料日まで働いてくれ。その方が給料を渡しやすい」
「あ、はい」
「それまでよく考えろ」
「は、はい」
よく考えろって、言われちゃった。
うん。よく考えよう。慎重に。
夜。借り長屋に帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり、ニリハ。あれ、何持ってるの?」
「うん。お金」
「へ?」
「なんか、もらっちゃった」
「え、何、犯罪?」
「だから違うって」
私はジュアラに、おじいさんに言われたことを一通り話した。
「そっか。恋したから貢がれた、か」
「うん。まあ、そんな感じ」
「それでニリハは、そのお金、どうするの?」
「うーん。どうしよう」
「悩んでるなら、もっと悩めば?」
「ちょっと、それってどういう意味?」
「悩むにも、いろいろとあると思うんだよね。その中の1つが、答えはもう決まってるけど、覚悟が決まらない時」
「うっ」
ジュアラの言葉が、やけに心に響く。
「ニリハも、恋してるんでしょ?」
「う、うん」
「相手は、もしかして、あの時のドラゴンさん?」
「う、うん。シイド」
「やっぱりね。けど、たしかに難易度高すぎかなあ」
「うん。そうだよね」
「でも、良いドラゴンだったよね」
「そうよね」
「じゃあ、悪くないんじゃない?」
「悪くないって、どういうこと?」
「彼氏としてってこと。好きなら、仕方ないしね」
「そ、そうかな」
仕方ないで、探しに行っていいのだろうか。
「ニリハ。恋って、特別だと思うの」
「特別」
「この人が良い。この人と一緒にいたい。そう思えるって、素敵でしょ。だから、忘れちゃいけないことだと思うの」
「でも、私は、ジュアラも大切だよ。このお金を使って、2人でちょっと贅沢するのだって、全然ありだと思う」
「私はもう1人でなんとでもなるわよ。それに、私はこんなお金使えない。使えるとしても、それはもらったニリハのため。だからニリハ。このお金のことと、自分の未来は、自分で決めて」
「う、うん」
「でも、本当は答えなんてもう決まってるんだから、後は覚悟を決めるだけ。それまで一緒にいてあげるし、お金も守ってあげる」
「ジュアラ、なんでそこまで断言できるの?」
「決まってるでしょ。女は恋に生きる生き物だからよ」
「あー。どうなんだろう」
私はそこまで、自信もてないなあ。
でも。
「わかった。ありがとう。ジュアラ。相談したら、ちょっと楽になった」
「うん。それじゃあ、私達がこの借り長屋を抜け出して、離れ離れになるまで、もうちょっとだけの間、2人でいようね」
「うん」
私達が、離れ離れになるまでの間、か。
そっか。そうしたら、私は。
私には、きっと。
シイド。
彼に会いたいという気持ちしか、残らないかもしれない。
それからも、プラムローナーでの仕事を頑張った。
けど数日後に、サーナに仕事を辞めるだろうと伝えた。
「サーナ。悪いけど、私、ここのお仕事、辞めることにするわ」
「あ、ニリハ。そっか。一応訊くけど、あまりにも店が忙しすぎるからやめるわけじゃないよね?」
「うん。この店は、とっても良いところよ。凄く感謝してる。でも、それ以上に探したい人がいるの。この前おじいさんからお金ももらったから、丁度いい機会だし、旅に出てみたいと思う」
「ははあ。さては、男絡みですな?」
「そんな、わけ、だけど、どうしてわかったの?」
「わかるよおー。だってレディーだもん!」
そういうものなのだろうか?
「でも、ニリハが探してる人って、どんな人?」
「私をこの町につれてきてくれた、ドラゴン」
「あー、それは大変そうだねえ。でも、行きたいんだ」
「うん。他にやりたいことがないか考えたら、全くなかったの。だから、まだ若い内に無茶してみようかなって」
「うんうん、いいよ。無茶しちゃえ。上手くいったら教えてね!」
「うん。それじゃあ、たまに手紙書くね」
「うん。ぜひ書いてね。あーでも、そしたらまた私1人で忙しくなっちゃうかー」
「頑張って。サーナ」
「うん。頑張る。これでも立派なここのウエイトレスだからね!」
そうして、マスターにも辞めることを話した。
「そうか」
マスターはそっけなかった。
そして、給料日までは働いて、その日の夜。
私は、店で、ファードと再会した。
「いらっしゃい、ませ」
「あ、ああ」
私とファードは少し焦る。けど、なんとか普通に接客して、頼まれた料理をテーブルに届けた。
「あ、あのさ、ニリハ」
その時ファードに、声をかけられた。
「俺のこと、嫌いなのか?」
「ううん。そうではないわ。けど、私には忘れられない相手がいるから」
「そうか」
うつむくファード。私は彼と完全にお別れになると思って、一言足した。
「ファード。私、これから町を出るわ」
「え」
「初恋の相手を探しに行くの」
そう言って、カウンター奥に引っ込む。
それからファードとは、もう何も話さなかった。




