プロローグ 1
私、ニリハとジュアラは心を深く閉ざしたまま馬車の中で揺られていた。
この馬車は今、伯爵様がいる屋敷へと向かっている。伯爵様の領土では、女性は全員、15歳になると屋敷へ呼ばれる決まりなのだ。
乙女召集令。領土内の少女は皆、伯爵様と会って数日過ごさなければならない。必ず。
身も蓋もなく言うと、私達の体が目当ての法律だ。ちなみに、伯爵様と会う前に既に恋人を作った者は、刑罰に処される。鞭打ち20回だ。男女共に罰を受ける。
私はまだ恋を知らないが、それでも男女の営みくらい知っている。そしてきっと私とジュアラは、伯爵様に気に入られたらそういうことを迫られるのだ。
昨年乙女召集令から帰ってきた勝ち気なセスティナが、帰ってきて両親の顔を見た途端泣き始めた。そして、明るい顔をして帰ってきた者は誰1人いなかったし、人によっては一月以上ふさぎこむ人もいた。
この先私達に何が待ち受けているかは、鮮明にはわからないが、絶対に辛いことだろう。本当なら行きたくない。逃げ出したい。
けれど、こうして伯爵様の騎士が来て、馬車に乗せられた後はもう遅い。手遅れなのだ。ここから先は一方通行。伯爵様と会うしかない。そしたらそれから、それから、その後は。
やめよう。考えるのは。何を考えても無駄だ。
そう思っても、不安な頭は自然と思考を続けてしまう。何もないならどんなにいいか。けど実際には、私は、初めて会う伯爵様に目を通され、もし気に入られたら、その後はきっと、無理やり。
ガタッと。自分の体が大きく震え、とっさに両腕で体を抱きしめた。
ちらりとジュアラを見る。ジュアラも息苦しそうで、両手を握りしめて固まっている。なにかに祈っているのだろうか。いったい何に。神様は、私達も、セスティナも、誰も救ってくれない。神様は目の前に現れて、助けてくれはしないのだ。
じゃあ、何に祈ればいい。悪魔か。嵐か。
禁忌でも、災害でも、もう使えるならなんでもいい。早く来てくれ。私は、ここから逃げたい。
ただ誰かの欲望のためだけに掌の上で弄ばれるのは、御免だ。
「ヒヒーン!」
その時、馬車が止まった。
それと同時に、何かがトストスと馬車に当たる音がした。
「な、何?」
ジュアラが驚きながら顔を上げた。私も混乱する。
「一体何が」
不可解な音はその後も少し聞こえ、そしてすぐに、誰かの、男達の叫び声が聞こえだした。
「うわあー!」
「ああああー!」
金属音。怒声。かすかに、誰かが倒れる音。
「なんなの、イヤ!」
ジュアラが頭を抑えて縮こまった。私はジュアラに近づき、抱きしめる。
「大丈夫よ。きっと」
私にも何が起こっているのかわからない。けれど信じる。私達は、きっと大丈夫だって。
その後周囲の音は聞こえなくなり、やがて、馬車の扉が開けられた。
扉は、外からしか開かない構造をしていた。だから、私達を外に出すことができるのは、騎士か、もしくは。
「げへへ。当たり。上玉だ」
その騎士を倒した、盗賊とかだ。
私達は無理やり外に出された。見えるように武器をちらつかせられたので、ろくに抵抗もできない。
「お前ら、見ろ、大当たりだぜー!」
私とジュアラを捕まえた男たちが、私達を見て喝采を上げる。
今この場には、20人近くの盗賊がいるようだった。騎士と馬は、血を流して倒れていた。
「早速アジトへ戻って味見だ。俺達はこいつらをつれて先に戻る。お前らは馬を解体して持ってこい。頭から尻尾の先まで金にするぜ!」
「へい!」
「兄貴ー、おれらにもそいつら、ちゃんと味見させてくださいよー?」
「俺、そっちの髪の長い方が好みっす。絶対早く壊さないでくださいよ!」
「わかってるわかってる。心配すんなよ。ほら、お前ら、ちゃんとついてこい!」
「嘘よ。こんなの、嘘よ、嘘」
ジュアラはうつむいて震えている。私も似たようなものだ。怖くて足がすくみそうだ。
やっぱり、この世に神はいない。
私達の未来は、これで悪化した。少なくとも、もう故郷に帰れることはなさそうだ。
いや、この先ちゃんと生きられることもないだろう。もう私達は、こいつらのおもちゃだ。
はずかしめられて、壊されて、終わる。そんな未来で目の前を塞がれる。
「助けて」
でも、自分の口はまだ、助かることを諦めてはいないようで。それを自分の耳で聞いた時、一体誰が助けてくれるんだ。と思った。
その時突然、上から何かが降ってきた。
ドシーン。と、そんな嘘みたいな落下音。そして強い風圧。
私は自分の長い髪が風に吹かれて暴れるのを感じながら、降ってきたそれを見た。
それは、水色の、きれいなドラゴンだった。
私達が乗っていた馬車よりも、何倍も大きい。4つの大きな足が、盗賊2人をぺしゃんこにしている。長い首の先にある鋭い瞳が、ぐるりと周囲を見回した。
「ガアオ」
「に、逃げろー!」
まだ生きている盗賊達は、腰を抜かしてその場にへたりこむか、背中を見せて逃げ出した。私達を先導していた男も、我先にと森の中に入って逃げようとする。
その次の瞬間、ドラゴンの周囲に水の玉が出現し、その全てが高速で動き出し、盗賊達に当たった。
その魔法の一撃ずつで、盗賊達は全滅した。
「あ、あ」
ジュアラはあまりの展開に呆然となり、ただ口をポカンと開けてドラゴンを見る。
するとドラゴンは私とジュアラを見て、言った。
「助けてやったぞ」
私達は黙っていると、ドラゴンは突然光って、人の姿になった。
