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プロローグ 10

「お嬢ちゃん、ちょっといいかい?」

 お昼時の忙しい時間も終わった頃。ゆっくりお茶を飲んでいるおじいさんの客に呼ばれた。

「はい、なんでしょうか?」

「ちょっと話がしたくてね。確か前はここにいなかったよね。新しく店員になったのかい?」

 お話かあ。

 まあ、今は手が空いてるから、たぶん付き合うのも接客の内よね。

「はい。偶然サーナと知り合って、無理を言って雇ってもらって。あ、私ニリハです」

「そうか。ニリハというのか。ニリハ、ここのところ毎日ここで働いているね。忙しくないかい?」

「いえ、お店には感謝してます。むしろ恩返ししなければならないって、毎日思っています」

 ここしか頼る場所がないのだから、自然と私はそうなる。

 まだ借り長屋から脱出もできてないしね。

「そうか。でも、それなら自分の時間が欲しくはならないのかい? 例えば、彼氏と会ったりとか」

「そんな。彼氏なんていません」

「そうかい?」

 私がすぐに否定すると、なぜかおじいさんから疑問の声があがった。

「でも、好きな人はいるんだろう?」

「それは」

 一瞬思い出す、シイドの姿。

 でも、あれは、本当に一瞬の、ことだったから。

「ほら、やっぱりいるじゃないか」

「っ」

 おじいさんに言われたら、心に衝撃が走った。

「たしかに、好きな人はいます。でも、会えないんです」

「なぜ?」

「私が好きだった人は、すぐに遠くに行ってしまいましたから」

「そうか。もう会えないのか」

「はい」

「好きな人と二度と会えないというのは、辛いね」

「はい。たぶん」

「たぶん?」

「どこにいるのか、わからないんです。どこに住んでるかも、何をしているかも」

 私のことを憶えているかだって、わからない。

「だから、いいんです」

「君の目は、そうは思っていないよ?」

「え?」


「君の目は、今恋をしている」


 そんなこと言われても。

 どう返せと。

「はあ」

 ひとまず適当に相槌を打っておく。

「ニリハ。君の恋は難しいかもしれないけど、けれど諦めることは難しいだろう。それは少し幸せで、そして大きく不幸だ」

「はあ」

「誰もが皆、幸せになることを目指しているからね。もしニリハが恋をいつか諦めるなら、それは仕方のないことなのだろう。何も、恋愛だけが人生ではないから。けれど、君が君の恋を諦めないというなら、わしは、ニリハの力になりたい」

 おじいさんにまっすぐな目で見つめられて、そう言われる。

 と、言われても。

「はあ」

 正直、それしか言えない。

「明日また来るよ。その時、渡したいものがある。どうか受け取ってほしい」

「い、いえ。そんな。受け取れません」

 一体何を渡されるというのか。少し怖い。

「なに、貢がれるのは乙女の特権だ。何も悪いものじゃない。ひとまず、持ってくるとするよ」

 おじいさんはそう言って笑って、お茶を一気に飲んで帰っていった。

 よくわからないけど、明日断ればいいだろう。


 その翌日。おじいさんは本当にお昼時の遅い時間に、小さくない袋を持って現れた。

 いえ、あれは、財布袋?

「いらっしゃいませ」

「また来たよ、ニリハ。まず、一杯お茶をもらおうか。紅茶を」

「はい。6シクルです」

 紅茶を持っていくと、おじいさんに財布袋を出された。

「ニリハ。これを受け取ってほしい」

「い、いえ。それ、お金ですよね。受け取れません」

「わしが受け取ってほしいんだ。これで、彼氏に会いに行くといい。そうしなくても、何か贅沢をしなさい。それで、私は十分満足する」

 と、言われても。反応に困る。

「なんで、お客様はこんなことをしてくれるのですか?」

「それは、私がニリハに恋をしたからだ」

「はあ!」

 凄く驚いた。

「ああ、もちろんそれだけだ。もっとニリハと仲良くなりたいわけではない。私は、ニリハが幸せになれるなら、それで良いんだ」

「は、はあ」

 いや、でも、腑に落ちない。

「なんで、そこまで言ってくれるのですか?」

「わしが恋をしたのは、これで二度目だ。死んだばあさんを看取って5年。新しい恋ができたのは、奇跡だと思っておる」

「はあ。それは、ありがとうございます」

「わしは君の恋する瞳に惹かれた。そしてその瞳は、50年前から見たことがある。わしのばあさんもそういう目をしとった。わしに向けておった」

 のろけかい。

「わしはそんなばあさんを喜ばせようとして、必死に働いて、できるだけ金を稼いだ。だが、どれだけ金を集めても、ばあさんはそれを使おうとは言わなかった。わしといられる時間が、最高の幸せだと言って」

 やっぱりのろけだ。これ。

「その時わしは知った。恋があれば、金はいらないと。少なくとも、贅沢は恋には勝てないのだと」

 う。凄い良い言葉。

「そんなわけで、わしは大金を使い切る前にばあさんに死なれてしまってな。もう使い道がなかったのだ。生意気な孫子供らに残すような真似も好かん」

「あ、はい」

「それで、亡きばあさんと同じ恋する目をしておるあなた、ニリハにこのお金をもらってほしいのじゃ。そして、できればその恋を成就させてほしい」

 恋の成就、か。

 たしかに、それができたらとっても素敵だ。私は彼に、シイドにもう一度会いたい。

 でも、そんなこと本当にできるだろうか?

「私は、彼を、シイドを、見つけることができるのでしょうか?」

「それはわしにもわからん。じゃが、わしはニリハに彼を見つけてほしい。本当に、ニリハに幸せになってほしい。ただそれだけじゃ」

 本当の、幸せ。

 そんなもの、あるのだろうか。求めれば手に入るのだろうか。

 そう思ったけど、その時ふと、ファードの顔が思い浮かんだ。

 すると、私の考えはやけにあっさりとまとまった。

 私に、シイド以外の幸せなんて、ないんだ。

 少なくとも、私の初恋は、まだ終わってなかった。

「彼を見つけるのは、考えさせてください」

 でも私は、そう言うしかなかった。

「シイドを探すなら、私はこの町を出ていかなければなりません。その決心はまだ、つきません」

「そうか。だが、もちろんニリハは町を出ていかなくてもいい。だからこのお金はひとまず、わしの恋の続きを、もらってほしい」

 私は戸惑いながらも、お金をもらった。

「ありがとうございます」

「5万シクルある」

「多っ!」


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