水色の髪の、美しい青年だった。
「これは私の推測なのだが」
そしてドラゴンだった青年が、言葉を続ける。
「この、先に死んでいたのはおそらく騎士だ。そして今私が倒したのが盗賊。よってこの生き残っていた盗賊達が騎士を殺し、馬車の中にいた君たちをさらおうとした。間違いないな?」
「は、はい。間違いありません」
私は、なんとかそう言うことができた。
「うむ。良かった。人助けなど珍しいが、まあ、つい見かけたのでな。何、礼などいらない。君たちは早く逃げるがよい。ここもまだ森の中だ。モンスターに襲われ万が一ということもあるだろうし、家族も君たちの無事を願っているだろう。安心して帰りなさい」
「帰れる。帰れる、の?」
ジュアラはそう言って、元気を取り戻そうとしたが、それはダメだ。
「ダメです。私達は帰れません」
「それはどうしてだい?」
「まだ乙女召集令が終わっていないからです。このまま帰っても、私達はまた伯爵様の招集に応じ、でかけなければなりません。それでは、また同じことの繰り返しです」
「あっ」
そこまで言ったところで、ジュアラも気づいたようだ。
そう。盗賊の危機は去っても、私達はまだ、当初の絶望を乗り越えてはいない。
「同じことの繰り返し。盗賊を倒してもかい?」
「はい」
「ふうむ。あ、もしかして、乙女召集令って、その、男女の営み的な?」
「おそらく、そうです」
「ふうむ。女の敵だなあそいつ」
青年は肩をすくめた。
「わかった。じゃあ私がそいつをこらしめてやろう。乙女召集令だっけ? それを取り下げてあげるよ。そしたらもう怖い思いしなくてすむだろ?」
「や、やっていただけるのですか!」
ジュアラの顔が輝いた。
「うん。これで本当に人助け完了ってことで。ああでも、伯爵ってどこにいるのかな。私そこのところよくわからないから」
「あ、私もです」
ジュアラがまたうつむく。なんだ、そうだよね。そう上手い話はないか。
この青年が本当に伯爵様の横暴を止めてくれるとしても、それには時間がかかりそうだ。
「あ、そうだ。でしたら、私達をどこか遠い、こことは別の町につれてってくれませんか? ドラゴンなら飛べますよね?」
と、ここでジュアラが、そんなことを言った。
「ん、そりゃドラゴンだからできるけど、そんなことしていいの? 家に送り届ける方が良いんじゃないかい?」
「私、できるなら町に行きたいです。村には畑仕事しかなくて、死ぬほど退屈なんです。だから、行けるなら町に行ってみたい。ね、ニリハ。あなたもそうでしょ?」
「わ、私は」
確かに村には、なんにもないけど。でも、それより。
ちらっと、青年を見る。
そして、なぜか緊張しながらも、言った。
「わ、私は、あなたと、もっと、いえ、もう少し、一緒にいたい」
「ふむ。そうか。じゃあ、遠い町だっけ。ああ、ヨツヘインなら治安が良いって聞いたな。じゃあそこまで、送ってあげようか。ここには盗賊も出るみたいだし、よく考えたら村もそんなに安全じゃないかもしれないからな」
「いいんですか、ありがとうございます!」
ジュアラはそう言って、私の手をとって飛び跳ねた。
「やったね、ニリハ。町に行けるんだって!」
「え、ええ。そうね」
そう言っている間に、青年がドラゴンの姿に戻った。
「さあ、乗って」
私達は、ドキドキしながらドラゴンの背中に乗せてもらう。
「しっかりつかまっててね」
そして、飛んだ。
「わあ!」
「!」
ジュアラと私は、感動した。
地面が遠く離れていく。それだけ空の青と雲に近づく。
森の木はすぐに小さくなり、そしてとんでもないスピードで移動する。
その割には、体に当たる風が少ない。いや、ほぼない。どういうことなんだろう。
「凄いね、ニリハ。私達、飛んでる!」
「ええ、そうね」
確かに、空を飛んでいるという事実は、かなり衝撃的だ。
本当に、安全な町までつれてってくれるのか。
うれしい。いや、それ以上に、ドキドキする。
私は上空からの景色を見ながら、慎重に、かつしっかりとドラゴンの背につかまった。
心臓はまだ、強い鼓動を生み出し続けている。
やがて夕方になる頃に、私達は町の門にやって来た。
ドラゴンがやって来て、門番が慌てている。私とジュアラはそれを見て、くすくす笑った。
ドラゴンが地上に降り、私達も降りる。
「ありがとう、ドラゴンさん!」
ジュアラが言った。
「ああ。それじゃあ」
「待って。あなたの名前を教えて!」
私は彼がどこかへ行く前に、そう叫んでいた。
「ん、私かい?」
「ええ。あなたの名前よ」
「私はブルークリスタルドラゴンのシイド。よろしく」
彼、シイドはそう言って、翼を羽ばたかせた。
私はシイドが空を飛ぶ前に、叫んだ。
「シイド、あなたが好き!」
その時になってようやく、私は私の気持ちを知った。
「ありがとう!」
けど、シイドからはたったそれだけで。
今日出会ったばかりのシイドはまた、もと来た方へと飛んでいった。
「ニリハ。流石にそれは、感謝の言葉じゃないと思うよ?」
「ええ、そうね」
涼しげに言ったけど、私の胸の鼓動は、まだ高鳴っていた。
ドクン。ドクンと。
この恋はきっと、紛れもなく本物だ。
私はきっと、私を助けてくれたドラゴンのことを生涯忘れないだろう。
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